第三十話 鉄と愛は暑いもの 《中編ノ下.1》〜北人の血讐〜
はい、やって参りました 〜鎌倉武士は異世界へ〜 三十一話であります。
あまり多くは語れませんが相次いだ身内のゴタゴタがようやく落ち着いたので ここからは投稿のピッチを上げていきたいと思います!
ある日 突然 『もののふ』を名乗る男が冒険者ギルドに現れて銀板階級冒険者の位を奪い取った。
直ぐにその男は銀板の権威と確かな実力を持ってギルドから冒険者を引き抜き 郎党を確保、牙を抜かれ 非武装だった村人たちを武装させ 辺境の領主一族を殺害・所領を手中に収め、初めてこの世界に『武士団』を創り出した。
そしてその男、白石矢三郎経久は一帯で無視できないレベルに宗教的影響力を持っていた修道院を襲い、焼いた。
この襲撃は歴史の闇に消えることとなる。
だが、鎌倉武士が修道院を焼き討ちしたのと同時期 歴史の闇に葬られた鎌倉武士の襲撃に対し、歴史に深く爪痕を刻んだ襲撃が、あった。
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異世界最西部 プレタニケ島 東部
逢魔が時、 世界の全てが闇に呑まれ青黒く染まる時間帯、崩れた白岩の柱が太古の『大帝国』の遺物として残る場所に肩から上だけが強い暖色に染まった人間の集まりがあった。
何故この一帯で彼らだけが、それもその上体だけが強い暖色なのか、
それは彼らが爛々と暖光を発す松明を左手にしっかと握り そしてそのまま静寂を保ち微動だにせず一点注視して背を反った太刀のようにしているからであった。
故にこそ この時間帯に稀有な暖かい色彩は彼らの動きと同じに一帯に円を描いてじいっと留まっていた。
これは異様なことであった。
よく見ればその人間の群れの多くは獣の毛皮と鎖帷子で身体を覆った物々しい大男たちであり、その大柄な体躯、淡い瞳や髪の色、そして紫外線に弱い皮膚が長時間強い日光で焼かれ爛れ赤鬼のようになった面相が彼らが北方系人種、北人、江狄などと呼称され、恐れられ忌まれる極北の地の民であることを雄弁に示している。
その荒々しく残虐で堪え性がない北人の大群が一切の乱れを見せずに忠犬が主人を見るような敬いの目、或いは狼が実力のある頭目を見るような畏れの目を向ける畏怖の対象は意外にも、表面上は穏やかで温厚でまた忍耐強い細身な体格の人物であった。
老け顔の北方人の中では大いに若く見え、見ようによっては若い女にも見える簡素な鎧の彼は周りの視線など意にも介さず若干ぬかるんだ地面に座り込み、存外穏やかな声で隣にボロきれのように転がされた泥に塗れた古き『大帝国』の意匠を模した豪奢な鎧の中年男に語りかける。
「遥か昔、お前たちの崇める唯一神が この土地に伝わるよりも 遥か昔の遥か東方の国に 二人の神が居たらしい
一人は男神、一人は女神 二人はどんどん子供を作り、子らは際限なく増えて行った
ところが突然 女神は死んでしまった…
…何故だと思う? それは彼女が炎の神を産んだからだよ 炎は際限なく広がる力、憎しみが憎しみを産む復讐の炎と同じもの…
…だから、彼女は産む途中に股ぐらを焼かれてしまったんだ!」
「ん”ーん”ー!」
豪奢な鎧の肥えたボロきれが彼の穏やかな声音を遮ろうと何か猿轡の下で吠える。間違いなく罵言であろう。 しかし彼はそれをものともせず 東方の神々の話を滔々と語る
「怒り狂った男神は産まれた息子、炎の神を斬り殺した! …そして炎の神の飛び散った血や死体からは炎の力を制御する神々が産まれたそうだ! さあどう思う!? 」
唐突に彼はずいとそのボロきれの顔に息がかかるような距離に顔を近づけ問うたが、突然の乱行と彼の青い目に怯える相手に答えを期待するのは辞めたのか、
息のかかりそうな距離に顔を突き合せ目を見据えたままに彼は彼とボロきれの隣、北人の大群の中央で燃え盛る薪山とそこに無造作に刃を突き立て赤熱するナイフを細指で指し示す。
「さあ、お前たちの故郷 ここプレタニケには炎の勢いを止める神はいるか?」
「ん”ーん”ー」
「…あっははははは 泣いても叫んでもどうにもならないぞ、絶対ただでは殺さない あのナイフが真っ赤になり お前に最も苦しみを与えられると私が判断した時、私は父の仇を討つ
自分の手ではやらない、お前の目を正面から見てお前が苦しんで苦しんで死ぬのを最後まで見届けてやるぞ」
