第二十三話 矢三郎のチート(?) 《後編》
二十三話です!少し長めですねー。
鎌倉武士の野蛮なる生態と矢三郎の新たな目標などに触れるエピソードです。
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前回までのあらすじ (読みたい方だけどぞ)
鬼狩りで腕試しじゃあっ!…とオーク討伐の依頼を受けて転移してきた異世界の辺境からさらにド辺境に突撃した矢三郎! オークも魔狼もなんのその!単独行動でバッサバッサと斬り殺し、ガハハと笑って血まみれで戻ってきた。
仲間(?)の冒険者が捕らえていた若きオークは矢三郎を見るなり、矢三郎には異世界の生物なら当然持っているはずの『魂・加護・魔力』が全くないとのたまった。
なんのこっちゃと思った矢三郎であったが、ふといいことを思いつき、
死を覚悟したオークに、「『 俺が望むもの 』を渡さば、お主をお主の主人への使いとして命を助けてやらんこともない」と生き残るチャンスを与えた!
野蛮なる日ノ本さぶらい 矢三郎が求めるものとは一体?
第二十三話、御開帳!
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「うわっはっはっは!!!!!!」
魔狼に跨り、魔狼を駆けさせてご満悦の我らが鎌倉蛮族、矢三郎はその背中に跨り、返り血塗れで高笑いしていた。
魔狼とは、文字通り、でっかい狼である。
オークが装着した鞍と鐙はついているが、馬ではない。
そんな獣に太刀を片手に返り血でドロドロの鎌倉武士が跨り、わっはっはと笑っているのだ。
何故こうなったのか、少し時を遡ってみよう。
数十分前、少し調子に乗って『蒙古襲来絵詞』で有名な竹崎季長の如く 鎌倉武士でありながら徒歩の郎党を伴わず言葉が通じない相手を一人で追撃しまくっていた矢三郎は馬を魔狼にパクパクされて失い、三十のオークと魔狼に囲まれていた。かなりのピンチである。
さて、少し矢三郎の脳内を覗いてみよう。
(これは多いのう。退くべきか?
…む? あの大狼、手網と鞍がついておるではないか!…そして 鐙の形!『ぱーてぃ』の者らが物より我らのものに近い!…そして背には『おーく』が乗っておる!
…欲しい!欲しいぞ!欲しいッ!
鬼どもの馬は、気性が大人しく、乗り甲斐が無い。足ばかりがひょろひょろ長く、馬具の形も違うて乗り心地も芳しゅうない。 特に、足が長いのが良うない。あれでは白石の所領のような傾斜の激しい土地では駆けらねぬわ!直ぐに足が折れ、潰して喰うしかなくなろう。
然れど、あの狼はどうじゃ!?胴が長く、足が太く、短く、逞しい。気性も烈しい。我が愛馬に相応しいではないか!
…それに先程 首に太刀を刺して殺した狼、この俺をナメておるようなそういう目をした!
