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第十九話 鎌倉武士、またの名を脅迫のエキスパートにして謀略家、及び大酒豪

…読者の皆々様、お久しぶりで御座います


なかなか投稿できなくて申し訳ありません


一応 プライベートが一段落したのでこれからは普通に投稿します。


あと活動報告も使ってみます。


あと、小説が上がらなそうな時は、豆知識でも書いていこうと思います。



…さあさあ、とうとう本作も十九話と相成り申した!


前話にて矢三郎の異世界生活も二日目を迎え、益々暴れまくっております。異世界にて暴れに暴れるもののふのかなり脳筋且つ狡猾な生き様、ご照覧あれ!


P.S. 今日の矢三郎はタイトル通り酒が入り、凶悪さが倍増します




 



 ーーーーー 鎌倉武士 白石矢三郎経久の異世界転移から四日目


 大陸西部の辺境 城塞都市ヤークから20kmほど離れた森林地帯



「づぁあぁあぁあああ!!!!!!」



「ギェエエエァア!?!?!?」



「いやっ!来ないでっ!」



「ぎゃあぁあぁあ!俺の身体がァ!」



「燃えてる!俺が燃えてる!」



「危ねぇ、殺す気か!…って熱っつ!うわぁああぁあ!!!!!」



「…数が多すぎる!狙いを定めてる暇がないよ!」





 …当人達の台詞だけではこのカオスな状況がさっぱりわからぬので解説すると、



 我らが鎌倉武士 矢三郎が馬上から



「づぁあぁあぁあああ!!!!!!」



 という咆哮と共に唸る赤強弓から大鏃の矢をぶっ放し、その矢が背を見せて逃走するオークの首を背後から吹っ飛ばして そのオークが予想外の遠距離から飛んできた痛みに悲鳴を上げ、頭がすっ飛んでも尚、



「ギェエエエァア!?!?!?」



 と叫び続け、


 その背後では魔力量のコントロールが禄にできない危険すぎる新米魔術師の天然エルフ娘ペルが性的な目線と共に近づいてきた数人のオークに、「いやっ!来ないでっ!」と言った後 明らかにオーバーキルな巨大火炎放射で丸焼きにし、


「ぎゃあぁあぁあ!俺の身体がァ!」



「燃えてる!俺が燃えてる!」



 などと哀れなオークたちが悲鳴を上げながら炎の中を転げ回っており、



 その一方ではペルの発動した無駄に巨大な火炎の渦を紙一重で避けたビビリのパーティ長 アゼルハートが、


「危ねぇ、殺す気か!…って 熱っつ!うわぁああぁあ!!!!!!」


 などと火炎を避けられたことに一安心しながらも直ぐに手袋が燃えていることに気づいて(ロングソード)を投げ出して手をはたきながら悲鳴を上げ、



 一行の前では短弓を握ぎりしめた小柄な追跡者のアバが、


「数が多すぎる!狙いを定めてる暇がないよ!」


 と、半ばやけくそに叫びながら短弓から矢を連射している、


 …という次第である。


挿絵(By みてみん)



 …何故 矢三郎と「赤角」パーティメンバーが数え切れないオーク及び魔狼(ワーグ)と阿鼻叫喚の殺し合いを演じる羽目になったかと言うと、



 その原因は凶暴無比なもののふが異世界に出現してから二日目に遡る。



 彼こと矢三郎経久は銀板冒険者の位をギルド長から毟りとるべく出現から二日目の早朝を交渉()に費やした後、


 ギルド食堂にて人生初の料理店での外食をするも、短気にして狡猾なもののふは待ち時間に耐えかね、黒い目論見を頭に朝食を摂っていた他の冒険者全てを棍棒一本で昏倒、


 山盛りの料理を略奪し、それをがつがつ食べて注文の料理が出てくるまでの時間を潰し、底なしの空腹を少しだけ和らげた。


 そして、注文の白石家の氏神である水龍の親戚っぽいドラゴンの一種、細龍(ドラウグ)のレアステーキを食べた矢三郎は感激した。



 彼の貧弱な味覚に関する語彙では表現出来ないものの、


  「塩辛い=美味い」という認識だった彼の鎌倉武士的味覚に「素材そのものの旨さ」の概念が新たに出現したという事実こそが、そのステーキの旨さを示すのに十分であろう。



 どこかの凶暴無比なもののふが自らの武力誇示と食料調達など諸々の為に他の冒険者全員を昏倒させ、ノックアウトされた彼らが店員たちに運び出されたおかげで矢三郎と「赤角」パーティ及び店員以外 誰もいないギルド食堂の椅子に座り、矢三郎は黙々と細龍ステーキやその他諸々の料理を食み、ワイン 蒸留酒 芋酒などの酒を片っ端からガンガン腹に流し込みまくる。



