第三十五・五話 ロングレーリ平野の合戦 : 矢三郎視点
投稿が遅れて申し訳ないです
ストックも溜まってきましたので四章のまとめに入ろうかと思います
異世界度が上がった矢三郎氏
凶暴な魔狼にまたがってクソデカ和弓で射撃してきたりカスタムクレイモアを振り回して突っ込んできます。
ーーー 異世界西方ド辺境 ヤーク地方 レドアクス騎士領中央部 ロングレーリ平野 …から西に数十メートル離れた深い森の中
「がはは、森で馬を疾う駆けさするは真、快しぞ」
俺は心の底からこの森を駆ける一時を楽しゅう思うた。まずはこの風の心地良さ、そして森より広大なる葦原へ駆け出れば其所は戦場、
敵を討ち、誰の首でも何度でも獲る事能う麗しき戦場なのである。
嗚呼、早う敵を討ちたい! 早う首獲りたいッ!
「多分凄ェ怖い顔で凄ェ楽しそうに笑ってるんだろーなー ヤサブローさん 」
ま、背中しか見えねぇけど、などと馬上で楽しげに呟いたるは一人の冒険者だ。
(しかし錆が浮いた水滴兜、ボロボロの革鎧という武装は冒険者のそれと言うより辺境騎士のそれだ)
「ははははー!早う首獲りたいのう!」
「あ、やっぱり笑ってるぞ ヒャハハ」
「ガハハ、大笑しつつ魔物を馬と扱ひて乗りこなしぬとは、ヤサブロー殿は流石で有り申す」
「然り然り」
そう馬上の冒険者に馬と同速度で地上を駆けつつ答える髭面率の高い者たちは『狩人衆』
ーーー 異世界の平地に住む人々からは『蛮族』『異教徒』『山人』などと、少なくない悪意の込めて呼ばれる山岳交易狩猟民である。
その筋肉質な体を毛皮で包み、黒曜石の槍を太い指で握り締め、背中には弓と矢筒を背負っている。
彼らは彼らと同じ狩猟を生業とする山岳民をルーツの一つとする鎌倉武士 矢三郎とは非常に馬が合い、その流れで矢三郎の傍で戦うことが多い。(…ちなみに異世界人からすると文化宗教を異にする毛皮を纏った蛮族ルックな彼らの姿は THE 蛮族な我らが主人公 矢三郎殿と実によくマッチしており、敵の視点では蛮族のお頭が山から蛮族を連れて略奪にやってきたようにしか見えない ※間違ってはいない)
「へはははは! ヤサブロー様は俺らにゃ底の知れねぇお人だぜ?山の衆!
…しかし落ちぶれた身とは言え、鎧着けて馬に乗りゃあ騎士の血が騒ぐぜオイ!」
そう狩人衆の男に話しかけたのは先程とは別の冒険者だが、武装はほぼ同じである。
「阿呆、テメエは分家だろうが」
先程の冒険者が素で突っ込む。
「ああン!? オメー決闘か!?決闘するんか!?」
ぎゃあぎゃあと元騎士コンビが騒ぎ出し、それに呼応して他の者たちも煩くなる。
これは、わくわくしていた鎌倉武士の機嫌をとても損ねた。 理不尽だが仕方がない。
…喧しいな 殺すか?
いや、止めておこう。
平時であれば斬り捨てそっ首刎ねて庭に飾るところだが、戦場に近づく前に礼土悪衆に気取られては折角の策が水泡に帰してしまう。先程から二矢ほど放ちて物見を仕留めているが、後ろに気を取られていては見逃してしまうであろう。
それにまた、兵を減らすのも得策ではない。
…ので、俺は特に煩く罵りあっておった馬上の二人の兜に非常に軽く印字打ちの石をぶつけ、殺さずに黙らせた。
そして鎌倉武士と没落騎士と山の民による歪な鋒矢は森を突っ切り敵軍の無防備な脇腹に喰らいついた。
…ぱーてぃ長殿め、我が思うた通りに動いておるな、褒めて遣わそう!
うむ、勝ちたる後には良さげな太刀でも敵の屍から剥ぎ取って恩賞にしてやろうぞっ!
雑兵を二、三人なで斬りにし、魔狼に噛み殺させつつ、矢三郎はそう思考し、吼える。
「…ガルァアアァ!!!!!白石矢三郎経久推参ッ!」
「げげえっ!ヤサブローが出たぞぉ!」
「ナマタ村のカタキだ!ブッ殺せ!」
「ふざけんなッ!魔狼に乗った蛮人なんて相手できるわけねーだろ!」
斯くの如くぎゃあぎゃあ吠える雑兵の一人の背骨を馬に蹴り砕かせ、一人の男が飛び出して来た。
「うらあーっ!貴様が蛮人ヤサブローかっ!」
「ばんじん?」
俺は何やらこの者らによって仇名を付けられているようだが、由来はよう分からなんだ。
俺を「ばんじん」なる仇名を付けて呼んだのは、馬体三頭ほどの距離まで近づき来たる、鉞を持った大岩の如き大男であった。
…何者ぞ?