斬り殺した山下家や赤星家の手の者や行商人と同じ目であった。
…つまり奴ばらは人並みの頭を持った狼なのではないか? まあ、そんなことは後で確かめればよかろう。
…『おーく』のみブチ殺し、大狼を奪う! )
そう心の内で決め、奇声を上げて斬りかかった矢三郎であったが、三十の敵相手には流石に毎日3000kcalを摂取、毎日鍛錬を欠かさず、飯の種である殺人に抵抗が無く、且つ楽しめるという鎌倉武士アドバンテージがありながらも手加減の余裕は無かった。当然魔狼を捕らえる余裕はなく、捕らえ損ねて逃がした魔狼以外はオークも魔狼も皆殺しにしてしまった。
(…ぬう、惜しいことをした) と、黒い血と臓物と死体の沼の真ん中で柄にもなく凹んだ返り血でドロドロの矢三郎だったが、鎌倉武士なのであっさり切り替えた。
…その後 もののふはドロドロ生首の数珠を持ってパーティの一行と合流。仲間と捕虜オークをドン引きさせ、異世界人は生首が嫌いだという教訓を得た。嘆かわしいことである。生首とは手柄の証明にも、腐臭になれるのにも便利であるのに。
そして矢三郎は囚われたオークを見、
(うむ、冒険者共め、オークを生かしておくとは気が利くのう。関心関心。後でギルドから捕ってきた酒でも飲ませてやろうぞ。
…さて、この『おーく』があのでっかい狼を呼べたのなら、生かしてこやつの棟梁への使いとして生かしてやろうことにしよう。呼べなかったら殺して首持って帰る)
などと心の中で思っていたら、件の若いオークから 「お前一体何なんだ!?」 的なことを聞かれ、機嫌が良かったので名乗った。すると、「何で魂と神の加護と魔力ないんだー」 とかなんとか言われたが、家祖さえ成せなかったことを成したということで機嫌が良かったのと、狼が欲しかったのとそもそもなにいってんのかわかんなかったので流した。
そして、オークに「でっかい狼をよこせ、よこさんとコロス」と殺意剥き出しで言うと 泣きながら必死で魔狼を呼びまくって二頭の魔狼を呼び出すことに成功した彼を矢三郎は、殺…さず、
『約束なんてクソ喰らえ、裁判なんぞ起訴相手族滅してからやるもんだ! 』
という思考回路で行動する鎌倉武士でありながら、矢三郎はキッチリ約束を守ってオークの『お頭』への使いとしてちっちゃい方の魔狼を与えて逃がし、今に至る。
「ぐわはははは!!!!! 重畳重畳!!!!! 」
矢三郎、年甲斐も無く興奮している。
タダでさえ白石家初の事を成したと言うことでテンションがアガっている状態での魔狼獲得である。矢三郎、ノリで仲間を斬り殺さんばかりの大興奮だ。 つまり、精神年齢が街道沿いで週五で人を狩っていた元服前まで戻っている。(当主として分別ができてきた最近は街道沿いでの人狩りはたったの週二日である。地位は人を育てるとはよく言ったものだ。)
矢三郎は、 『乗狼のコツを掴む練習である!』
などと称し、矢三郎は平治の乱で平重盛を追い回した源『悪源太』義平ばりに魔狼を駆けさせる。
これは視覚的な異常さを除いても異世界人からするとかなり狂っているのだが、矢三郎は知らないし、知る気もない。
…闇の眷属である魔狼は通常なら人間を背に乗せない。
光側の神々の加護を受けている魂は彼らにとってはゴキブリ並みに不快なものなので、見るなりその魂を視界から消そうと襲いかかってくる。
しかし、神々の加護も無く、 魂もあるかどうかわからず、 魔力に至っては石や砂ほども持ち合わせていない矢三郎に対しては特有の生理的嫌悪は感じない。 その上 彼らは強い者に従う魔物であり、魔物の中でも魔狼は人間やオークと比べても遜色ない知能と言語能力と独立した社会構造を持つ知的種族であり、魔族と大差ない存在である。
…故に鎌倉武士(とその仲間と思しき冒険者)に牙を向くなどという愚行はせず、特有の生理的嫌悪もないので『強い者』に従い、鎌倉武士を背に乗せて駆け回っていた。