「うむ、ぱんは好かぬが、酒は良いな。味と辛みに様々な種類がある。」


「良い飲みっぷりですね ヤサブロウさん」


 黒髪の女、精霊遣いのササラが芋酒を呷った後 矢三郎を褒める。かく言う彼女もかなり飲んでいるが。


 冒険者は基本呑兵衛なのだ。


「ふん、お主もなかなか飲むでないか。まあ当然 この俺や父上、それにじじさまには及ばぬが」


 普段は冷静な彼女も酒の所為か、矢三郎の軽い挑発に乗り、挑戦的な目つきになってにやっと笑い、言う。


「どっちが先に潰れるか勝負しますか?」


「よかろう!その心意気や良し!」


 矢三郎がぐわっと笑って答え、両者見合ってぐびぐびと酒を飲み出した。





 ーーーーー



 そして時は流れ 食事の終盤である。


「…ん」


 机に突っ伏すササラの頭をぼんぼん強めに叩きながら矢三郎は(わら)


「白石の人間とは比べ物にならぬが、よう頑張ったわ」



「…な、なぁ、矢三郎サンが鉄板階級(アイアンプレート)になったらしいし、俺達 オーク狩りに行けるんじゃないか?…銀版?


 ゴブリンの巣潰しやら酸性スライム退治で日銭稼ぐより、ドカッとオークの群れ退治で一儲けしようぜ?」


 アゼルハートは皆が少なくとも酒瓶二本目に突入し 順調にゴブリン退治の疲労のせいで酔い潰れる中、一人だけ酒を飲まず 注文した高級葡萄酒が地下の酒蔵から運ばれてくるのを待ちながら臭牛のチーズを齧って茶をちまちまやっていたが、


 矢三郎とササラの飲み比べが終わった隙を見て、矢三郎の狂戦士的な大暴れを見てから考えていたことを口にした。




  「オークとは、何だ」



 完全に目が据わった矢三郎が手元で酒をくゆらせながら矢三郎経久という男特有の、生き残るに発達した異常なレベルの知識欲を刺激され、問う。



「あ、ああ、矢三郎サン、オークってのは…」



 ほろ酔い矢三郎の眼光に気圧されながらもアゼルハートがオークという生物について説明を始めようとした時、燕尾服の店員がこの世界のものにしては珍しく形が歪でなく、厚みも色も一定のボトルをグラスと一緒にプレートに乗せ、運んできた。


「お!来た!」


「こちらがドルイニオンの葡萄酒(ワイン)になります。森のエルフ王も愛飲する逸品でございますよ。」


「おお…!一回飲んでみたかったんだよな…コレ…!」


 矢三郎のことをほったらかして葡萄酒を受け取りグラスに注ぎ始めるアゼルハート。


 普段なら良く言えば慎重、悪く言えば臆病な彼は矢三郎をほったらかすなどと言う失態は犯さないが、憧れの高級酒に我を忘れたのだ。




「ほう…良い度胸じゃ」




 場の空気がどす黒く禍々しい矢三郎の殺気に侵食され、凍りついていく。

 

 ビシビシ空気を軋ませる殺気を感じ取った店員は「ひいっ」と声を上げて逃げていった。


 しかし、パーティメンバーの殆どは矢三郎の殺気に気づかない。


 歳を取って他の武器の使い方を忘れたので拳一つで戦うシワに目が埋没するレベルの老人 イヅマと、何故か食事の場でも鎧兜を外さない巨人 コキュータクスという、一癖も二癖もある『赤角』パーティの中でも更に何かヤバい過去がありそうな気配がビンビンする二人以外、


 みんな矢三郎のペースに巻き込まれて酔い潰れてしまっているのだ。


 女装はしないが酔い潰してぶっ殺すヤマトタケル式暗殺法を多用する矢三郎は相手を酔わせ潰すのが十八番である。従兄弟や義兄弟、近隣の領主やらなんやらにやりまくったせいで飲みの相手を酔い潰すことが体に染み付いている。


