第三十五話 礼土悪衆合戦 その三 ロングレーリ平野の合戦
〜 前回までのあらすじ 〜
門の前を下馬せず横切った
レドアクス騎士家の連中、
絶対コロス!…そう決めた鎌倉武士 矢三郎と異世界鎌倉武士団はレドアクス騎士家所領に侵入、
数日の内に3つの村を潰し、2家の従士家も撃破した。
そしてレドアクス騎士家の軍が待ち受ける、レドアクス騎士領
中央部、ロングレーリ平野に行軍した…
あらすじ with マップです
俺にはこの鬼貌の民のことはよう分からぬ。まっこと、分らぬ。
武者、それも騎乗して甲や冑で身を鎧いて郎党を伴った武者が、下馬せずに我が舘が門前を横切ろうとしたのだ。奇々怪々なことである。
当然にその礼土悪衆当主が弟と名乗った武者を召し捕りそっ首刎ね、件の礼土悪衆武者の首を妻三人に見せたのだが、矢張り鬼の女どもは分からぬ女どもであった。
まず、刎ねたての首を引っ掴みて扉蹴り開け、舘の中に入りて何やらまじない道具を繕うておった一人目の妻、えるふ鬼の歩き巫女 ぺるめに首見せた。
しかし此奴めは「また首ですか?」などと相変わらずのふわふわ頭にて有象無象の首と兜首の差を理解せなんだ。
ならば、と飯と閨に居る時以外は庭の隅の鍛冶場で何時も太刀やら薙刀を打ち、弓を張っている三番目の妻、どわあふ鬼の染に首を見せると、相変わらずの仮面の如き読めぬ顔立ちであり、染が「そんなことより」と申して差し出した新たに拵えた太刀の試し斬りや弓の試し撃ちをやらされ、兜首の感想は有耶無耶にされた。
それは全く口惜しき事、と思いて とりあえず礼土悪衆一族を族滅するが為 ヤークにて近隣の武士を束ねる守護のような、…或いは将軍のような権威を持つ氏の氏長者が代たる二番目の妻、 代官殿の元へ行き、
この首の持ち主の一族を族滅するが良いか?…と礼土悪衆の首を見せると代官殿は他の二人と妻と違うて見せたる首に大いに反応したが、代誉めるではなく顔の色を青うしたり赤うしたり忙しなく変えて怒っておったが やがて一際顔を赤くして口をぱくぱくした後 代官殿はひっくり返ってしまった。
…真、兜首を捕ったというのに、
兜首の何たるかをふわふわ頭が一人、気色が読めぬ面のような面で試し斬りをさせてくるのが一人、何やら分からんが怒ってくるのが一人と、真面な反応をする妻は一人も居らなんだのだ。
まっこと、この鬼貌の民の世のことは、まっこと分からぬのだ。
…彼奴等が我に分からぬならば、俺がこの鬼世に俺こそを知らしめらば良い。
この鬼世に俺の何たるか、白石の一族の何たるか、そして日ノ本の武者の何たるかを知らしむらば、鬼世は我を認め、我らの世に近づくに相違無い。
…ならば、我武者の何たるやを知らしめ、この世を武士の世とせん、…その為ならば少し成りとて邪魔となりうるこの世の、武士なるを尽く族滅してくれよう…
ーーーーー
…俺ん家は代々農奴だった。
家系図なんてないけれど神話時代に先祖を遡っても、ご先祖は英雄神の息子だとか竜殺しの英雄だかに使えてた農奴だ、…ってェぐらいには農奴な筋金入りの農奴家系。 無論名字はない。
そして俺自身にも名字はない。
しかし鍬を握って畑を耕していた先祖らと違って剣を握って魔物の頭をカチ割る冒険者
…そのはずだったんだ
ーーー 異世界西方ド辺境 ヤーク地方 レドアクス騎士領中央部ロングレーリ平原
「かかれーッ!我が一族の領地に侵入したる腐れ賊どもを殺せーっ!矢を射掛けよッ」
「黙れァ!クソッたれの腐れレドアクス共ごらぁ!ぶち殺したらァアァア!!!!!!!」
「ぎゃー!矢!矢!刺さったァ!」
「盾構えろバーカ!」
「狩人ども!クソッタレどもに矢ァ射掛けてやれ!盗賊どもは前ン出て投石紐で礫ェ御見舞いしてやれ!とっとと殺れグズ!