どちらが獣かわからないような声で吼えながら魔狼を駆け回らせる返り血ドロドロの矢三郎を見て、冒険者一行は引いていた。 ドン引いていた。
…実際、巨大な黒い狼に跨って獣の如き奇声を上げながら太刀を片手に爆走する返り血ドロドロの鎌倉武士など想像するだけで酔う光景なので仕方が無い。
「頭おかしいわ」
「魔狼に乗る人間なんて見たことないです…」
「…いや、ホントに人間なのか? あの人」
「イかれてるぜ」
散々な評価であったが、童心に帰った矢三郎の耳に彼らの声は届かない。
しかしそこは何時でもご近所さん、父、叔父、弟、従兄弟、甥、又甥 etc. の身内、そこら辺の百姓等に殺される危険のあるオトナの鎌倉武士、いつまでも好き勝手に殺せて暴れられた元服前に戻っているわけにも行かない。
はた、と我に返った矢三郎は魔狼の手綱を引き、馬足、否、狼足を止める。 地面に降り立った矢三郎は魔狼の目を見据える。
…やはり、人間の目である。
矢三郎はそう確信した。人生で数え切れぬほどの人間を殺めてきた矢三郎、当然 様々な場所で様々な人間の死に際の目を見てきた。恐怖、憎悪、絶望などを映す、様々な目である。
人生二十余年、殺しに殺しまくってそんな目を見続けてきた矢三郎は直感的に相手の目から感情を読み取れるようになった。 (但し、それはあくまで矢三郎のフィーリングであり、矢三郎に「なんじゃその目はッ!」「そういう目をした!」などと言われて殺されても必ずしもその殺害が八つ当たりやノリではないとは言いきれないのが鎌倉武士である。)
これは別に与えられたチート能力でも何でもないが、相手の目から恐怖を感知できるというのは、異世界に来て、益々暴力に彩られた生涯を送るであろう鎌倉武士 矢三郎としてはかなり使いようのある能力である。
そして、矢三郎の殺人に纏わる事象のみの美眼から見て、件の魔狼どもの目、先程の死闘で幾多の魔狼の首を叩き落とす時に見たその目は、どこからどう見ても恐怖を浮かべる人間の目であった。
(此奴ら、人間の目をしておるわッ!)と確信した矢三郎は愛馬となった魔狼の黄緑に輝く目に己が目をぐぐっと近づけ、一応知的生命体のはずである白石家が郎党たちに命じるが如く棟梁として命令する。
「おい、俺は少々やることが出来た故、お主は俺が首を捕った『おーく』共の骸でも食いに行っておれ。逃げたら殺す。逃げたら、殺す。」
炯々とした鎌倉武士の眼光に気圧され、ビクッとした人間臭い魔狼はトボトボとかつての主人たちの死体で腹を満たしに森の中へ入っていった。
魔狼を爛々と輝く眼で睨みつけて見送った我らが矢三郎、目的を果たす為、周りを見回す。(…ふむ、死体は多いが何れも首を落とされておるな、『ぼうけんしゃ』もわかっておるではないか。しかしあの大柄な『おーく』の首は落ちて居らぬ。それに、赤星や山下やらの敵への警告としてじじ様が好まれたアレをするならば体躯が立派で目立つ者のほうが良かろう。) と、手近なところにあった立派な体躯のオークの死体に近づき、脇腹を蹴った。も一発蹴った。尚もガスガス蹴る。
流石にどれだけタフな相手でも悶絶するレベル、鎌倉武士を不必要に刺激することを恐れて傍観していた冒険者たちも流石の仕打ちに止めようと思い始めるレベルに蹴りまくってようやく矢三郎は足元の肋骨が二、三本の折れた死体の完璧な死亡を確信し、足の力だけで体重80kg近い巨漢オークを仰向けにひっくり返す。
そして甲冑をガシャリと鳴らして腰を下ろすやいなや、腰に差した短刀を鞘から抜き放ち、人皮や獣皮で出来た西方オーク特有の装具に鋭い切れ目を入れる。そして今度は短刀を放り捨て、腕の力に任せて装具を引き千切り、上裸にする。
そして地面に捨てたギラギラ輝く短刀を持ち直し、オークの剥き出しの上半身、その正中線上にカミソリのように鋭く且つ肉厚な短刀を突き立てた! 手早く皮膚に正確に線を引き、矢三郎は篭手を着けたその両手で力を込めて皮膚をブチブチ剥がし始めたのだ。