 その矢三郎が無意識的に行った熟練の酔い潰しに耐える、或いは矢三郎の身体に染み付いた謀略に気づいてペースを抑えて酔い潰れなかったこの二人、やはり只者ではない。


 当然 彼らは武芸の心得のない店員ですら『殺される』とビビった矢三郎が発する殺気と憤怒には当然気づき、


 この後に起こるであろう最悪の事態を察してイヅマは手近なステーキナイフを手に取り、コキュータクスは立てかけていた戦棍(メイス)を手元に引き寄せる。(しかし、コキュータクスと比べて 何時斬りかかられても返り討ちにできるよう、或いは腹立つ奴をすぐ斬り殺せるように常に手元に太刀を置いている矢三郎は一枚上手である。)



 何故 矢三郎がここまでキレているのか、それは、





  『武士たる者、ナメられてはいけない』





 …江戸時代以前の武士ならば全員が大なり小なり意識していることであり、それが良くも悪くも荒削りな鎌倉武士であれば尚更である。


 鎌倉武士たる者、力関係はハッキリさせておかなければならない。さもなくば物理的に寝首を掻かれるからだ。


 そこを踏まえると矢三郎の質問を無視し、酒を選ぶというアゼルハートの暴挙、



 比較的理性があり、どこにでもいるごく普通のシラフの平均的鎌倉武士の時ならまだしも、今の矢三郎は酒に理性の鎧を引っペがされて食欲、殺人欲、性欲という もののふの三大欲求が増量された悪夢の矢三郎である。




 …絶好の人殺しの機会を逃すはずがない。




 アゼルハートの首を飛ばそうと太刀を引っ掴むが早いかグラスを口につけ酒を喉に流し込んだアゼルハートに向かって抜き放



 ばたん



「む?」


 矢三郎が鞘から白刃を見せるどころか、立ち上がりすらしないうちにグラスに口をつけただけのアゼルハートが昏倒する。




 …前々話でパーティの一同に、




「…アゼルさん、タダでさえお酒弱いのにドルイニオンの葡萄酒なんて代物を頼むんですか?下手なオログですら卒倒する代物ですよ?」



「見栄張るなよ」


「無理したらいかんぞ」


「バカなの?」




 …などと散々に言われたのに見栄を張って高度数の酒を注文してフラグ建築し、きっちりフラグ回収するあたりアゼルハートクオリティである。



 アホでビビりでもどこか憎めないのがアゼルハートという男なのだ。



 太刀を抜く前に突然倒れたアゼルハートに物理的に目を丸くした矢三郎だったが、酒を一口飲んだだけで潰れたということを理解すると ぶはっと噴き出し、浮かせかけていた腰を下ろして呟く。



「やれ、情けないやつよのぅ」



 殺る気満々だった矢三郎だが 思わず苦笑し、毒をぬかれた様相だ。


 熱しやすく冷めやすく、非常に気まぐれで、息をするように殺意が出たり引っ込んだりする。



 この時代の武士(もののふ)とはそういう生き物なのだ。



 殺意が消えた矢三郎は潰れたアゼルハートの手からひょいと葡萄酒を奪い取ると、ぐびぐびと飲み出す。




「おお、良い飲みっぷりですのう。その酒はかなり強いのじゃが。」



 パーティ唯一の老人、イヅマが矢三郎に言う。矢三郎がアゼルハートに切りかかろうとした時、彼は矢三郎の心臓に突き刺してでも止めようと、ステーキナイフを掴んでいたが、そんなことは無かったかのように振舞う。


 一方の矢三郎もイヅマの殺意に気づいていたが、お首にも出さない。彼らはお互いに手練だと見抜いており、両者『ここでは』波風立てぬほうが良いと判断し、無かったことにしているのだ。


 鎧姿の巨人、コキュータクスは相変わらず沈黙を守っている。



「はっは、なに、我が祖父の火酒に比べらば」



 一口で潰れたアゼルハートに対し、矢三郎はこの度数がヤバい葡萄酒も含め 既にかなりの量のアルコールを体内に流し込んでいるが 潰れる様子は全くない。


 そもそも、白石家の人間は酒が入っても酔い潰れることがないのだ。それは二つの遺伝的要因と後天的要因によるものである。



 遺伝的要因とは、基本的に毎晩死ぬほど一族郎党で肉と米を肴に呑みまくり、下戸であろうが元服前であろうがガンガン特製の高度数酒を飲ましまくるお家柄の白石家では、アルコール耐性の弱い個体は若いうちにあっという間に急性アルコール中毒でくたばって



