第三十六話 武士VS 騎士 : 英雄《前半》
読者の皆様、お久しぶり、本当にお久しぶりです。
諸事情により心身ともに健康そのものでしたが長い間小説を書けない状況にあった為 更新することが能いませんでした。申し訳ありません。
今回は、異世界鎌倉武士団 VS 異世界騎士レドアクス家編クライマックス、
武士 VS 騎士 を前編後編に分けてお届けしたいと思います!
我らが武骨なる鎌倉武士と勇猛果敢なる異世界騎士、勝つのはどちらか!?是非 ご照覧あれ!
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「ルオオオオオオ!!!!!」
「ガオオォォォォッ!!」
城門を背に馬が駆け、蛮族たちの声援を背に魔狼が駆ける。
ぐんぐんと近づく二頭の獣、しかしそれを命ずるはその背に跨り咆哮する二人の獣たちだ。
「蛮人ヤサブロー! いざ勝負! 敗戦の恥は決闘で漱がせてもらう!」
そう勇言を吐きたる男はフネリック・レドアクス、先祖累代の戦斧を馬上で構えた赤鎧の騎士である。
「礼土悪衆の舟戮! 殺す!その首ァ俺がモノじゃあぁあ!」
…騎士の宣言に品もクソもない言葉で短く答えたるは、白石矢三郎経久、 魔狼に跨り、反りの付いたクレイモアを構えたる青鎧の日ノ本武士である。
さぁさぁ皆様 お立ち会いあれ!
是なるは 武士 対 騎士の一騎討ち!
異世界の遠き神代や永き上代、そして最も人類が富み栄え、闘技場にてありとあらゆる殺試合が行われた彼の大帝国時代にも無かった史上初の試合に御座いますれば…
勝つのは青の野蛮なるもののふか、赤の誇り高き騎士か?
やってみなきゃあ、 神々にだって分からない
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異世界西方ド辺境 ヤーク地方 レドアクス騎士領 北方 レドアクス城 南門前
時は少し遡った武士 VS 騎士の一騎打ち開始から十五分前
“ ロングレーリ平野の合戦 ” から数時間後、逢魔が時
「その牛も殺せ! 暴れさせるなよ! 風魔法かなんかでスッパリやれ! 殺ったら狩人衆に捌いてもらえ!」
「…当てつけに牛豚殺すとは悪し趣味ぞ」
「ヤサブロウ様の為にも、肉用意しとくんだべ?」
「其は道理」
雑多な風体のヒトの群れが野営している。いや全く雑多としか言いようがない群れだ。
・重武装した荒くれ冒険者たち
・貧相な体格と麻のボロ服の農夫たち
・毛皮で身を覆い、蛮族に従うまつろわぬ山岳民たち
…通常なら関わることすら殆ど無いこの三種が鎌倉武士白石矢三郎という一人の男の手によってごちゃ混ぜの凶暴な一つの群れと化して、一緒に飯を作り、共に食っている。
その様は実にこの剣と魔法の世界らしくない。
見知った世界が一人の野蛮なる異邦人に変化させられつつあることを、一歩引いた目線で見る気の弱い若者は、物理的にも野蛮な群れから一歩引いた場所に立っていた。
彼は件の野蛮なる異邦人の側近の冒険者アゼルハート、また 臆病心のアゼルハートという酷いあだ名の持ち主でもある。
「おい アゼルハート! 焼いた肉食うか?」
「いやいや!こんな女の豚肉なんぞよりアゼルさんには俺が心を込めて丁寧に焼いた牛肉をっスね…」
「ああ!?ンだとこのハゲヒゲ!ドタマに斧叩き込まれてェか!」
「だらァ!言いやがったなこのガリガリ女!殺す!」
俺が一瞬敵兵のいる城壁に目を離した隙に、何故か焼肉を勧めてきてた筈の荒くれ巨漢と残酷女の冒険者コンビが戦斧と短剣を振りかざして決闘寸前になっている。意味不明だ。
昔の俺ならばビビって固まってしまう状況ではあるが、今の俺はあの恐怖の権化たるしヤサブローさんに出会ってから何度もおっかない合戦やら盗賊退治やら焼き討ちやらに駆り出されまくり、遂には合戦の総大将までやらされた男だ、最早これしきではビビらない。
「まあまあ、両方食うからさ」