天然エルフを除くパーティの面々は硬直する。
歴戦の老人イヅマも思わず眉を顰め、そのシワシワ顔が更にシワッシワになり、冷静キャラの女精霊遣いのササラも青ざめた顔で汗をダラダラ流す。ビビりのパーティ長アゼルハートは魔族の黒い血と鎌倉武士のコントラストに、矢三郎とのファーストコンタクトでのトラウマが蘇り、泡吹いて気絶した。
「な、何やってんの!?」
果敢にもアバが矢三郎に詰め寄る。流石は勇猛果敢で知られる北人の端くれである。
「見ればわかろう。皮を剥いでおる 」
「な、何で?」
「 特に理由はない。白石の流儀よ。」
ブチブチメリメリと音を響かせながら、矢三郎は手馴れた様子でオークの皮を剥いでいく。
「いやいやいや、武士なのにそんなことすんの?」
「ちょっと蛮族過ぎるわ」
などと思われた読者の皆様もいらっしゃることだろう。
確かに 敵の皮を剥ぎ取る、 というのは一般的な鎌倉武士の流儀ではない。あくまで辺境武士団ファミリー白石家の流儀、そして元々は白石家が宗教的・呪術的理由で敵の死体をバラバラに切り刻んでいたと思われるスサノオやヤマトタケルたちの時代に生きていた一部の地方の日本人から受け継いだ流儀の一つだ。
…時に辺境というものは古代の文化を色濃く残す。
現在で言えば 東北と九州南部に古代に伝わった共通の語彙が残っている、などである。
そして今から凡そ八百年前〜七百年前矢三郎の故郷である卒土の果てには白石家の三代目当主が鎌倉から赴任してきた時まで、帝にも鎌倉殿にも寺社にも何れにも従わず古代の風習を維持しながら山間に勢力を張っていた人々、「熊襲」 「土蜘蛛」 「隼人」 「毛人」などと様々な時代、様々な呼称で呼ばれた様々な人々、『まつろわぬ者たち』の一つ、矢三郎の故郷ではかつて山衆と呼ばれていたーーー が存在した。そしてその一党を身内に呑み込んだ辺境鎌倉武士団 白石の者もまた、他と比べて古代日本の戦の流儀を色濃く受け継いでいる。
さて、死体をズタズタにする古代日本の流儀が、鎌倉時代にもなっても辺境に存在し得たか? それを証明する為、
それこそ法隆寺が建てられた時分から勢力を拡大してきた寺社勢力たちですら進出できないほどのド辺境、矢三郎の故郷の流儀と遥かに文化的に進んでいる京武士の流儀を比べてみよう。
矢三郎の時代より少し古けれど、矢三郎のような田舎者より立派な文化的教養を培った とある平安時代の人物の所業を紹介しよう。
その人物とは京の流儀にも詳しく、血統的にもスーパーDQN源義親の父にして 万年検非違使 時々 無職の源ダメ義の祖父、頼朝・義経の父 義朝、そしてガンダム鎮西八郎為朝の曽祖父に当たる超大人物、源八幡太郎義家殿である。
彼は官位も高く、人望もあり、昇殿を許された殿上人である。もちろんヒラの平安武者やド辺境の武辺者 矢三郎より品も教養もある。そんな彼が後三年の役でやった殺り方、死体の晒し方を見てみよう。
長くなるので詳細は省略するが、東北でかなり色々あって『後三年の役』と呼ばれる反乱があり、二年の戦いを経て 朝廷軍が勝利した。河内源氏が棟梁、源八幡太郎義家は先に錆び刀で鋸引きにして殺しておいた反乱の総大将 清原武衡の部下で乳父の平千任を屈強な郎党たちに押さえつけさせ、
「おう、ワレ こないだ櫓の上でなんやかんやと俺に言うてきおったなぁ。今日、今またここで言うてみろや。」
…といった風に千任がその舌から発した過去の無礼な発言を罵倒したが、件の千任は歯を食いしばり、黙ったままであった。すると義家は部下にその食いしばった歯を金箸で突き折らせ、そこから舌を抜き切り、生きた状態の彼を木に吊るし上げた。そして千任の足元には先に斬首された主人 武衡の首が置かれ、千任が弱り、力が抜けて足が伸びると 主人にして乳子の武衡の斬首された頭を踏みつけるようになるという非道且つ芸術的な殺し方をしたのであった。
因みに他にも武衡と千任の主だった郎党48人の生首を束ね吊るし並べたりしている。