「やれ、情けないやつよのぅ」



 で済まされてしまい 子孫を残せず、結果的に今日残っている白石家の人間はみんな酒に死ぬほど強いのである。


 後天的要因とは、酒席で酔いつぶれて寝たりすると酒の回った郎党たちに、



「…今ここで御館様殺せば成り代われるんじゃね?」



 と衝動的に斬り殺されたり、


 兄弟達や親戚のおっちゃんなどの家子 (武士団の構成員の内 当主と血縁関係がある者達)に酔い潰された様を見られると、



「己、白石家の当主たる者が何たる無様な様を晒すか!」



 などとキレられて衝動的に斬り殺されたりするので、


 白石家の酒の席では虎視眈々と棟梁の座を狙う獣たちに隙を見せぬよう、ガンギマリの狂気の権化のような目つきで酒を飲むのが生き残る為に推奨される。



 …しかし 隙あらば物理的に寝首を掻いてくる輩がいないこの異世界の食堂では、矢三郎の鎌倉武士的ガンギマリ目と噴き出す殺気は店員を萎縮させることにのみ役に立っていた。



「オ、オークですか!オークと言いましたかっ!?」


 林檎酒 一瓶をカラにして酔い潰れていた容姿端麗なれど どこか垢抜けない天然エルフ娘 ペルが相変わらずの天然ぶりを発揮し、酔った彼女の脳が検知した音を非常にゆっくり情報処理している間、危うく殺されかけたアゼルハートの発した『オーク』という単語に二、三分遅れて反応し、呂律の回らぬ大声で叫ぶ。


「にゃんだぁ、うるせぇなぁ」


 その一方では火酒をコップ半分も飲まずにピザに顔を突っ伏して酔いつぶれていたまだまだ子供のアバがピザからチーズまみれの顔を上げてペルの大声にうるさげに反応し、酩酊した頭で『オーク』という単語に反応してくだを巻き始める。



「オーク? ああ、オークかぁ ウチのこきょーの近くにも居たよ、厄介な連中でさぁ、そうそう、このエルフ女、高慢ちきのエルフの癖に、オークのことが大好きなんだってよ!けんきゅーたいしょーがどーちゃらこーちゃقلاعنبثث…」



 後半はアバの母語である北人語になっていた為 さっぱり分からない。


 アバの「エルフの癖に、オークが大好き」というセリフにペルは怒って反論する。しかし必死すぎてむしろ怪しい。ちなみにアバはもうピザまみれの顔で寝ているので聞いていない。



「べ、べ、別にオークが好きなわけじゃないですよ!


 彼らの文化、成り立ち、多様性は、それはもう、エルフやドワーフのものとは比べ物にならないぐらい面白いもので、しかも彼らの肉体的形質と文化は学術院でも誰も手をつけてない研究テーマで…」



「…良いから、おーくが何か早う言わぬか!」



 ほろ酔い矢三郎に我慢の限界が近づき、思わず太刀に指をかける。


 しかしそれに全く気づく素振りも見せず、ペルは楽しげに話し続ける。



「よぉくぞ聞いてくれましたぁ!


 オークというのは、太古の昔 魔王が無垢のエルフを拷問や様々な手段を歪めて作った種族です。


 彼らは魔王軍の主力で、北方の雪に閉ざされた山脈、西の大森林、東の砂漠地帯に溶岩流れる火山地帯など、世代を跨げばありとあらゆる環境に適応できる強い肉体と精神を持っています。


 …『ほとんどの』オークは見た目こそ醜悪ですが、身体能力と再生力は凄いですね。二昼夜休み無しで走り続けられるし、首を落とさないと基本的に死にませんから。」



 衝動的に人を殺しかねないほろ酔い矢三郎のこいつ殺そうスイッチを器用に外して天然エルフ娘は矢三郎の知的好奇心を刺激し始める。


 あと五秒ぐだっていたら本能剥き出しの矢三郎が衝動的に彼女をぶった斬っていたであろう。つくづく危険な生物である。


「…ふむ、つまり、醜いが強い鬼といったところか。


『ごぶりん』や『盗賊鬼』とどちらが強い?」


 太刀の柄から指を離した矢三郎は交戦経験のある二つの鬼(未だに異世界の欧州系の顔立ちの人間は全員鬼だと思っている矢三郎である)


