第三十七話 武士 VS 騎士 : 英雄 《後半》
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「早く弓持ってこいッ!さっさと殺さぬとあの男何をするか分からんぞ!」
先程の隊長格が雑兵の尻を蹴飛ばし急かし叫んでいたが突如、
背後から赤い塗装の甲冑にむんずと掴まれそのまま一息に赤い兜の上にまで抱え上げられた。
「おー豪腕よのう」
無邪気に赤い騎士の力の強さを褒めるは野蛮なる鎌倉武士 矢三郎、実にマイペースである。
「う、うわ なにを…」
狼狽える隊長格の悲鳴を赤い騎士の怒声が搔き消した。
「テウドメル守備隊長ゥ! この俺が蛮人からの挑戦を受けない臆病者とでも思うているかぁああ!?」
頭上にテウドメルを持ち上げたまま、赤い騎士は怒鳴った。
「 お 御館様!い、いえそんなまさか! …し しかしあの蛮人相手に堂々と戦う理由などな」
「やかましい!貴様は主君の名誉を侮辱したのだ!黙って死ねぇ!」
ブォン!と言う風を切る音と共にうぎゃあと叫んだ守備隊長は素晴らしい勢いで七メートル超の城壁から真っ逆さまに投げ落とされた。
ーーー この時代、臆病者には誰も従わない。
そして 決闘を申し込まれて断る騎士は自動的に臆病者と見なされる。
…但し騎士たちの基準からすれば矢三郎は、“対等の貴種” ではなく、“急に襲来して身内を殺しまくった訳分からん野蛮人” であり対等の相手ではない。
従って決闘を受けなくてはならないという義務はないのだ。
…しかし、その野蛮人は勇気ある野蛮人であった。
わざわざ危険を侵して狙撃や包囲の危険のある敵城の門前に僅かな立会人のみを伴って近づいて来たのだ。
騎士レドアクスが応じなければ一族郎党、他家の騎士たちから臆病者と見なされることは間違いない。
そして今のレドアクス騎士家の状況は件の野蛮人に大敗・城を包囲されており、
その状況から打てる手はこちらから出向いて決闘を申し込み、頭目である矢三郎を討ち取って動揺した異世界鎌倉武士団を城から打って出て起死回生を狙うことのみ、
…そんな状況で勝者たる相手から『敗戦の恥を漱ぐ機会』を与えられたのだ。
…騎士レドアクスに応じないと言う選択肢はない。
そしてそれを恐怖故に察することが出来ず、主君の命令を待たずに勝手に鎌倉武士を殺そうとしたテオドメルの行動は一発アウトであった。
それは決闘を受けんとする赤い騎士の逆鱗に触れ、故に結果哀れな守備隊長は城壁から投げ落とされたのだ。
…交通事故のような音を立てて守備隊長が頭から地面に叩きつけられる。
「がぼっ げぼォっ」
硬い地面が首と背骨の数カ所を叩き折り、テオドメルは呼吸がままならず呻きのたくっている。長くは持たない。
「貴様!待っておれ!今斧と馬を用意する!」
「応、構わぬぞ 早う来い」
普段は一騎討ちなどしないのがこの矢三郎、というか鎌倉武士という生き物である。
彼らは今回のようにメリットがある時にしか一騎討ちを行わない。
日本の合戦では源平時代から数えても戦場で偶発的に発生したもの以外の、今回の如き事前に相手を指名するタイプの、ゲルマン人の決闘じみた一騎討ちは非常に稀なものであった。
一騎打ちは決して鎌倉武士たちの戦い方の主体であった訳では無いし、異国の兵に申し込むことなども無かった。
しかして、騎士が馬と武具を準備する間、武士は暇であった。
「…のうパーティ長殿、枕きたい女子は居らぬのか?」
「枕き…?」
「枕をともにしたき女子ぞ!」
「え!? い、居ないッスよ!?」
「隠し立てするな!妻を四人持ちたる我に嘘は通ぜぬ
…矢張り前にも言うておった『ぎるど』の受津毛丞なる女子か?」
