第三十九話 異世界鎌倉武士団、北へ征く その2
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早朝、露の宿った草地を戦士たちの甲冑、馬、刀剣、戦斧、そして鮮やかに塗られた盾が進んでいる。
数十メートル前方の草藪から小枝をへし折る音と共に男が跳ね出、瞬く間に軍団の首領である魔狼に跨った男の元に疾く駆け来たった。
「村の者ら、吾らに気付きたる様子無シ 畑仕事なぞ始めたる様子」
少し息が荒い健脚の斥候からその報告を聞いた首領、白石矢三郎経久は顎の無精髭を撫ぜてふぅむと唸った。
「村襲う 是は狼煙ぞ 騎士泥武めらに領内に我ら有りと知らせる」
「その由斯くある山の狩人 マウハルの息 マウハルが、確かに兵どもに伝え申す」
「よし、行けい」
その数秒の短いやり取りの後に健脚の斥候 マウハルは再び駆け出した。
「…それで、敵がこっちに気づいたあとはどうすんの?」
馬上のアバがそう尋ねる。
数瞬の合間も置かずに狼上の鎌倉武士は目をギラリと輝かせ、その問いに特盛の蛮族笑いで答えた。
「武者を引き出し首を捕る! 仮に武者ども来らずとも、使者我らの元へ来たるは必定!
さすれば使者通して戦場を定むるか、使者殺して武者ども戦場に引き出す!」
アバは瞼を閉じて北人の金色の睫毛を日光に反射させて笑う。
「…いっつもこのパターンだね」
「はだん?」
その後、異世界鎌倉武士団は斥候が報告した通りに無警戒の村を襲撃した。
一つ目のやや大きめの村を壊滅させ、二つ目の村を軽く焼き討ちして引き上げた後、ようやくドローム騎士家側からの使者が訪れた。
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「い 以上が我が主からの言伝です…」
双方の損害を最低限に留める為に開戦の場、日時を決めて堂々決着を付けたい…というものがドロームの当主である騎士レオフリカの要求であった。
「ひ、い 命だけは」
主君の意を伝えた使者は矢三郎の恐ろしい顔面と気配、周りから物理的に刺してきそうな視線を送ってくる武士団員たち、そして矢三郎の後ろから今にも飛び掛かってきそうな巨大な魔狼などなど、その場の全てに怯え倒していたが、矢三郎の望みは使者の主の望みと同じだった。
略奪した地図を引っ掴み、矢三郎は吼える。
「良いだろう! 我の望む戦場はこの草原じゃ! 」
「…し!しし主君にお言葉伝えます!」
そうして、使者を通して武士矢三郎と騎士レオフリカの間に二、三度の相談が行われた。
この数日間の交渉期間に武士団員たちは休息を得、英気を養うことが出来た。
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交渉期間中のとある深夜
異世界鎌倉武士団の野営地
鎧を脱いで蓬色の直垂姿となった矢三郎と冒険者『赤角』パーティ長 アゼルハートが向かい合って座り、同じ焚き火で肉を焼いていた。
…このアゼルハートという男はビビりではあるが、鎌倉武士による異世界初の大規模な合戦で本隊の大将を務めた男だ。
彼は、次第に冒険者から将へと変わりつつあった。
矢三郎は表情には出さずとも、この若人の成長を中々に好ましいものだと感じていた。
矢三郎に続いて炎から肉を取りだしたアゼルハートが口を開く。
「…俺知りたいんっスけど、ヤサブロウさんが騎士みたいな戦するのが意外っす いつもみたいに奇襲やら焼き討ちはやらないんスか?」
肉を齧る矢三郎はそれを聞いて穏やかに微笑する。しかし、異世界的には焚き火の暖色が照らし出すその顔面は笑っていても恐ろしいままだ。
「無論、夜討ち朝駆け火攻めなどが良き手なれば使うぞ?ぱーてぃ長殿 」
「今回は違うんすか?」
「…我ら、
俺やそなた、北の生まれと云う童子の“あば”や、東の生まれの えるふ妻のぺる やーくの街の どわーふ妻の染めら、そしてこの草の上で眠りたる兵ども全て…
皆がこの土地では新参ぞ!
礼土悪衆の地を押領したとて、騎士どもは我らを知らぬ!」
当然だろう、と思った。冒険者アゼルハートはそれを問題であると捉えていないのだ。しかし、武士矢三郎は違う。
「村攻めの折り、この俺が泥武の村人に訊ねたとて我らが如何に礼土悪衆を倒したかなぞ、皆目知らぬと云うた」
そこでアゼルハートにも話の意味が掴めかけてきた。
「我らの力を知らずんば、数多き敵めらが我らをナメ、幾度も幾度も『いざ、あのよう分からぬ新参を族滅し所領押領せん』と現る」
ストンと、矢三郎の語る理屈が腑に落ちた。
敵が自分たちの力を知らなければ敵にナメられる。そもそも中世世界とはナメられたら終わりである。それが個人であろうと武士団であろうと、変わらぬ理屈なのだ。
「…我ら白石がナメられぬ為には此度の戦で敵の習いに合わせ、正面より当たりて 泥武一門を尽く討ち取り、広く世に我らの力示すが良き手じゃ!」
「なるほど…!」
その夜、アゼルハートは少し、この眼を爛々と輝かせる鎌倉武士の思考を理解した。
「じゃがな!今襲うが良しと思うた時あらば ダーッと夜討ち朝駆けぞ!はっはっは!」
「そ そっすか…」
…しかし、アゼルハートは鎌倉武士の思考を全て理解するほど戦慣れしていなかった。
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数日後、両軍は決まった日時の通りに決戦の場、ドローム領南方の草原で会敵した。
さてこの両軍、兵数こそ近いが内訳は全くもって異なる。
「聞けぇ 者共!このレオフリカがあの蛮族どもを倒すぞ!」
ロングソードを振りかざした若い男が吠えるのを矢三郎はぼんやりと(あやつが棟梁か 首獲ろう)という目で見ていた。
「なんの、兄者に手柄は渡さぬぞ!
