第二話 ヒラの鎌倉武士が戦をやる理由と熊みたいな山下家の棟梁さん
あと数話で終わる序章を読んでもらえば、鎌倉武士の蛮族たる所以が分かって頂けると思います。
山下家の屋敷を囲う柵を破壊し手勢を突き入れた我らが若き主人公 矢三郎は間髪入れずに2人の守衛を切り倒し、鎌倉武士の戦に於いて、ある種テンプレートである命令を下した。
「…我が郎党ども、皆殺しだ!女は犯せ!宝は奪え!館だけは燃やすな!」
「「「おおおおおおお!」」」
ヒラの鎌倉武士とは金と快楽と殺しと名誉の為に戦をやっているような連中である。棟梁の領地拡大の野望を押し付けるセリフで鼓舞するよりも、目先の快楽を得る為の狼藉を許可するセリフの方が彼らの力はぐんぐんと湧いてくるのだ。
1日の3分の2を鍛錬と狩猟と人殺しに費やす矢三郎とその郎党は酒の入っていた庭の守衛をあっさりと討ち果たした。
郎党の一人が死体から甲冑を剥ぎ取りながら矢三郎に笑いかけて言った。
「お頭のご慧眼、見事で御座る!守衛どももこの日は油断しておった様子」
「はははっ、呑みたがりの山下がこのような日に郎党に酒を呑ませぬはずがあるまいて。
… お頭と呼ぶのは止めよと言うておる。この賊上がりめが、次そのようなマヌケな風に呼んだら切り捨てるぞ」
馬上から笑顔で矢三郎が答える。
「…者ども、何を立ち止まっておる!早う行けい!」
馬上から緑の鎧の弟、矢四郎が吼える。
その声に急かされ、矢三郎の郎党たちはそれぞれ得物を構えて動き出す。
「おおおおおお!!!!!女ぁあぁあ」 ボロボロの赤胴丸を着た郎党の一人が血走った目と泡を吹いた口で山下邸の中に突っ込もうとしたその瞬間、彼の頭は烏帽子と半首ごと叩き割られてしまった。
べしゃっと音を立てて死体が崩れ落ちた方向に注目が集まる。
「やあやあ〜我こそは!山下次郎助国が孫! 山下鬼太郎長光が六男!山下六郎長治也!
…己、下郎!婚姻の儀を狙うて我が館を奪わんとするか!」
慌てて着付けた赤黒い大鎧の巨躯の熊男が呂律の回らぬ舌で名乗りを上げる。
一方の目の覚めるような青鎧が叫ぶ。
「…はてさて 何のことやらさっぱり分からぬ!白石隼人種久が子!白石矢三郎経久!言葉は無用!いざ勝負!」(ちっ、酔い潰れておらなんだか。酒豪めが。)
「おお…一騎打ちか!?」
「俺初めて見る」
「兄者の太刀使いは古今無双じゃ。者ども良き手本とせい」
鎌倉武士 = 「やあやあ我こそは〜」の一騎打ちと思われがちだが、基本的には集団戦が主である。むしろ一騎打ちが珍しいことだからこそ記録に残されているのだ。平安〜鎌倉の記録において確実に一騎打ちがあったと記されているのは、たった二つである。
「ぬう、貴様 隣領の白石殿であろう?この日を狙うて我を襲うとは感心な奴、見事じゃ。ワシ以外は皆酔い潰れておるでな。」
ニヤリと笑う浅黒い髭面。
「山下殿、お褒めの言葉痛み入る。」
ニヤリと笑い返す青鎧。
ーーー 山下の「この日を狙って」は嫌味などではなく、純粋に善い手を打ったと褒めている。矢三郎の「お褒めの言葉痛み入る」も純粋に喜んでいる。両者とも素直な感情表現しかしていない。婚姻の儀を狙い、酔いつぶれ、弱った敵を襲うのも彼らにとっては立派な兵法なのだ。
「…白石殿、その策 ワシも誰ぞやの嫁入りの際に使わせて頂こう。」
山下のでっぷり肥えたその巨躯が床板をみしみし言わせた後 中庭に降り立った。
「ほう、その肥え太った老体で某に勝てると申すか。」
馬上から地に降り立った矢三郎が言う。
「当然で御座る。白石殿、いざ、山下秘伝の薙刀使いをとくと味わわれい。」
「貴殿の薙刀が白石家の太刀に敵うものか。」
酒が入って守りが激弱になる結婚式を襲うという恐ろしく凶悪な行動。これでも主人公の行動です。
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