獰猛で野蛮な鎌倉武士と、彼に振り回され倒し合戦の総大将までやった冒険者の若者のコンビは馬と魔狼に跨りながら、傍で赤くなって弓をイジる初心な北人の子供を他所に、まるで修学旅行の夜の様な会話で暇潰ししていた。
「決闘だべか?」
「んだ!」
「ヤサブロー殿と騎士の親玉が?」
「そりゃ見るっきゃねぇ!」
「ヤサブロー殿が平地の鉄団子ばらに負けるは有り得ぬ事。」
なかなか来ない相手の騎士を待っている間に肉を食い終わった異世界鎌倉武士団の面々がウジャウジャと野次馬に集まってきた。
その後、『『ヤサブロー様勝ってくださいね!』』 と言うようなムサい髭男たちからの黄色い声援を山ほど三分以上も背中に受け続け、段々と矢三郎がイラつき出し、その僅か五秒後に背後の髭男sに矢を射掛けそうになった頃、ようやく分厚い木製の門が開いた。
ーーー 赤い兜を被り、赤いサーコートを着た騎士が赤毛の馬に跨り、これまた赤い従者一人を伴って現れた。
しかし何より目を引くの彼が手にした戦斧、
古の異教的で呪術的な意匠の赤い斧頭を青い革巻きの長柄に嵌め込んだ大業物を得物にし、赤毛で赤いキャバリゾンの馬に跨っていた。
門から幾らか進んだところで赤い騎士はガラガラの割鐘声で怒鳴る。
「貴様が蛮人ヤサブローかっ!」
「ばんじん?」
ーーー この男も俺を『ばんじん』と呼ぶか 壁の上の兵どもと同じじゃ
何やら仇名のようじゃが 由来はよう分からぬ。ナメられてはおらぬ様子故、まあ良かろう
…そして俺の名を「ばんじん」なるを付けて呼んだのは、“しゅびたいちょう”を地面に叩きつけて殺し、門の中から馬を駆けさせ雑兵を蹴っ飛ばさせて現れたる、赤鎧の大岩の如き大男、騎士礼土悪衆である。
「…ふっふっふ、面白い! 我が太刀にて斬り捨てん!」
矢三郎はアバに長大武骨な弓を預けて腰の反り付きクレイモアを抜き放つ。
「応、我は日向太郎光影が後裔、荒人征久が嫡子、隼人種久が子、白石矢三郎経久也!」
「我こそはフネリック!『赤髭』ゲオルグに連なりしレドアクス騎士家が当主!」
「ハッ、小耳にも挟んだことがないわ!何処の分家か?」
「ッ……我が弟 アルムを殺し、我らに戦場で恥辱を与えし蛮人ヤサブロー、貴様に挑戦する!」
「貴様の弟を殺めたるは我が邸が門前で無礼を為した故也ぞ!
戦場にて貴様らが負けたるは貴様らの力弱き故!」
「………殺してやる」
「礼土悪衆の弱弓ばらが大口を! 鼠目のふわふわ顔めが!」
『鼠目のふわふわ顔』で、とうとうフネリックの我慢袋の緒が切れた。
「あぁああああ!!!!! 貴ぃッさあぁまあぁあ!!!!!」
ーーー 武士という生き物は基本煽り上手である。
彼らが合戦の前に交わす会話は「やぁやぁ我こそは〜」から始まるような氏文という印象が強いだろう。
実際、『これから手柄を立てるのは〇〇の子孫で△△の息子たるこの俺××だぞ!』という意味で氏文を敵味方に大音声で聞かせたりはする。
しかし彼らが敵本人と交わす会話はヒドいものである。
『テメー 兄貴に弓引くのか不孝者!』
『兄貴は親父に弓引いてるじゃねーか 』
『テメーらの大将は親父殺されて商人の荷担ぎにまで落ちぶれてた若造じゃねーかコラ』
『テメーらの大将こそ 倶利伽羅峠でボロ負けして乞食して必死こいて生き延びたヤツだろ 知ってんぞ』
『偉そうにほざいてるお前自身は盗賊稼業で妻子を養ってたような輩で今もペーペーだろうがよ 』
『テメー 俺ん家の郎党のくせにこの俺に刃向かう気かゴラ』
『お前らの大将出っ歯』
『お前らの大将チビ』
…というような罵言雑言じみたセリフで相手をボロカスに言うのだ。(上記の詞戦い名言集の全てがわかった貴方は源平合戦好きである)
何故かクリーンな一騎討ち至上主義者イメージが一般化しているが、実際は違う。
