第三十四話 礼土悪衆合戦 その三 ランタ村攻め
異世界西方ド辺境 ヤーク地方 レドアクス騎士領南西、ランタ村近くの田園地帯
鎌倉武士の異世界転移から二ヶ月と少し後、鎌倉武士のレドアクス領侵入から三日目
「懸れァ者どもッ!礼土悪衆が民に情けは不要ぞぉ!!! 追い首稼げィ!!!」
「おおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
黒の魔狼に跨った、鹿皮羽織と青い大鎧の男、
ーーー尤もソレは彼らの知るはずの無い土地で彼らが経験したことのない戦い、騎乗での矢戦に於いて身を守る為に最適化された鎧、
この世界の人間は見たことも無く知らぬ鎧であろうが…と共に恐ろしく野蛮な殺気を纏った男と、彼が率いる乱雑貧弱な武装なれど戦意は高い二、三十ばかりの一党が蜘蛛の子を散らすように逃げる獲物たちの背を追っていた。
「ぐがァおおおおおおゥゥゥ!!!!!」
その男は獣の如き、…否、獣よりも遥かに恐ろしい声色で咆哮するや否や、吼える主に負けじと吠えるものの迫力及ばぬ魔狼を駆って 徒歩の郎党をぐんと引き離して一騎駆けする。
「うわーッ ヤサブロウさんがまた一人で! 急げッ!ヤサブロウさんを死なせるなーッ!」
心配病な冒険者の悲鳴が後ろで発せられたがその鎌倉武士は気にも留めない。
必死に一騎駆けした主の背を追う武士団は歪なれど一本の矢のような形と成り、それは矢三郎を鏃に哀れな獲物たちの背を貫いた。
「ンばあァあありゃぁあああァァ!!!!!!」
「ガぎゃあッ」
加速した狼上から勢いを乗せた手斧がぐうんと唸り、何人目かの農夫の後頭部をバチャーンと砕く。ネバッとしたピンクとドロっとした赤黒が畑の空に飛び散る。
この農夫も恐怖に背を向けず、鎌や鍬を手に取って憎むべき敵に立ち向かわば 僅かな可能性とは云え或いは、生き延びられたかもしれない。しかし背を向けてしまえば抵抗の一つもできない。
「ひょーッ!」
「がっはっは」
一騎駆けする矢三郎に最初に追いついた狩人衆 (矢三郎が武士団傘下に組み入れた山岳民) の若者は感嘆し、最早鈍器と化した手斧片手に不敵に嗤う魔狼乗り矢三郎に尊敬の眼差しを向ける。
「すげーですな! ひったまげ申した!」
「ぐっふっふ 然もあろう! そなたも気ィ張れぃ!」
険しい山岳の民特有の健脚で後続を大きく引き離し偶然鎌倉武士と二人きりになった若者はそれから暫くの間魔狼に跨って逃げ散る農民たちを虐殺していく矢三郎と無駄話しつつ、逃げる農夫や農婦の背を斬ったり矢三郎が斬った農民にトドメを刺したりと有能な働きぶりを見せた。
そして賢くも血気に逸って突出することも無く、「ぬっ」と手網を引いて狼足を止めた矢三郎に倣い足を止める。
眼前には、戦士たちが居た。血族と思しき数人は馬に跨り、水滴兜と鎖帷子、部分的なプレートアーマー、残りの徒歩の二十人足らずの男たちはより粗末な武装だ。異世界鎌倉武士団と大差ない。
… 彼らは騎士ではない。馬に跨っていても騎士ではなく、騎士に仕える従士階級である。
しかし、村の統治・防衛を任され、という時点で鎌倉武士にとっては相手にとって不足ない敵であった。
鎌倉武士はニヤリと笑う
「己ぇー!この蛮行ッ この村と民がヤーク街守家及びレドアクス騎士家より我らランタ一家に預けられしランタ村のものと知っての狼藉かッ!」
「おう知っておる!」
「貴様ッ 我が舅、ナマタ殿にヤーク街守家及びレドアクス騎士家より預けられし村落を襲撃し、口にするにも悍ましき所業に及んだるは赦し難き事!よってこのルポン村のルポン一家が成敗致す!」
「ぐはは、口上御見事、死ねぃ!」
愛用の赤い和弓が狼上で唸り、矢がルポンと名乗った騎馬武者の顔面を貫いた。否、砕いたと言った方が正確な惨状である。
「なっ…慮外な!何をすr」
「ぐはははは これぞ合戦じゃあああ!!! 」
「己r」
「るぽん討ち取ったりぃいいいいェアッ!!!!!! るぽんの首はこの白石矢三郎経久が手柄ぞォ!!!」
この男 白石矢三郎、ひいては白石一族の詞合戦 (直接戦闘の前に相手の非道さや不名誉を打ち鳴らして味方の士気を上げる悪口バトル) は代々、相手に主張を語らせないことを肝要としていた。
自分たちは基本口下手で武骨な一族であり、あまり白熱した口論をすると部下たちの前で言い負かされメンツが潰されることは想像に易い。
その対策が最初の口上で相手が口達者か自分たちと同レベルかを判断し、言い負かされそうな相手なら一方的に口汚く罵り散らすか今回のようにさっさと射殺し、大将が最初に手柄を挙げることで部下を奮起させ 士気を上げる。
そし相手が同レベルならば大義やらなんやらを盾にやはり口汚く罵って士気を上げる。それが白石家流であった。
そのスタイルは異世界でも大いに成功した。
「おお!ヤサブローさまに遅れを取るな! 俺らも行くぞぉ!」
「あの赤い兜の野郎の首は俺のだァ!」
「じゃあ俺ァあの赤毛を殺る!」
…ぞろぞろと追いついてきた郎党たちは奮起して戦意を爆上げし、
「な、なんだこやつら!?」
「レドアクス家配下の我らを何の躊躇もなく殺すなど…!」
一方のに異世界戦士側は鎌倉武士の想定外の非道に士気と動きは鈍った。徒歩の雑兵などは戦意を失いかけだ。
武士団は雑兵の一人に至るまでが歯を食いしばり血走った目を見開いて手柄に飢えている。
数十、数百人規模の合戦とは個人の武勇と兵の士気が勝敗を決める。
卓越した武勇を誇る優れた将、そして戦意盛んな兵士たち…双方を完全に備えた相手に三文騎士たちは圧倒された。
「者どもッ続けぇええぇい!手柄首だらけぞぉおお!!!!!捕り放題じゃああぁあ!!!!!」
歪な矢に、敵は粉砕された。