・体躯は堂々たるもの (強そう)
・馬に乗っている (金食い虫の馬を養える財力のある家の者)
・鎖帷子で全身をすっぽり覆った上に鬼貌の民の鎧という、鉄の板を曲げたので全身を覆っている。(鎧を持てる財力がある)
大柄の騎士の風体を一瞥したのみでこれらの情報を読み取った鎌倉武士はこの首は手柄首になると踏み、名を尋ねた。
「お主は我を知っておるようだが、我はお主を知らぬ!何者ぞぉ!」
「我こそはレドアクス家とヤーク街守家に八代仕えたるギョムン家の『トロル殺し』オズムンド!
貴様ブチ殺してやる! 俺様腰抜けの雑兵共とは違うぞ!」
オズムンドの名乗りは堂々たるものであったが、白石家、そして異世界鎌倉武士団の棟梁たるこの男にとってはあまり好ましいものではなかったようだ。
何じゃ、郎党か?礼土悪衆の惣領筋や家子でないのか…
失望し、矢三郎がさっさとオズムンドを射殺しようとしたその時、鎌倉武士から見ての右側からもう一人、白馬と赤い鎧の騎士が現れた。
矢三郎は焦らず、且つ油断もせずに新たな敵を見つめ、誰何した。
「何奴かァ!」
「我こそはミヒャエル・レドアクス也!
オズムンド! 主筋たるレドアクス騎士『小粒の』ミヒャエルも加勢するぞ!」
「おお、忝なし!」
「ぐははは、良かろうっ!大きいのと小さいの、貴様ら二人纏めて相手してくれる!
いざ、白石矢三郎が矢を馳走せんッ!」
「何ぃ!?騎士が一騎討ちに弓だと!?」
「騎士ではない武士じゃ!死ね!」
…何というカオスな絵面でしょうか。
しかし、これはこの主人公とその同時代人にとっては普通の別勢力との外交(物理)なのであります。
そう言っているうちにこの主人公はオズムンドとミヒャエル含む騎馬武者を幾人も矢で射抜き 太刀で斬り捨て、愛馬ポジションの魔狼には徒歩の雑兵を幾人も噛み殺させ、
鎮西八郎為朝クラスの一騎当千、…とまでは行かずとも、一騎当百程の暴れぶりを戦場に知らしめたのです。
「ヤサブロー殿!
阿、ヤサブロー殿の仕留めたる獲物が首持ってきたるぞ」
「応、忝なしッ!」
幾多の兵を斃した矢三郎と負けず劣らず帰り血塗れの女、狩人衆の総梁が娘から首同士の髪を括り付けるなど苦労して抱えてきた重い首五つを軽々と片手で受け取り、そのままの動きで首が戦場中に見えるよう、高々と掲げた。
「ぎょむんがおずむんどが首! 礼土悪衆がみひゃえるが首! あと名は知らぬが多分は礼土悪衆武者が首三つ、この白石矢三郎経久が討ち取ったるぞぉお!!!!!」
その空気をビリビリと震わす大音声、そして顔見知りの指揮官たちの無残な首たちを引き抜いた芋束のように無造作に掲げたその男、
眼光凄まじい異形の、魔狼に跨った赤黒くドロドロに染まった青い鎧と鹿皮羽織の、凄まじい殺気を纏った凶相が与えた凄まじい恐怖…
それが引き金となり、レドアクス軍は逃げ散った。
しかし、変則的な金床戦術による潰走と容赦ない追撃に本隊は全滅、本拠であるレドアクス城まで逃げ切ったのは、レドアクス一族の騎士たちと僅かな供回りだけと言う有様であった。
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この “ ロングレーリ平野の合戦 ” は異世界西方の戦争で冒険者や農夫によって支配者層たる騎士が打ち負かされた初めての事例として記録される。
…そして、異世界の歴史に『武士』が初めて登場した事例となったである。
今回はヤーク街守、辺境伯家の記録に残された代官が婿であり青い鎧と共に殺気を纏った鹿皮羽織の男の言葉を持って幕引としたい。
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…斯くの如き様相でハサミウチを受けた礼土悪衆の陣は野犬の群れに放ってやった死体が如くにズタズタとなり、首取り放題と相成った。
俺自身は矢張り兜首が取りたかったので、騎馬した兵を狙い、ゴテゴテとした金銀の飾りをやたらに鎧に付けた、恐らく惣領筋や家子であろう騎士どもを我が弓と太刀にて四、五人討ち取った。
斯くの如き次第にて “ らんぐれいり平野の合戦 ” は我らが勝利に終わりて候。