「基本的に子供ほどの体力しかないゴブリンや農民や傭兵崩れの盗賊なんかよりはよっぽど強いですよ!ゴブリンとは恐らく親戚ですが、別物です。


 種類によりますが、オークは(すべか)らく熟練の剣士と渡り合えるぐらいには強いですよ」



「種類とな?おーくには種類があるのか?」


 矢三郎の頭の中で貴族の館を襲撃した際に見た絵巻物の中に描かれていた様々な種類の鬼たちが乱舞する。



「はい、色んな種族がいますねぇ〜大柄なウルクとか小柄なスナガとか、トロルとの交配種のオログとか…


 なんで種族が色々いるのかというと、その………」




「なんじゃ、早う言わぬか」



「…えっと」



 純朴にして天然なエルフ娘は酒で赤くなった顔をますます赤くして数秒もじもじしていたが、意を決したように説明を始める。


「……彼らは、その、


 子孫を残すのに交配する種族を選ばないんですっ!オークは人間ともエルフとも、ドワーフとも、獣とすら番えて、その上 相手の特徴を取り込んで、混血で強くなっていく種族なんです! しかもなかなか死なないからすごい強いんです! 」


 矢三郎生物学的知識ではは普通に説明されてもわかるかどうか怪しいのに、恥ずかしがって顔を真っ赤にしたペルの声は何オクターブも上がっている上、早口でまくし立てられたので不学者の矢三郎には彼女が何を言っているのか全く理解出来なかった。



「…何を言うておるかさっぱりわからぬ!


 …だが兎角、その “おーく” なる鬼どもが手練の鬼というのは分かった。


  殺す。


  おーくを殺しに征くぞ。


 ごぶりんも盗賊鬼共も歯ごたえが無さすぎる、このままでは腕がなまると言うもの!」


「おーく狩りでふか? いいですね〜 実物を見て研きゅうが…」


 恥ずかしがって頭に血が上り、血流が良くなって急にアルコールが回ったのか、ペルがぶっ倒れる


「やれ、女子の癖に潰れるまで飲むとは、ささらも歩き巫女もうつけ()よ」


 そう笑った矢三郎は、日常的な殺し合いを生き残る為に病的なまでに発達した闘争・鍛錬・殺人欲を剥き出しにし、オーク狩りを決行しようと心に決めたが、まずは腹ごしらえと、


 それからもアゼルハートの生活費100日分に相当するステーキ5枚を追加で注文し、食した。


 呆れるような胃袋だ。


「矢三郎殿、そろそろ食事を切り上げませんかのう? パーティの者達もみな潰れてしまっておりますぞ。」


「そうですな、御老体 」


「…おい!そこなひわひわ男!」


「ひ、ひわひわ!?…ひっ、はっ、はっ はい!ただ今ッ!」


 ひわひわと呼ばれた店員は矢三郎の怒りを恐れ、すぐさま武士(もののふ)の元へ来る。


「その方らの作った飯を食ろうた。美味であった故、褒賞を取らす。 白石家が当主からの恩賞ぞ、今生の面目とせい」


「…お、お会計ですね…」


 元々は会計士だったが 紆余曲折あり、ワケあってド辺境 ヤークのギルド食堂店員に落ち着いた彼は、その会計士時代に培った計算力でぶちまけられた酒と料理でごっちゃごちゃどろっどろに散らかった机と伝票を見比べながらささっとお代を計算し、


