第二十五話 覚醒
第三章突入です! ちょっとお下品な描写がありますね
「東より騎馬多数アリ 」
「東より騎馬多数アリ ヤサブロウ殿にご報告を」
「旗の識別 可か不可か」
「不可ナリ」
「崖伏セル者、ヤーク代官の旗と識別セリ」
「山伏セル者、駆けてご報告致すべし」
ーーー 矢三郎の異世界転移から一ヶ月後
矢三郎は白石の人間のルーツの一つ、山の民 山衆から受け継いだ狩猟スキルを有用に用いて確かな狩猟力を示したことでシェルバ近郊の山に棲む古来からの独特の習俗を持つ猟師集団を味方につけることに成功していた。
そして、我らが武士団棟梁は隠密行動に長ける彼らを有用に用いていた。
例えば将来的に仲良くしたい複数の近隣勢力の軍備を肉売りという名目で偵察する、または普段から彼らが精通したシェルバ村近郊の山地に伏せさせ、敵対勢力に攻撃の気配が無いか見張らせる…
詰まるところ、忍者である。(ちょっと山伏とか入っている)
山の民を取り込んで武士団を強化することは、現在の白石領に下向してきた三代目当主にして バリバリ武闘派ファミリー白石の人間として歴史上唯一の穏健・穏当・穏便人間だった白次国久が『まつろわぬ民』山衆を白石家に取り込んだ時、その偶然の再現だった。
物語でしか知らない祖先の軌跡を別の世界で辿ったことに矢三郎は感慨を抱いていた。矢三郎は今、別世界で白石の父祖たちが築いた武士団の再現をしているのだ。
ーーーーー
旧シェルバ・アケ・トカラ・ダガラー領主居館 中庭
現 異世界 白石武士団 練兵場 兼 生首置場
「フン、何と短く弱い弓か! 矢尻もお前の体が如く、かようにちんまい。…やはりちゃんとした弓師をやーくの街ででも見つけ出すしかないわ!
…かようなへろへろ弓を白石のもののふが使うわけにはいかぬ!」
今は生首となって庭に並んでいる領主兵の備品だった短弓と矢をしげしげと眺めながら、試し撃ち後の矢三郎が酷評する。異世界の標準的短弓は鎌倉武士のお眼鏡に敵わなかったようだ。
…実際、短弓では世界最大の和弓とバカデカい矢尻が標準装備、そして何よりその弓矢を防ぐ為に進化した鎧で肉体を鎧った日本の武士に太刀打ちできるはずがないのだ。
…短弓使用者と武士の対決の具体的な事例として、戦国時代は朝鮮出兵の際、黒田長政が李王理という半弓の使い手に左手を射られたが、ものともせず敵陣に突き入り、李を討ち取ったと言う事がある。
短弓では足止めにもならなかったようだ。騎乗矢戦対応の本式の鎧である大鎧と比べて遥かに作りが簡素で軽量な当世具足、胴丸、腹巻でコレである。
一方和弓では足止めどころかボンボン死者が出ている。あと、二、三人を一矢で団子にしたり軍船を一矢で沈めるよくわかんないのもいる。
また、騎馬・軽装・短弓がトレードマーク、軽装騎兵の代表格であるモンゴル人からして「威力弱いから毒つけようぜ」していたのだし、我らが和弓と世界標準の短弓は相性が悪すぎるのだ。
…それに蒙古にしても騎馬・重装・長弓(世界最大) のうえ戦意が高いとか絶対戦いたくない相手だろう。
閑話休題。
話は異世界で鍛錬中の矢三郎の元に戻る。
「いやいやいや、ヤサブローの弓矢がおかしいんだって! 二メートル越えの弓に握り拳ぐらいある矢尻なんてフツー使わないし!」
元寇時の蒙古を代弁するかのようなアバの叫びだ。
「別におかしくはない!おぬしらがおかしいのだッ!!!!!」
ムッとして、顔を厳しくして怒鳴る矢三郎だが、世界基準(異世界も含む)ではジャパニーズユミはおかしいのだから仕方が無い。
「ヤサブロー 顔が怖い!」
「…む、すまん」
矢三郎は素直な男である。打てば響くし、殴られたら殴り返すどころかそっ首刎ねて庭に飾るような男なのだ。
この一ヶ月で「髭生やすと異世界人には顔が怖すぎる」という事実を素直に受けいれ、こまめに髭を剃るように心掛けていた。これから勢力拡大を目指す棟梁として、過剰に恐れられるのはあまり良くない。「尊敬などいらない、恐れさせろ」とはいい言葉だが、剛柔併せ持つ狡猾さが鎌倉武士と凡百の蛮族を分けるポイントでもあるのだ。
「髭剃るか」
「ヤサブロウ殿!
西より騎馬多数アリ、ヤークの街守の旗ナシです!…但し街守代の旗 見受けられました!」
報告に来たるは女狩人である。
彼女、地面に跪きながらも顔を赤くして半分脱いだ直垂から剥き出しになって玉のような汗が吹き出す矢三郎の胸筋をチラチラと見ている。 矢三郎もその目線に気づかないほど女慣れしていない訳では無い。
「…左様か!重畳重畳!