俺はこの一言で武器を抜いた二人の冒険者を宥め賺し、肉を受け取った。我ながら結構貫禄がついてきたと思う。
冒険者アゼルハートは肉を頬張りながら考える。
「しっかし焦げ臭ぇなぁ…」
あと単純に煙の量が多い。百人分の焚火があるから仕方がないが、視界がすこぶる悪い。
総大将をやらされたあの合戦は大勝利に終わった。俺たちロクデナシとお百姓ども、山の異教徒のごちゃ混ぜが騎士に勝ったとは信じられねぇが、ヤサブロウさんたちが敵の横腹突っ込んできてそれで決着が着いた。
そして、名目上は大将だった俺の人望は大鰻上りになった。
「おい肉食えよ」
「豚食え豚!」
…それが今、敵を追い込んだ城の門前で野営し、敵が大事に育てていた牛や豚を当てつけに潰しまくり喰いまくっている今、肉をやたらめったら献上されている理由だ。
「…ん?」
その刹那、アゼルハートの立毛筋が伸縮し、身体の毛が逆立ち、貫禄がついたと自負する冒険者の全身の皮膚という皮膚は粟立った。
見ずとも感じられる圧倒的な気配が、煙った背後より迫っているのだ。
煙を掻き分けて、黒くバサバサとした毛皮と、魔力を帯びて爛々とした黄緑の両眼、そしてギザギザとした黄色い牙の連なりが飛び出した。
巨大な魔狼である。
しかし、その冒険者が本能的に畏れたのはその魔狼の気配ではない。
「応、ぱーてぃ長殿!此度の合戦 見事であったぞ!」
登場直後に大音声を放ちたるは、異世界には古今東西南北、西の果てたるプレタニケ島の王宮にも、北の果てたる北人の入江にも、東の果てたる騎馬民族の草原にも、南方魔人の王国にだって居ない異貌の男である。
鹿角の立物の厳星兜に青い大鎧、その上に鹿皮羽織を纏った堂々たる武者姿、
顔はといえば、その頑強な額の下には彼が跨る魔狼のそれを凌ぐほどに炯々とした両眼が嵌め込まれ、その迫力のある目ン玉の下、それなりに通った鼻筋の更に下の野蛮な口は歯を剥き出して大きく凶暴に笑っている。
…この姿を見れば臆病心の男でなくとも間違いなくビビる。
「ヤ、ヤ、ヤ、ヤ、ヤ、ヤサブロウ サーン!オッツカレサマッス!」
剛勇の鎌倉武士としては甲高い声と青い顔で自分を出迎えた冒険者の若者に比較的穏やかに笑いかけたつもりだが、とてもそうは見えない。
…鎌倉武士に笑いかけられては致し方ないのだが、現在哀れなアゼルハート君の心中は被害妄想に派手派手しく彩られている。
(見事であった…!? 嘘だ、絶対これアレだろ!演劇とかで見る上げて落とすアレだろ!突然不手際だ〜!つって唐突に殺されるヤツ!)
そう妄想し泡を吹いてひっくり返る直前であったアゼルハートに「ほれ」と鎌倉武士は剣を投げつける。
アゼルハートにとって幸いにも、それは殺意の籠った抜き身の投擲ではなく鞘に収められたものだ。
何とか投げつけられたそれを受け取った若い冒険者は困惑気味に矢三郎を見上げる。
「褒美じゃ 業物ぞ そなたが使うておるものと丈も近かろう 今後はそれを振るうと良い」
恐怖から解放された安堵と恐怖の権化に褒められた凄まじい成功体験からアゼルハートの瞳からはブワッと涙が吹き出す。
しかし、彼の感動は続かない。
「アゼルどけコラァッ!ヤサブロー様ァ!この肉食ってください!」
「テメー 肉返せや!ヤサブロウ様にお渡しすんだからよ!」
「ヤサブロー様っ 私の豚肉を!こんがり焼いたのを!」
冒険者たちが矢三郎に殺到する。アゼルハートの肉は全部奪われた。
最初は鷹揚肉を受け取っていた鎌倉武士だが、冒険者たちのあまりのしつこさに「喧しいッ」と腰のものを抜き放ってブチギレた。農夫たちと狩人たちは飛んだ巻き添えである。
「ぎゃー!ヤサブロー様が怒った!」
「肉を捧げろ!」
「バカ逆効果!」
数十秒間 敵の城の前でアホらしいバカ騒ぎが起きたが、幸いにも死者・負傷者が出る前にヤサブローの怒りは収まった。
「ヤサブロー 森の方はもう全滅させたよ」
「む?」
背後から一言、静かに、しかし確かな声をかけられたことで怒れる鎌倉武士は冷静に戻った。