 矢三郎に釣りを返した。


「ほう、袋ごとくれてやろうと思うておったが、少しでも返すとは感心なやつ」



「お、恐れ入ります…」


 矢三郎は眉頭をぐっと下げ、深い皺を作る。


「ひっ、すいません!」


 怒ったかのようなその表情に店員は思わず謝罪するが、


 矢三郎は怒っていない。少なくとも今は。単に思考しているだけだ。


 眉頭をほわっと上げ比較的穏やかな表情になったさ矢三郎は店員に問う。というか、命令する。



「名を名乗れ。」



「ジ、ジョン・マーダと申します」



「姓が『じょん』じゃな?」



「い、いえ、マーダの方が姓です」


「うむ? ……そうか。間田(まーだ)よ。お主にこの俺 白石矢三郎経久の『矢』の一字をくれてやろう。貴様はこれより矢間田と名乗れ。」


「わ、私の名前ですか!?」


「なんじゃ、この白石家が当主である俺からの下賜が不満か?」


「いっ、いいえ!はい、今日からヤマーダと名乗ります!」



 うむ、と満足気な矢三郎である。


 矢三郎という男は凶暴で刹那的ながらも、一方で二手三手先を考えて行動する狡猾な男であり この一見無意味な行為にも彼なりにきっちり理由がある。


 高位の人間が下々の者に名を与えるというのは非常にありがたいことであり、武官でもなんでもない下人(矢三郎は鎌倉武士にとって下人の仕事である料理をしていることから彼の身分が低いと判断した) の店員マーダ改めヤマーダに自分の名前から一字を与えるという気前の良さ。


 空腹でむしゃくしゃしていたせいでもあるが、矢三郎は がははと大笑いしながら冒険者二十数人を棍棒一本で殴り倒し 当事者たちと目撃者たちに恐怖を植え付けた。彼らは仲間や同業者に矢三郎という男の恐ろしさを伝えるだろう。 それ以外にも、矢三郎にとっては至極当然の無意識な行動であったがらうら若き受付嬢の机に腐った盗賊の生首をぶちまけたことなども伝わり、矢三郎に対する恐怖を増長させていた。


 ギルド長であるカンテゼーレ子爵及びギルド所属の冒険者たちにとっての恐怖の権化となった矢三郎だが、『後のことを考えて』畏れだけでなく、矢三郎という男の気前の良さを示す必要があったのだ。


 恐怖の中にも矢三郎について行きたい思わせる()()()を冒険者たちに示そうとしたのだ。


 矢三郎にとって幸運なことに、この世界にも王や貴族が自らの名から一部を与える文化があった。


 故にヤマーダも、彼が所属する『赤い鬣』ギルドなどの辺境基準のギルドでは最も高位、大都市基準のギルドでは上から数えて三つ目というかなり位が高く、


 …行動は野蛮そのものだが、言葉遣いや態度が非常に身分の高い人間のそれを彷彿とされる矢三郎からの一字を下賜を受け入れたのだ。


 …まあ 矢三郎の機嫌を損ねるのを恐れたという理由も大きいが。


 矢三郎の謀略は成功し、二日も経たないうちに冒険者ギルド関係の人間の間では、


 ーーーー 突如現れた凶暴で危険で悪魔のような銀板階級(シルバープレート)の異邦人はかなり身分が高い異国の貴族で、非常に怒りやすく、怒ると腐った生首を投げつけてきて棍棒で死ぬまで殴ってこそ来るが、すっげー気前がいい。



 …といういくつか尾鰭がついたものの、矢三郎が畏怖すべき存在ではあるが、気前が良く、高貴であると思い込ませるという望みは達成された。



 蛮族でありながらも狡猾なのが鎌倉武士の恐ろしいところである。



「さて、者ども オーク狩りに征くぞ。」



 矢三郎はナチュラルに戦場仕込みの武士キックでアゼルハートの脇腹を蹴り潰しながら一行に号令する。


 ひゅっ と変な音を出して飛び起きたアゼルハートだが、まだ意識は朦朧としている。


 矢三郎は朦朧としたアゼルハートを肩に担ぎ、



「ぬおらぁあぁあああ!!!!!」



 投げた。



 宙を舞い、二、三度空中でぐるんぐるん回転したアゼルハートは自体を把握出来ないまま頭から木の()()()()ばきっ!と音を立てて入り込んでいった。



 砕け散った机の中から覗き、ぴくぴくする足を見てわっはっは と笑いながら矢三郎は食堂から出ようと歩き出す。


 店員たちがこのヤバすぎる男に何か失礼があったら店や自分自身が危ないと、料理人や清掃員まで総出で矢三郎を見送りに出てくる。


 頭を下げまくるスーツの波をかき分ける武士の姿はさながらヤクザ映画の親分が贔屓の店から出てゆく一幕のようである。


 店員たちは冒険者20人ボッコで殴り倒す強さ、異常な量の高級肉と酒の注文する店としてはありがたすぎる金遣い、その一方 ヒラ店員に自らの名前から一文字与える器の大きさに敬意を抱いた。