その方らは示し合わせた通り村人に化け、連中をこの邸へ誘い込ませい」
「承知」
そして矢三郎は今彼と女狩人の間で起こったアイコンタクトに気づけないほどに幼い北人の子供 アバに指示を出す。
「さて、あば、お主は村の畑にでも伏せっておれ …連中に弓を使うか否かは任す …死ぬなよ、お主には弓の稽古をもっと付けてやる」
アバが去り、矢三郎と女狩人だけが残った練兵場…
…突然だが、人間の三大欲求 『食う』『寝る』『ヤる』 この内 皆さんの優先順位はどうだろうか。
何よりも食うことが好きという人もいるし、眠ることが大好きな人もいるし、下半身が本体の人もいる。
そして、我らが矢三郎の中での優先順位は、 「食う」>>「寝る」>>>>「ヤる」
…であった。
当然、この並びにも鎌倉武士的理由がある。
人間食わねば死ぬし、筋力も体力も落ちる。鎌倉武士は一説によれば一日3000kcal 摂取していたという。骨が歪むレベルに筋肉が付いた鎌倉武士ボディの維持にはそれほどまでのエネルギーが必要だったのだろう。
故に、食い意地が物凄く張っている。
鬼島津こと島津義弘から馬肉を奪い取った中馬重方から忠誠心を抜いて残虐性と蛮族感をマシマシで食い意地だけ残したような生命体が鎌倉武士なのだ。そして、食わないとストレスフルで手がつけられない獣になる。
そして第二位 寝ることは…まあどこででも寝れる矢三郎としてはノープロだが、殺されないように安心して眠れる場所の確保が必須だった。あと二日以上寝ないとストレスフルで手がつけられない獣になる。
転移して一ヶ月、肉体を維持できる食事の恒久的確保、闇討ちされる危険のない安全なねぐら…つまり、『個体』として生きていく上で必須の二大要素が揃った。
そして遂に、鎌倉武士の本能的欲求は異世界での繁殖までも求めるようになったのである。
…一度動き出せば止まらぬは若きもののふの体内で煮え滾る熱き白潮!
むくぅっ
袴を押し上げるその魔羅をチラチラと見る女狩人。
矢三郎は線の細い二十一世紀的イケメンではないが、強烈な雄の匂いを発する『いい男』ではあるのだ。
第三の欲求が暴発寸前になった矢三郎だが「ふしゅうぅううう…」と気道から熱の篭った息を吐き、下半身にほとんどが集まってしまった血液を脳や手足の筋組織に回そうと目を閉じて目前の豊満な女体をシャットアウトし、精神を落ち着かせる。
未だに屹立した鎌倉武士の鎌倉武士はさておき、その精神は落ち着いた。
…矢三郎が超絶鎌倉武士している鎌倉武士なら女を抱いたまま魔狼にライドして出陣したりしていたかもしれないが、矢三郎はそこまで無駄に鎌倉武士していない平均的鎌倉武士なのだ。流石にそんな無茶なことはしない。相手を誘い込むと決めたのだから、出陣はしない。そして、女狩人にも調査隊をこちらに誘い込ませる役割を与えたのだから、仕方ないのだ。
「…お主も早う行け」
ぷいとそっぽを向いた矢三郎の天を仰いだ切っ先を名残惜しそうに見つめた女狩人だが、狩りの才能に長け、且つ過剰にバイオレンスな矢三郎に逆らいはしない。名残惜しそうではあったが、それこそくノ一のようにサッと消え去った。
彼女に劣らぬ名残惜しさを発揮する鎌倉武士の鎌倉武士を何とか鎮めた矢三郎は大声で他に誰もいなくなった練兵場で怒鳴る。
「誰ぞあるかッ!」
「は〜い、私居ます!」
気の弱い人間なら気絶しかねない鎌倉武士の怒鳴り声にのんびりとした声で返事をして館の中から飛び出したるは、天然なエルフ娘である。
生首嫌いの彼女は基本鍛錬場には寄り付かないのだが、矢三郎に呼ばれれば喜んでくるあたり可愛らしい。
「具足持て」
「はいはい」
エルフ娘のペル、矢三郎が甲冑を着けるのを手伝うのだが、性欲が麻痺が解除された鎌倉武士としては息がかかる距離に女が居るのは堪らない。一旦萎えさせた皇帝マンモスが復活しかけていた。
ふと矢三郎は 『エルフってすっげー長生きなんですぜ、しかも、劣化も遅い! もしスケに出来たら二十人ぐらい子供産ませたいっスねー でもヤサブロウさんのとこのペルみたいなヤツは例外で、大体は腹立つお高く止まった連中なんッスよ』 … などと宣った凶悪な面相のモブ冒険者を思い出す。
あやつ、歩き巫女めを俺の女と勘違いしとったな …しかし、あやつが言うておったことが真ならば、…悪くない。
そう考えるが早いか、矢三郎は鎧の肩紐を結んでいたペルをぐい、と引き寄せ、言った。
「俺の子を産まぬか?」
鎌倉武士の唐突すぎる求婚が異世界で発動した。
本能のままに生きる彼らに平安貴族や異世界貴族のような言葉遊びは必要ない。唯、男の本能のあるがままなのだ。
「…へ?」
…しかし、異世界エルフには鎌倉武士の刺激は強すぎたのか、ペルは顔を真っ赤にしてきゅうとぶっ倒れてしまった。
それを見てわっはっはと笑った矢三郎はペルを狩りで捕った獲物か何かのように肩に担ぎ、屋敷の中にノシノシ入っていく。そこはお姫様抱っこの方が良いのではないだろうか。しかしそれはさておいても遠目にはその姿は極悪な人攫いにしか見えない。つまり平均的鎌倉武士という事だ。
…女好きここに極まれりな矢三郎の祖父 荒人であればその場で問答無用で犯していただろうが、矢三郎は戦前に昂った気を消したくないので、今は抱かない。
「いざ!戦じゃあぁあ!!!!!」
鎌倉武士の咆哮は屋敷の中に反響して変質し、異形の怪物のそれに聞こえた。