名前を呼ぶことでこちらに注意を向けさせ、森に逃げた敵を全滅させたという情報を伝えることで戦術的な思考をさせて冷静さを取り戻させる、これは矢三郎という鎌倉武士を落ち着かせる最適解である。
…異世界鎌倉武士団に於いて怒り狂う鎌倉武士を刺激せず冷静にできる力を元々持ち合わせていたのはこの北人の子供だけであった。
相手との適切な距離感を把握出来ること、これは相性としか言い様がない。そしてアバという北人の子供は鎌倉武士に対するそれを持っていた。
「ようやったぞ あば 後で弓の稽古をつけてやろう」
矢三郎は献上された串肉の一つを口に突っ込んでやる。
この北人の子供は狩人ではあったものの、人を殺めることを嫌っていた。
しかし矢三郎の元に居るうちに次第に慣れ始め、今や獣を狩るのと同じように鎌倉武士の敵を狩るようになり、そしてその熟達した弓の腕から若くして狩人衆の精鋭からなる弓士隊の長のような役回りを受け持つようになっていた。
「大将首は兜ごと持ってきた 他は鼻だけ削いで袋に入れてある どっちも狩人衆の長持ってる」
「重畳至極!」
このようにたどたどしくはあるが立派に報告もこなせるのだから幼いながらも脳筋な冒険者なぞより余程隊長としての能力に長けている。
矢三郎は二三、森での残党狩りについて質問した後、質問の対象をアゼルハートに移した。
「パーティ長殿、彼奴ら城に篭りて黙りか?」
「ッスね、ヤサブローさんに奇襲で横腹食い破られて指揮官を射殺されまくってブルっちまったんじゃねっスか?」
藁のような金髪と鎖帷子の若者の返答にグッと眉根を
「フン、ぱーてぃ長殿、あば、着いてまいれ!」
「了解」
「ど、どこ行くっスか!?」
「この石壁の門前じゃあ!」
「マジかよ、…おい円盾貸してくれ! ああ!俺の馬!」
魔狼に跨った矢三郎とアゼルハートの馬に跨ったアバは
「…我こそは治承・寿永の乱に武名を馳せし日向太郎光影が後裔、白石荒人征久が嫡男、隼人種久が一子!
白石矢三郎経久也ッ!」
「礼土悪衆の武者どもよ!貴様らに敗戦の恥を漱ぐ機会をくれようぞ!
腕に覚えある者はこの俺と勝負せい!
礼土悪衆の武者は腰抜けか!?」
大音声で煽りを入れられた城壁側は俄に騒がしくやった。
「げえっ!あ、あれヤサブローじゃねぇか!」
「オズムンド殿の敵だぞ!ブッ殺せ!」
「そうだ!野郎 ミヒャエル様もフィナン様も殺したんだぞ!」
「ならお前アイツと戦えよ!?」
「い、嫌だよ!」
「落ち着け!蛮人でも遠くから弓矢でハリネズミにすりゃ死ぬ!弓持て!」
城壁の上でわちゃわちゃと騒いでいた雑兵武装の兵士たちにそう命じたのは、装備の質からは少なくとも隊長クラスのように見える男である。
「そ、そうだ!」
「で、でも蛮人ヤサブローは弓矢で御館様の御身内や騎士様たちを殺しまくったじゃないか!
俺らの矢なんかでホントに殺れ」
「やる前からごちゃごちゃ言うな! 弓持ってこいボケ!」
「 ヤ、ヤサブローさん これヤバイんじゃ!? 」
騒がしい城壁の会話を聞いて焦りだしたアゼルハートに矢三郎は前半は大声で、後半は普通かやや小さめと言う大きさの声で答える。
「 見ておれ、礼土悪衆に真の兵在り、と云うのならば彼奴らは必ず我が声に応ずる
応ぜねば面子が立たぬ故ぞ
…じゃが あと数瞬の後に応ずる者無くば、石壁の上に陣取りたる兵を俺が悉く射殺し、村から奪うてきた梯子でも掛け、一気に攻めかからむぞ 良いな ぱーてぃ長殿」
無茶としか思えない、しかしこの人ならそれをやってのけるのだろう…
と、これまでの経験から薄々勘づいているアゼルハートは敵が彼の言う『真の兵』でなかった時、この野蛮だが妙に慕わしくもある棟梁が指示を出せるように矢を防ごう、と決めた。
そうしなければ共倒れ… 彼は静かに盾を構えた。
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