第二十四話 モノノフの本懐
「うおおおおおお!ぶっ殺スてやったどぉ!!!!!」
「オラたづの村ン娘に手ェば出すなんチ、二度と許さんがァ!」
「とうぞぐもゴブリンも兵隊もオラたづにゃ敵わねぇど!」
「オラたづの麦や芋こどごどぐ盗ってぎやがって!
…北人はこんなとごまで来ねーのに、何が戦時徴収だァ!
私腹ばっか肥やスやがってェ!」
…と、返り血ドロドロの風体で燃え盛る草地に立ち 、同じぐらい燃え盛る怨嗟を叫ぶのは、一週間前まで朴訥とした田舎農民たちでしかなかった異世界西部の辺境村、シェルバの村人たちである。
…今の彼らのOSは中世ジャパニーズ農民にアップデートされていた。
当然そのアップデートを実行した男とは…
「応!者ども!ようやった!ほんの少し前までのお主らは弱く、芋畑を耕す鍬の握り方は知れど、武においては刀の振り方一つ知らぬ幼子であった!
…が、ようこの短き間に己が一所や一族郎党を守るに能う力をつけた!褒めて遣わすッ!」
「うおおおおおおっ!矢三郎様ァ!」
…鎌倉武士 in 異世界、白石矢三郎経久であった。
炎噴き上げる屋敷内の草地で、炎が反射して益々眼光炯々とした鎌倉武士が太刀を頭上に振り上げ、咆哮する。それに呼応し、ジャパニーズ中世農民化した異世界辺境村シェルバの村人達も吼える。
「矢三郎様!シェルバの村の男ノ子どもをここまで鍛えでくだすったンは 矢三郎様でごぜェます! こンクソ領主様に頼らずども、我らのみで村を守ることが出来ると、分かりまスた!」
目玉を血走らせ、男の生首を手に笑ってアドレナリン全開で叫ぶ、たった一話で田舎ののんびり親父からキャラが180°変わった干し葡萄肌の村長に矢三郎も怒鳴り返す。
「応!お主もその年でよう戦った!そしてよくぞ大将首を獲った!
…むらおさ、お主 村一番の大芋畑を持っておったな!」
「へい!」
「姓をくれてやる!今日よりお主は芋畑と名乗れ!」
「ありがとごぜます!!!!!オラは今日からジョエル・芋畑だァ!」
数十年溜め込んでいた領主への不満と殺人の狂喜がスパークし、変なテンションになっている村長は姓を貰って有頂天である。
「矢三郎様ァ!オラにも姓を下せェ!」
「オラにも!」
そう口々に叫ぶ、戦の熱にアタった村人たちを比べ物にならない戦狂いの鎌倉武士が太刀でブォンッと切りつける。
「ええい、うっとぉしいッ! 名が欲しくば、名のある者の首を挙げよッ!」
…が、身体に当てる気は無かったようだ。この土地の特性や川の流れなどの知識も土地勘もある村人を殺し、敵に回すのは得策ではない、
そう戦に狂喜した脳の片隅で冷静に考えていたのだろう。これが暴徒と変わらぬ異世界農民と殺しを生業とする鎌倉武士の差である。
その証拠に彼はこのひとつの行為で矢三郎への畏怖を忘れさせず、『名のある者を討てば名をやる』という目標を与えたのだ。
「そういやさっき、ゴルムのとこン娘 傷物ばすたライオンハートのクソ郷士長逃げとった!あン金ピカ鎧、見間違え様がねぇ!」
「何ィ!ぶっ殺すべッ!ゴルムも呼んでくるべや!オラたづも姓ば貰うど!」
彼らはそんなことを言って駆け出して言った。ハイになっているので、矢三郎への畏怖の気持ちしか記憶に残らないであろう。
彼らの向かった先に居るのは行った返り血に塗れ、自分たちが自衛できる力を得たことに狂叫する村人たちである。
…一方、彼らと比して、別のベクトルで狂喜する者たちも居た。
「や、矢三郎の旦那ァ!これで俺たちも立派な身分になれるンですかい!?」
彼らの中で一番冷静且つ、流れでリーダー格になったスキンヘッドの鉄板階級冒険者、ウォルトフがやや怯えたように尋ねる。
ぎょろりと目線をそちらにやった、肩に大袖を付けていない、戦衣装の鎌倉武士としては軽装の鎌倉武士、矢三郎が露骨に怯えた強面スキンヘッドに答える。
「うむ。不本意ではあるが領主一族を族滅した今、俺がこの地の領主となるしかなかろう? 故に、俺の下についたお主らは我が郎党となり、お主の言う立派な身分となる」
今回、矢三郎は領主一族を族滅する気は毛頭なかった。何れも武装した百三十人の冒険者と六十人の農民を持って脅迫し、婿養子にでも入ろうかと思っていたのだ。
…しかし、日頃から村娘を攫って傷物にする、北人の侵攻にかこつけて過剰に税を引き上げる、そもそも税率がおかしいなど、村人達が反抗しないのを良いことに横暴に振舞った領主とその一族への数十年溜め込まれた村人たちの怨嗟は、鎌倉武士という起爆剤が投入された今、矢三郎の予想を上回るものであった。
そしてもう一方の連中もその熱気に乗せられ、そして貴族の屋敷を略奪できる無礼講的なものを提供してくれた矢三郎に泣いて感謝しながら武器を振るった。単に北人の狂戦士のように暴れ狂う矢三郎にビビっていただけかもしれないが。