吊し上げられ、武衡の生首を踏みつけさせられた千任の遺体を見て勝ち誇る義家(騎乗した黒鎧の武者)と郎党たち
参考画像 源八幡太郎義家による芸術的殺害法 from 後三年合戦絵巻
(権利的に問題は無いはずですが、何らかの御指摘を頂いた場合は削除致します)
…普段はどっかの信長が示した地図に沿えば『 大都会 』である畿内に居た源氏の棟梁ですらこの残虐さである。舌を引っこ抜いた理由は悪口を言われた仕返しと言うだけではなく、「言霊」を重要視した平安時代の呪術的・宗教的風習に由来すると考えられている。
敵の遺体を呪術的・宗教的理由でバラバラに切り刻んでいたと思われる古代日本をそこそこ色濃く残している。
…さて、すこし時代が下ったとはいえ、古代から勢力を拡大していた寺社勢力すらほとんど進出できないほどの田舎育ちの矢三郎は当然…
…し、しかし、矢三郎が皮を剥ぐのに慣れているのは鹿や猪を毎日のように鍛錬の一環として狩って来て皮を剥いで解体していたからで、今回もその応用だ。
矢三郎の名誉とほとんど無い倫理観の為に言っておく。断じて、断じて、矢三郎が直立二足歩行のヒト型生物の皮を剥ぐことに慣れているということはない。断じて。
流石に矢三郎の代にまでなると白石の武士たちが気に入り、採用した山衆と呼ばれたまつろわぬ民たちの呪術的風習もそこそこ薄まっている。
基本は死体の首を持ち去って、門や木に吊るすぐらいである。平均的鎌倉武士の習性だ。何ら逸脱していない。
矢三郎がオークから皮膚を剥いでいるのはゴブリンやオーク(もしかすると異世界人すらも) は殺し合いを演じるに足る『敵』ではなく、あやかしの類であるオークは今の我々と共通する何となく超常的なものを信じている日本人独特の曖昧な宗教感+皮は剥いで持って帰ったら身内に喜ばれそうな珍しい『獲物』として認識しているからだ。
…故に、僅かなりとも鎌倉武士ですら備えている敵への敬意はオーク相手には全く無い。凄く淡々と且つ楽しそうに皮を剥ぐ矢三郎に、異世界人たちはドン引きしていた。
「…おえっ、獣の解体は全然大丈夫だけど 人間ぽいのはムリ…」
そんなことを言って元狩人の追跡者のアバが口を抑えてフェードアウトして言った直後、矢三郎は皮を剥ぎ終わった。
「おい、誰ぞ縄を寄越せ!」
祖父の好んだ警告看板を木に吊るした矢三郎は晴れやかな笑顔で撤退の音頭を取り、鎌倉武士と「赤角」パーティの一行は依頼のあった村まで去っていった。
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一刻後、 中世ヨーロッパ、否、文明の遅れた西部地域のより辺境地域である為 古代並みの文明度の村落。
その村中央の井戸の端にアゼルハートから略奪した髭剃りで不精髭を剃るふんどし一丁のもののふが居た。
彼のむさ苦しいふんどし一丁を見てあわあわして顔を真っ赤にする天然エルフもいるが、矢三郎は気にかけない。今の彼は苛立っているのだ。
「おい、女!俺の直垂と袴はまだ乾かんのかッ!」
武断派の極みであった家祖様と二代目に似ず 鎌倉武士とは思えぬほど温厚な性質だった三代目の当主、白石白二国久が鎌倉から現在の白石家の所領に下向して来た時出会った山の民、『山衆』に攻撃を受け、何が何でも楽しい殺し合いに発展させようとする一族郎党を押しとどめ、何度も何度も山に分け入り、攻撃してくる『山衆』を説得し、傘下に入らせた時、白石に彼らから蓬染めと黒の不規則模様の布が伝わった。その布で拵えた直垂は山林に溶け込み、緑豊かな白石の所領で狩りや人狩りを行う上では最高の迷彩服である。それを半ば本能的に理解している矢三郎は先祖伝来の布の直垂を着ていないと苛立ちを隠せなくなる。苛立った鎌倉武士、かなり危険である。
矢三郎から6メートルほど離れた場所では村娘の一人が半泣きの形相で盥に入った返り血とオークの臓物でドロッドロの矢三郎の着物を手洗いしている。乾くどころではない。危険である。