…アゼルハートさんよォ 距離がそこそこ詰まったぜ! 隊列崩して突っ込もう!」
「そーッス!敵は騎士ッス!エルフじゃねェし多分一回カチ合えば矢ァ撃っちゃこねーッス! 多分!」
……何で、何で元農奴 今冒険者の俺が戦で大将やってんだ!?
「そ、そうか!?そうなのか!?」
「そーッスよ多分!」
「マ、マジで!?」
「がぁー!!!!!兎に角どーすっか決めろっ!」
…話聞いてたヤツらみんなが思うように、俺自身風に吹かれた根無し草が如くにコロコロ意見が変わるこんな奴が一軍の指揮官なんてすべきじゃないと思う。
しかしこうなっているのはあの男、恐怖の権化、野蛮性の象徴、具現化した悪夢と呼ばれて然るべき「サブライ」ヤサブロウさんのせいなのだ。
勇猛果敢で狡猾な戦士のヤサブロウさんが何故、俺みたいなのを指揮官に命じたのか全く持ってわからない。
数刻前、
「応 パーティ長殿、
此度の…らんぐれいり野での礼土悪衆一党との合戦、お主が騎兵を除いた冒険者衆・村人衆・そして狩人衆半分が大将を務めよ
俺は征くぞ」
…などと言って冒険者衆から北人の騎馬切込隊に混じっての略奪やそこら辺の戦場での騎傭兵働きの経験がある生え抜きの冒険者騎兵二、三十人と山の蛮族半分ほども連れて森の中に消えちまったのだ。
そして俺が突然の指揮官任命に慌てて頭真っ白のうちに俺たちはロングレーリ野に着いてしまい、領地を荒らし回られ、村を潰されて殺意マンマンの騎士一族と対面、取り敢えず合戦、上記の様相と相成った訳だ。
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斯くなる心情を豊かな土を青々とした草が覆っ広大でさ美しきロングレーリ野にて吐き出したる若者は、柄にもなく兜を被った、
ーーー オーダーメイドの兜を買えない貧乏冒険者が大嫌いな顔が隠れる没個性な量産品のそれを、矜恃を曲げてまで被って完全武装した、鎌倉武士にビビりっぱなしの異世界人、戦場ver.のアゼルハートであった。
「突っ込むのか!突っ込まないのか!?早く決めろい!」
「…うああクッソ!野郎ども!突っ込むぞ!」
「ウオオオオオ!行くぞぉ!」
「殺せぇ!」
「勝ちさえすりゃあ略奪パーティだぜぇ!!!」
…件の如き自棄になった裏返ったアゼルハートの咆哮と、ソレにアテられた兵たちは興奮して盾を叩いて奇声と気炎を上げ、隊列を崩して敵陣に突撃した。
「我らの村を焼いたクソッタレ共を殺せェ!」
「畜生、弟夫婦のカタキだ!」
「シェルバの村の盗人は殴り殺せッ」
呼応するように領内を荒らしまわられた敵も激しく怒り狂い、数に任せて突撃し、数で劣る異世界鎌倉武士団を押し、受け手に回らせた。
…アゼルハートに指揮された異世界鎌倉武士団側の行動は正面からの小細工無しでの突撃、思考を放棄した行動である。正面からの攻防は数と練度で優るレドアクスに有利となる。
…しかし、それは鎌倉武士、矢三郎の目論見通りであった。
「がっはっは、焦ル流波亜徒のぱーてい長殿、我が望む通りに動いておるわ!
…者共、彼奴らに武士の何たるかを見せつけてくれようぞ!」
「応ッ!」
「横腹を引きちぎれぇ!」
…矢三郎の号令と共に戦場左方の森林から打って出た率いる生え抜きの騎兵隊と供回りが、敵軍の側面を突いた。敵の主力たる中央を粉砕し、レドアクス一族と譜代の家臣が固まっていた戦場右方の脇腹までも喰い破った矢三郎率いる騎兵隊一旦戦場から離脱した後に反転した。
そして奇襲によって一門が討死、我先にと戦場から撤退した指揮官の本陣たる右陣を失ったことで大混乱となったレドアクス軍中央を本隊と挟撃し、擦り潰した。
かくして異世界鎌倉武士団と礼土悪衆騎士家のロングレーリ平原での合戦は斯くの如き様相にて敵の主力を壊滅させた異世界鎌倉武士団の大勝利に終わったのである。
…だが、鎌倉武士は合戦での勝利のみで満足するほど優しくない。
それをレドアクス騎士家が知るのはほんの少し後のことであった。