しかしなんだかんだで矢三郎も当初の婿入り計画など忘れてヒャッハーな気分で族滅祭りを楽しんだのと、村人から話を聞くと領主に結婚適齢期の娘はもう居ないようだったので、まあ別にいいや。…とか考えていた。
さて舞台は矢三郎と独白の多い鉄板階級冒険者 ウォルトフの元へ戻る。
「し、素人考えですが、と、土地の権利書とか大丈夫なんですかい?」
「文句を言うやつは殺す」
「ヤークの代官様は…」
「文句を言う代官は弓矢で射殺す」
「国の役に」
「文句を言う奴は全て首を切り落として門の前に飾る」
…そんな矢三郎の言葉にウォルトフは考えるのを辞めた。
そして、彼らに混ざった
「ヒャッハー!いい首飾り見っけぇ!」
「お!…ってその女死んでんじゃねェか!誰だ殺したの!矢三郎サンも女子供は殺すなつってただろ!許可取ってからだアホ!」
「女は殺すなよォ!楽しみが減っちまわァ!」
…矢三郎がアゼルハートを用いて呼び寄せた冒険者凡そ百四十人も鎌倉武士:タイプ郎党にアップデートされていた。
元・冒険者たちは鎌倉武士の郎党が貴族の屋敷を襲った時のように、略奪の限りを尽くしている。
矢三郎が異世界に転移してから凡そ二週間、 辺境・西部地方のさらに辺境、地方都市ヤークから更に西に離れた辺境シェルバに到着してから一週間で、矢三郎は村の男六十人とヤークの街から矢三郎の手紙によって根こそぎ移動して来た冒険者百四十人を鎌倉武士的訓練、
ーーー アバを使って巣穴を見つけ、伝白石家の煙玉を放り込ませて目と鼻を潰されて飛び出してきたところを矢三郎の愛馬(?)の魔狼に追い立てさせ、村に目と鼻の効かないゴブリンを放ち、村人に倒させる、それで自分たちも戦えることを教えたところで、
平均的鎌倉武士の鍛錬である通りすがりの人殺しや他所の領主の村襲撃などによって農民や冒険者たちを鎌倉武士ナイズした。
…その超短期鎌倉武士化訓練によって凶暴化した彼らの暴力性が溜まり切ったと判断した矢三郎は今宵、
百八十人の鎌倉武士ナイズド異世界人を率い、襲撃をかけた。
(因みに、村人六十 + 冒険者百四十人なのに数の計算が合わないのは鎌倉武士化に適性が無く 逃げようとした、或いは矢三郎を殺そうとした冒険者を十名ほどぶっ殺したからである。一方領主の行いに対して不満を溜め込んでいた村人たちはあっさり中世ジャパニーズ農民ナイズされた。)
地方に部下と共に下向した軍事貴族が自衛の為に武力を求めていた農民たちの棟梁となり、国司や荘主に歯向かう…という武士団の形成を異世界で、矢三郎はなぞった。
そして、
今日、異世界始まって以来初の「武士団」が誕生したのだ。
『棟梁』異世界に転移した鎌倉武士 白石矢三郎経久、
『家子』 …と誠になり得るか、はまだ分からないが実質的には異世界で矢三郎に対する理解が最も高く、彼からもある程度理解・信用されている、などの原因から今現在新興武士団内の位置としては家子である、『赤角』パーティの面々
『郎党』 矢三郎に恐怖というカリスマによって服従したヤークの冒険者、百二十余名。
この一週間で矢三郎に心酔した例外を除いた大多数は未だ矢三郎に純粋に恐怖のみで従っている為、忠誠を尽くさせ誠の郎党足らせるにはまだ何かが必要か。(また、この一週間 剣を持った根無し草であった彼らは鎌倉武士的訓練以外にも身体を鍛えるに足るハードワーク、農業を強制されており、半士半農の鎌倉武士の郎党により近づいている)
『領民』 シェルバの村の農民、三百名弱。男衆は矢三郎に心酔。
曲がりなりにも武で生きてきた冒険者には武力では劣るが、農作業に打ち込むその真面目さが鎌倉武士と共鳴して中世ジャパニーズ農民化した今、冒険者を超える武力と鎌倉武士性を持つ人物が現れ、郎党にランクアップする可能性も高い。
四つの要素全てが揃った今誕生した武士団。
そして、 この異世界は『大帝国』が大昔に崩壊し、文明レベルは法分野、魔法分野、技術分野…etc そして軍事分野が退化した時代である。
隻眼の雷光が編み出した戦術も、大帝国共和制期に編み上げられた進んだ法律も、優れた呪文や魔法利用もほとんどが失われるか帝国の遺物である図書館で文章化されて埃を被っている。
今の異世界は、蛮族と正教を信じただけの蛮族が戦術と法律と魔法兵器の代わりに物量と物理と物理で戦っているだけの暗黒時代なのである。
…そんな中に『武士団』という劇薬が投下されてしまったのだ
『こ、これからどうなるんだ…』
矢三郎と目が合って勝手にビビって泡吹いてぶっ倒れたたパーティ長アゼルハートを冷たく一瞥し、矢三郎に視線を戻して思わず母国語で呟いたかなりこの件に噛んでいる小柄な北人の子供、アバ。
アバは恐怖と興奮と期待が入り交じった妙な感情を感じていた。この場にいる全ての人間がそうである。
このアバが、アバのパーティーが、冒険者たちが、新たに爆誕した武士団が、
そしてこの世界が『鎌倉武士』と『武士団』の存在によってどうなるのかは、やはり誰にもわからない。
武士団、爆誕