そんな矢三郎に緑色の農民服を持った中年の男が歩み寄ってきた。
「ありがとうごぜぇますだァ!冒険者の旦那方ァ! オークは女子ァ攫うって聞いちょったんで、村ん衆も心配しちょったがです」
「オークは人間はあんまり攫いませんよ。…まあ、ちょっとは攫いますケド」
天然エルフ娘のペルは頬を膨らませる。オーク研究家のエルフ娘は研究対象への誤った知識を好まぬようだ。 しかし日焼けした干し葡萄肌の村長はニコニコしながら「はあ、オラにはよくわかんねえです」などとゆるりと流す。
「主ら、こやつらとは違う話し方をするのう」
渡された服を着て少し機嫌を直した矢三郎が頬髭を剃りながらのんびり問う。彼は割と好奇心旺盛な鎌倉武士なのだ。
「へい、オラたづは国の東やら南やらいろんな所からの移民だで、言葉ァ混ざっとるだです」
「ほう、お主らにも色々おるのじゃのう… 」
矢三郎がやや感心したように髭無しツルツルの頬を撫ぜながら言う。彼は異世界人たちを基本鬼だと見下していたが、地方都市ヤークの街中を歩いた時にエルフ、ドワーフ、人間、ハーフリングなど様々な人種を目撃しており、田舎育ちの矢三郎は彼らの多様性は面白いと感じていた。
「そうですよ矢三郎さん!世界には色んな言葉があるんですから! 北方の北人語、私たちが話している西方人間語、西方エルフ語と西方ドワーフ語!」
「はっはっは、それはどうでも良い。 」
基本生き延びるためにどんなことでも聞いとく雑学系鎌倉武士 矢三郎であるが、今は雑学エルフ娘をピシャリと黙らせた。言語学講座なことよりもっと大切なことがあるようだ。
「あ、ヤサブローが凄い悪人の顔してる!」
「悪?それは褒めておるのか?俺では悪源太や悪対馬守には到底及ばぬが。」
古来、日本語での「悪」とは現在のような人の道から外れた概念ではなく、寧ろ力強さや勇猛さなどの意味合いがあった。
『悪』と渾名された人物として著名なのは 各地で狼藉を繰り返して源氏衰退と清盛筆頭の伊勢平氏台頭の原因の一端を担い、その武名を広く畏怖された超DQN『悪対馬守』義親、そして 頼朝・義経などの長兄にあたり、勇猛果敢で名を馳せた『悪源太』義平、源為朝が九州で従え、上洛の際に選りすぐった精鋭 為朝二十八騎の一人、悪七別当、潔癖で苛烈な治世で知られた意識高い系ガチホモ貴族『悪左府』頼長などがいるが、彼らは何れも「平均から突出した」 という意味で畏怖の感覚と共に『悪』と呼ばれていた。
しかし、時代が下るにつれて上記のような破天荒な連中を表す言葉である『悪』は、 「平均から突出している者たち」という比較的肯定的な意味から「命令・規則に従わない者たち」という否定的な意味へと意味が変わってゆき、現在の意味での『悪』になったとされている。
つまり、こんなヤツらばっかが悪呼ばわりされたから勇猛さを表す意味のあった言葉が今の意味に変わってしまったのだ。
しかし、矢三郎としては悪源太やスーパーDQN悪対馬守などは武勇に優れた源氏である為 憧れの対象である。
故に矢三郎は『悪人の顔』を褒め言葉と受け取ったが、悪と言う言葉の捉え方が我々現代日本人と近い異世界人たちとしては野蛮なる矢三郎が自分は天下の大悪人であると肯定したとしか思えず、また、『アクゲンタ』『アクツシマノカミ』なる矢三郎を上回る野蛮さを持つであろう人物が教養なさげな矢三郎の口からパパッと出てくるほどには彼の故地にゴロゴロいることにも冒険者たちはドン引きした。
しかし、我らが蛮族 矢三郎はそんな氷点下の空気を気にも留めず、アバの言う異世界の意味通りでの悪人な微笑みを浮かべて異世界の装いであっても鎌倉武士100%で鞘に入った太刀を自然に持ちながら 「おい、むらおさ」などと低い声で村長に詰め寄る。
なんの脈絡も無く唐突に殺気を放ち始めた矢三郎に「うわ!矢三郎サンが!」 「村長さんなんかやらかした?」などと若手の冒険者たちは何ごとかと慌てるが、彼を刺激することを恐れてあたふた慌てるだけで何も出来ない。