野郎ども、ヤサブローウなんていう蛮人にこれ以上領内を焼かすな!」
別の男が気炎を上げる。彼も(こやつも首を獲ろう)と矢三郎にロックオンされた。
この軍勢は異世界の典型的な騎士家の軍勢で、合計100を超えるほどの小規模なもの、
約二十騎の騎士と八十人程の雑多な軽・重装歩兵(従士や領内の平民男性等の混成)で構成されている。
彼らは陣形を組んでいる様子はなく、騎士たちがそれぞれの手勢を纏めて大雑把に横並びになっているといった様相だ。
地元を守るという意識からか戦意は高く、騎士から兵卒までもが大声で怒鳴り散らしている。
…そしてもう一方の軍は兵数こそ同じ程度だが陣容は全く異なっていた。
彼らの方は典型的どころか異様の極みであった。
まず弓を携え太刀を装備して魔狼に乗った鎌倉武士が一人、彼に率いられたガラの悪い騎兵が二十騎、バラけて配置された殆どが毛皮を着た蛮族スタイルな投石・弓兵が二十、そして約六十人の雑多な軽・重装歩兵である。
この軍の方も特定の陣形を組んでいる様子はない。
しかし、こちらでは概ね騎兵と歩兵が分けて配置されていた。
この時代の異世界の戦場では貴種である騎乗の士が手勢の歩兵を指揮する軍制が基本であり、騎兵と歩兵が別れて配置されているこのような配置は極めて珍しかった。
…これは冒険者や山岳民の中から馬上戦闘が行える者を選抜した結果 意図せずして起きた偶然であったが、機動力に長けた騎兵が歩兵の指揮官という足枷を持たず独立した兵科として存在している点は両軍の大きな差であった。
彼らは、獣の目をしていた。
幾度もの合戦を経験し、その後に待っている略奪の快楽を知った狼たちは一見 静かながらも、その戦意は天を焦がす程に高い。
ガシャリ、と鎧を鳴らして魔狼に跨った武士が少し前に出る。
僅かな動きだが、異世界から見ればその異様極まれりな姿と圧倒的な殺気が思わず敵対者たちの口を塞ぎ、静寂が草原を包む。
そして、武士が肺に吸い込んだ空気を爆発的に放出した。
「我は第一の矢を射るであろう!我に続くことを拒む者には唯死あるのみぞ!
勝て! 奪え!殺せィ!!!」
「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」
百の獣が百の肺腑から噴き出した咆哮にビリビリと大気が震える。
彼らは武士が教えた勝利と略奪の快楽の狂喜に染まっている。…異世界人にそれへの耐性はない。
「何だこの蛮族!?」
「ひいっ、オラこいつらダメだぁ!」
「ば 蛮族の言うことなど気にするなぁ!」
戦場の空気は決まった。
士気を上げたのは武士団側、気圧されたのは騎士の側である。
100人程度のぶつかる戦場では兵の士気が勝敗を決める所が大きい。
「かかれえええぇい!!!!!」
「「「「うおおおおおおおおぅっ!!!!!」」」」
「ぶっ殺す!!!」「全部俺たちのもんだ!!!」「ヤサブロー様が突っ込んだぞ!」「騎兵隊続け!ヤサブロウ様を死なすな!!!」「このクソッタレェ!」
戦場の左方に位置していた騎兵隊が戦場で最初に動いた。 抜け駆けした矢三郎を追う形で騎兵たちがドローム軍に突っ込む。
「うわッ、蛮族こっち来たぞ! 魔狼に乗ってる!」
「盾を構えろ!」
「うおおおお!」
「うおっ、ヤサブロウさん 突っ込んだ!? 騎兵はとっとと行け!徒歩の兵は、俺に続け!」
80の歩兵全体と少数の騎兵の指揮を任されていたアゼルハートが号令を下す。 まだまだ兜は似合っていないが、将は将だ。
「弓兵は偉そうなやつを狙撃!敵に近づいたら剣や斧で戦う!」
「応!」
「…でもヤサブローの獲物は盗っちゃダメだぞ!」
「…れ、レオフリカ・ドローム 参る!!!」
「「「お おおおお!!!!」」」
「白石矢三郎経久ァア!見参ッ!」
鎌倉武士が第一の矢を放ち、直後 両軍が激突した。