屈強で脳筋な北人を最も困惑させ畏怖させるは戦場で斧を振るう武勇誉れ高き戦士王の激しい怒りではなく戦場の後方で弓を放ち戦略戦術を練る知者の静かなる狂気であった。
その冷たい静かな狂気は大気を通してビリビリと軍団の多くを占める彼を知識神の化身と尊び畏敬の念を抱く者たちも、またその他の腹に一物抱えている者たちにも尽く伝わり、彼らはそれを恐れ、背中を伸ばし、口を閉じた。
…その周りにも影響を与える意志の強さはこの世界に現れた鎌倉武士とある蛮族のそれと大いに似ていたが、
この静かに狂った足の悪い北人がその男、矢三郎を知るのはまだ先のことである。
そうしているうちに静かな狂気のもたらした静けさは破られる。
途轍もなく大柄でシルエットだけならば上位種のオークと見まごうような体格の男、原型を留めた羆の毛皮を丸ごと一頭背負う様に身に纏った、まさに熊のような大男がのしのしと暖色の集団を荒々っぽく かき分け、かき分け、北人の渦中の中央近くに辿り着く。
その男 ビョルンの存在に気づき、松明を下ろして肩から上も暗い色になった数人の北人たちが焦って裏返った囁き声で詰め寄る。
「…び、ビョルン 遅せッスよ!どこで何やってたんスか?」
「やっと来た!キンチョーし過ぎて 心臓が破けるかと思ったぜ もっと早く来てくれッスよ!」
「どしたお前ら、いい歳こいた男どもが かますびびしいぞ」
「喧しいでしょ… お兄様の真似して難しい言葉使おうとしてんのバレバレッスよ アンタ俺らと同じバカなんだから無理しちゃダメだ」
「兎に角、アンタの兄さんが自分の世界入っちまってんだよ!動くに動けねぇし喋るに喋れねぇ!」
ムードメーカーの存在に普段の脳筋ペースを取り戻した北人兜の若い男たちがビョルンを急かす。
彼ら北人は脳筋のボスなら慣れたものだが知識神の化身扱いされるほどのアウトサイダーにはめっきり免疫がなく、独特な世界観の人物相手には畏敬と困惑が入り交じりフリーズしてしまうのだ。
「ビョルン、そこに刺してあるナイフを持て」
件の彼は姿勢を正したままフリーズした北人たちをかき分けようやく円陣の真ん中に現れた、一番近い弟に当たる大男、ビョルンに振り向きもせず声かける。
各部族の戦士たちを無造作に押しのけてこられる身分の巨大な男の足音となれば 思考家の彼としては考えずとも総大将の弟だと分かるのだが、大半の北人はそこまで考えが及ばない。 相手を見ずとも気配で誰かわかるスゲー人だということしか理解されない。
このような無意識の一挙一動が彼を畏怖の対象にするのだ。
「ほい来た」
その辺りの誤解を招いてしまう兄の不器用さをわかっている大男は敢えて明るい表情と口調で赤熱したナイフを薪から引き抜く。父の復讐を果たさんと準備と戦を重ねる間 腹に溜めに溜め混んだ暗い怒りの炎を燃え滾らせているのはこの次男坊も同じであった。
一瞬の明るい表情は冷酷で恐ろしいものとなる。美しい顔立ちの兄の冷たい恐怖の権化たるそれと比べて刀傷が何本も通った髭面であるからベクトルの違う恐ろしさだ。 燃える薪に照らされ 赤鬼のような、熱い恐怖の権化たる面相となっている。
冷の計画者と熱の実行犯の揃い踏み、捕えられた哀れな国王に逃げ場はない。
「最後に教えてやろう、ノーザン王国国王 アエラ、お前と、この島の他の王たちを殺すこの私の名は『骨無しのイファル』お前の神の家を焼き、王国を奪う軍の名は大異教徒軍だと」
今回は同時投稿の後編の前半部として書いたものの膨らんだので分割しました。
第三勢力たる北人と彼らのリーダー イファルの人となりにフィーチャーした回ですね。(イファルの元ネタは分かる人には分かるかも)
脳筋マッチョどもを率いてるのが静かに狂った身内への愛が重たいヤベー奴という、ハンパな不良が意志が強いガリ勉に逆らえない的なアレです。(大分違う
しかし彼ら異世界側の勢力を描いていると矢三郎と「まだ」接点がないので地の文で言及されるだけなのが寂しいですね…
しかしまぁ、ご存知の通り蛮族の極みたる我らが異世界鎌倉武士矢三郎と静かに狂った男に率いられた異世界蛮族の極み北人のドッタンバッタン大騒ぎの溜めと思っていただければ幸いです。
北人のイメージ 老け顔。 竜頭の戦船に乗って北からやってくる蛮族 元ネタは言わずもがな
鎌倉武士成分は同時投稿の中編ノ下.2で補完します!
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