「 俺に早う褒賞を寄越せ!」
「へ、へい!?だ、だども!オラたづはもうギルドに金さ渡…」
「それでは足りぬのだッ!さあ!さあ!」
哀れな村長。彼はこれまで食い詰め盗賊やゴブリンとは戦ったことはあっても矢三郎のような生粋の殺しを生業にする者とは見えたことは無い。完全に鎌倉武士の気迫に飲まれてしまっている。
「そ、そんな理不尽な!」
「あと食いものもじゃあぁあぁあ!!!!!」
近隣の貴族荘主へのたかり・揺すりが郎党を養う糧のひとつだった地頭殿、矢三郎の慣れた恫喝に村長の理性は決壊する。
「うわああああ!!!!!! あ、あ、あ、り、領主様に!報酬とお食事の旨お伝えすます!」
その言葉を聞き、矢三郎からスッ…と殺気が引っ込んだ。
「…宜しいッ!」
その言葉にホッと胸を撫で下ろす村長だが、直ぐに復活した矢三郎の凶悪スマイルに気づき、青冷める。
「…さてむらおさ、領主と言うたな?ふはは、重畳至極!その領主の館の大きさと郎党の数、この白石矢三郎に聞かせよ!」
『領主』『館』の二単語に反応した異世界には存在し得ぬ危険生物、『鎌倉武士(地頭)』の極悪スマイル言葉の意味が分かる者は、異世界にはいなかった。
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「パーティ長殿、少々頼まれてはくれぬか?」
異世界田舎の農民服の矢三郎が愛用のボロボロングソードの手入れをしていたパーティ長、アゼルハートに話しかける。
「なっ、なんスか、矢三郎サン ?」
「うむ、『やーく』の街の冒険者どもにこの文を届けて欲しいのだ。」
「わ、わかった、二日で戻るっス」
「一日じゃ!」
「ええ!?マジっスか!?」
(仮にもパーティ長の俺がパシリか…)
などと情けない顔で自分の立場について考えながらも矢三郎に逆らう愚行はせず、馬に乗って地方都市ヤークへ旅立ったチキンなパーティ長 アゼルハート。 彼はまだ、矢三郎の汚ったない策略とそれが異世界の地方に引き起こす大波乱を知らない。
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のんびりと村の井戸端に腰掛ける、異世界田舎の服装なれど鎌倉武士感が剥き出し過ぎる男、白石矢三郎。その矢三郎に彼がエルフのペルに代筆させた手紙の内容小耳に挟んでいた北人の子、アバが近づき、不安げに尋ねる。
「ねえヤサブロー、何する気?」
左側から現れた小柄なアバをちろりと横目で見た矢三郎は目線を正面に戻し、呟く。
「お主、まだ髭どころか下の毛すら生えておらぬだろう」
「し、下の毛!?」
子供らしく性的な話題を恥ずかしがって赤面するアバの反応を無視し、矢三郎はあくまで鎌倉武士的価値観に沿って会話を進める。
「うむ、その様な子供、つまりお主が根無し草のような暮らしをしておるのは良う無い。武の道を生業とする子供なれば一族の中で育ち、武芸を年長者から習うもの。」
「…家族いないし、父さん死んだし、帰る家もない」
「分かっておる。このような暮らしをしておる子供は大概そうじゃ。我が領内の河原にもそのような子供らがおった。
…しかし、今の俺はその子供らやお主と同じ、根無し草。命を懸ける一所も無い、只のもののふよ。
…だが、俺もこの様な暮らしは望んでおらぬ。このような訳の分からぬ地で家名が廃るなどは口惜しきこと。俺はこの地にも白石の旗を揚げたい。その為には一族郎党が必要じゃ 故に、あの手紙を書かせた。」
「な、なるほど…?」
「お主にも協力してもらうぞ。あば。」
「え!?」
「…まあ任せておけ。
白石家流の謀術、見せてやる」
『領主』と『館』の単語に激しく反応し、行動を起こし始めたるは鎌倉武士、白石矢三郎経久。
そのほぼほぼ物理と威圧による白石家流謀術が異世界にて引き起こす惨劇を、今は誰も知らないのだ。