第四十一話 三者邂逅
矢三郎が喧嘩売った三騎士家最後の一つ、ドロームを異世界鎌倉武士団が朝方に仕掛けた奇襲で撃ち破り、ヤーク地方北西部での鎌倉武士の勢力はより強力なものとなった。
レドアクス、ドローム、ブロートの当主たちを筆頭に騎士たちは殆どが討ち取られていたが、全てではなかった。
異世界西方 ド辺境 ヤーク地方 ブロート騎士領北西 グルーテ河 西岸
ブロート騎士家が分家ヤルフート家当主は蛮族という存在を憎んだ。
「…忌々しい異教徒ども!南と北、どちらからも来襲するとは…!」
暴れる愛馬の手綱を引き、荒々しく抑えたるは一人の騎士、グレートヘルムと紅白のサーコートを纏った如何にも、という姿の騎士である。
一般的な異世界騎士と違う点としては、見事な長い金の三つ編みを背中に流している点であろうか。
彼女は兜の下で歯噛みしていた。
その理由は、悪夢の如き災いを彼女たちに齎した謎に包まれた南方から来た蛮族、
…そして眼前を横切る 龍頭船十隻、
北から来た蛮族…忌むべき異教徒たちが主たるヤーク辺境伯領を南北に貫くセムス川を遡上していたのだ。
彼らは北人、
江狄とも呼ばれ、その略奪業の激しさを持って知られる北方の蛮族だ。
…彼らを満載した四隻の龍頭船は目撃者を皆殺しにしながら川の上流に位置するヤークの街、彼女の主君である辺境伯の座する街へと進むだろう。
異世界武士団の奇襲を受け敗北、本家当主までもが蛮族の首領の手により討たれ壊滅し、騎士の中で生き残り、戦場からの離脱に成功したのは木っ端分家当主のアナベルと麾下の数人、
彼らが何とか落ち延び 辿り着いた先で、その眼前に現れたのが100人を超える北の蛮族の乗った艦隊であった。
頑強な精神を持つ女騎士とその家臣たちであっても心は折れかけ、視線に怨嗟が込もり、流れ出る殺気も止められなかった。
『おい バグセック!見ろよ 鍋兜どもだ!』
赤い帆の船のオールを漕いでいた北人の一人が自分たちに向けられた女騎士たちの怨みの込もった視線に気づき、塩辛声の北人語で叫ぶ。
その声を聞いて 琥珀色の目をギロリと陸の騎士たちに向けたのは青い帆の龍頭船に立つ、この船団の首領だ。
『騎士か 妙だな
我らに気づき迎撃に来たというには早すぎる… だが生かして返す理由にはならぬ』
猟犬が唸るような低い声を唇から発する男のその顔の右側は焼け爛れた痕跡に覆い尽くされ、瞼は癒合している。その面相は歴戦の戦士の証だ。
またその体格も身長180cmを軽く超える堂々たるもの、武具甲冑も大変立派なもので、 頭部には豪奢な黄金細工が施された北人兜を被り、胴には使い込まれた略奪品の魚鱗鎧を纏い、武骨な長柄の北人斧を焼け爛れた太指で握っている。
このバグセック 見掛け倒しではなく、30年近く前の初陣よりずっと略奪と襲撃に生きてきた歴戦の、そして狡猾な戦士である。
バグセックは目撃者を消すことが略奪業に於いて肝要であると学習している。
そしてそれを自分の手でやらずとも自信を持って任せられる次世代を育てていた。
『オォーラヴッ!騎士を殺せッ!』
藁束を貼りつけたような濁った金色の口髭と大気を震わせ、バグセックは長男に怒鳴った。
『任しとけ親父ッ 船を寄せろ!』
緑色の帆の龍頭船が岸に近づく。北人の造る細く喫水の浅い船体は好く波を切り、この世界のどの船よりも速く進む。
「…お嬢様はヤークの御館様に南北の異教徒の襲来をお伝えに向かわれませ!」
鉄帽兜を被った老忠臣がそう言上し、手早く近くの数名に黄泉路の供を命じる。
「済まん、任せたぞ!
…お前たちの家族はこの私が悪いようにはせぬ!」
女騎士は家臣たちを気遣いながらも旗持一人を伴って馬に拍車を掛けて駆け去った。
「…さらばです お嬢様…
…おのれ蛮族ども! 道連れにしてくれる!」
そう老忠臣が自らを奮い立たせる言葉を吐いて剣を構えた刹那、ガサガサァ と音を立てた近くの茂みから、
「その龍っぽい船とは何処ぞッ!首ァ獲って館にでも飾らむぞォー!!!」
と、妙にワクワクした蛮族が出現したことを彼女、女騎士 アナベル・ヤルフートは無論知らない。
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文中に挿絵を入れる試みをしてみました。
しかし、騎士という絶対的な存在、
それもレドアクス、ドローム、ブロートという三つもの騎士家が異世界鎌倉武士団に敗れ、族滅されたことは鎌倉武士が異世界の歴史全体に大きく影響を与えた『最初の』出来事です。
この三つの家の族滅完了をもって第4章 異世界鎌倉武士団 VS 異世界騎士団 は終劇と相成り、次話からは新章開幕となります!
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異世界鎌倉武士団、騎士たち、そして新たに現れた北人たち、邂逅した三者は如何なる化学反応を織り成すのか?
如何に有ろうと、相も変わらず鎌倉武士 矢三郎が噴き出させる鮮血と臓物と、時々生首が紡ぎ出す異世界合戦絵巻はまだまだ続きます!
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