「誰が鼠目じゃあぁああ!!!!!」
そして、その煽り上手な人種たる武士に煽られた騎士、フネリック・レドアクスは敗戦の焦りと身内を何人も殺されている現状に冷静さを失い戦斧を振りかざし、馬に拍車をかけた。
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「ルオオオオオオ!!!!!」
「ガオオォォォォッ!!」
白石矢三郎経久とフネリック・レドアクスは互いに雄叫びを上げつつ、得物を構えて愛馬を駆けさせる。
ぐんぐんと近づく、武士と騎士、
「蛮人ヤサブロー! いざ勝負! 敗戦の恥は決闘で漱がせてもらう!」
「礼土悪衆の舟戮! 殺す!その首ァ俺がモノじゃあぁあ!」
両者の決意の咆哮が発せられた刹那、
武士と騎士、構えられた大剣と振り上げられた戦斧が激突した。
武士の大剣は騎士の戦斧を下から跳ね上げた。
武士はそのまま反った刀身を滑らせ、騎士の兜と胴の隙間、すなわち喉元に刃を立たせんとした。
鮮血が舞う。
魔狼の速度に乗った刺突は鎖帷子を斬り裂いた。
しかし、騎士フネリック・レドアクスは名うての武人、
武士の鋭い一閃を咄嗟に感じ取り、無意識に身体を反らせていた。
騎士は刺突の強い衝撃を腕力と優れた体幹を持って堪え切り、死を招く落馬を防いだ。
獣たちは素早く馬首と狼首をひるがえして反転。
仕切り直しである。
騎士レドアクスの左肩は切り裂かれていた。
傷は厚手のサーコートと良質の鎖帷子、そして咄嗟に身体を反らせた己の行動に助けられ、皮膚を浅く切り裂かれるのみに留まっていた。
しかしもっと傷が深ければ動脈が切れ、鎖骨が折れ、即座に戦闘不能となり数分で出血多量で動けなくなっていた。紙一重であったのだ。
…そして僅かにでも武士の刀身が右にズレていれば鎧の隙間を突かれ頸動脈が切り裂かれ即死していた。
それを傷を受けた直後に理解した騎士レドアクスからは最後に残った冷静さが吹き飛んだ。
「貴様ッ!ぶっ殺してやる!」
騎士は馬の脇腹を穴が空きそうなほどに強く蹴り、本能の赴くままに構えも用心もかなぐり捨てて武士に接近し、殺意を真正面から叩きつける。
「ぐるるぁああああッ!!!!!」
冷静でありながらも獣性で勝るは我らが主人公、鎌倉武士の矢三郎である。
彼は戦闘を楽しみ、獣のように吼えながらも冷静に敵の弱い部分を瞬時に把握し、穿った。
「がぼぁ」
馬上で苦痛に呻く騎士に素早く掴みかかった矢三郎は騎士を押し倒し、勢いに任せて地面に落下する。
下敷きとなって激しく地面に叩きつけられた赤い騎士は鉄仮面の下から激しく赤黒い液体を噴き出す。彼はまだ暴れるが、馬乗りになった武士は容易く抑え込んでしまう。
武士は間髪入れず騎士の首へ引き抜いた大剣を突き刺した。
骨を砕くいつもの感触が手に伝わる。
切っ先は貫通して勢い余って地面を刺し抜いた。
武士 矢三郎は豪腕にものを言わせてそのまま一気に必死に抵抗する胴から首を毟りとる。
「討ち取ったり!」
「「「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」」」
武士に率いられた権威に唾を吐くロクデナシの冒険者、権威に従うだけだった腑抜けの農民、権威を知らぬ化外の山岳民、というアウトローな者らの軍が権威の権化たる騎士の軍に打ち勝った。
これは異世界を混沌の新時代へと導く鏑矢というべき勝利であった。
そして、この勝利によって白石矢三郎経久という「英雄」が最初に記録に現れた。
鎌倉武士矢三郎 対 異世界騎士レドアクスの勝負は鎌倉武士の勝利に終わりました。
この勝利は作中でも語られた通り大きな変化を異世界にもたらします。
そして鎌倉武士の新たなる敵は北から…?