 …でもやっぱり唐突に仲間を机が壊れる勢いでばん投げ、大笑いするヤツへ向ける感情は敬意より恐怖の方が勝っていた。


 汗をダラダラ垂らしながら引きつった営業スマイルで「ありがとうございました」「ま、またお越しください…」などと頭をペコペコ下げまくって見送る。



 意識があり、歩ける矢三郎と老人イヅマ、巨人コキュータクスの見るからにヤバい三人組はギルドの建物の外に出た。


 矢三郎とイヅマは身軽だが、コキュータクスは酔いつぶれたほかの四人を小脇に抱えている。(矢三郎に放り投げられ机にクラッシュしたアゼルハートをちゃんと回収しているあたり、無口ででっかくて顔がわからなくても仲間に情はあるようだ。)


 矢三郎はおもむろにヤマーダから返された金貨の入ったずだ袋をひっくり返す。


 ちゃりんちゃりんと金貨が七、八枚石畳に落ちる。



 矢三郎の価値観を設定した生まれ故郷の邸では、族滅したライバルや斬り殺した旅人の懐から奪ってきたカネが無造作に敵味方の死体から剥ぎ取ってきてやはり山積みにされた鎧兜、及び山盛りの生首と同等に積まれていた為、


 矢三郎はとりあえず金とは生首と同様にいっぱいあるもので、必要な時は生首と同様に適当に持ってくるものだと考えていた。そんな矢三郎にとっては価値のわからん数枚の金貨などゴミに等しい。


 矢三郎は散らばった金貨を一瞥し、ズダ袋を投げ捨てる。



「うむ、金が無くのうたのう」



 無くなるのも当然といえば当然である。


 ほぼ一日何も食べなかったからとは言え ギルド食堂の酒と料理をほとんどコンプリートし、アゼルハートの生活費100日分に相当する高級細龍ステーキを二桁も平らげたのだから。


 脇でコキュータクスが矢三郎が投げ捨てた金貨をちょいちょいと拾っている。銀貨一枚で一日マトモなメシを三食食って生活できるこの世界では金貨数枚といえど、


 庶民…より下の所得の下級冒険者にとって超絶大金だ。いそいそと金貨を拾うメイスと人間四人を担いだり小脇に挟んだりしてるこの巨人は見た目に合わず金銭感覚が同レベルに見た目がヤバい鎌倉武士と比べてかなりしっかりしているようだ。



 その一方 珍しく()()()怒っている男がいた。


 我らが矢三郎である。


(白石家が当主たるこの俺が金を持っておらぬなど、白石の家名に傷をつけかねぬ口惜しき事!)


「御老体、大きいの、拙者は金を用立てて参る。ここで待たれい」


 勝手にパーティ一同に飯を奢り、何より自分がじゃんじゃん高級肉食べまくっといて金がないとなると理不尽に憤慨しだした酔いどれ矢三郎はくるりとギルド本館の方に踵を返し、ずんずんと『財布』の元へ向かっていった。


 ーーーーー


『赤い鬣』ギルド長 マリウス・カンテゼーレ子爵は早朝に突如現れ、銀板階級の位と冒険者の装備などのための支援金をたっぷり奪い取っていった得体の知れない異邦人の恐怖の眼光が忘れられず 午前中はほとんど仕事が手につかなかったが、


 なんとかギルド長としての精神を奮い立たせ、午前の終わりごろには震える手でペンを握り、書類仕事に励み始めた。


 しかし、彼のその健気な社畜精神はまたもや鹿皮羽織のもののふにバキバキに破壊されるのである。



 どおかぁああぁあん!!!!!



 と、いう擬音ですら生ぬるい、


 もののふマッスルにコーティングされた矢三郎の足がくり出した蹴りがカンテゼーレ子爵の執務室の戸を蹴破った。


 けたたましい音に肩をビクッと動かした哀れなカンテゼーレ氏は扉を蹴破った者の正体を確かめるべく、恐る恐る顔を上げる。


 カンテゼーレ氏は、音からでも用意に察せたように厚い木の扉に蹴り一本でヒビを入れる人間を一人しか知らない。


 …薄々感づいていたが、顔を上げた彼の視線の先に居たのは、


 やはり 鹿の毛皮の羽織の、ギラギラと輝く抜き身の太刀を片手に持った、獣の如き眼光のそこにプラスして酒臭いもののふであった。



「ギルド長殿ぉおおぉぁあぁ!!!!!」



 矢三郎は大声でカンテゼーレ氏の職名を呼ぶが、


 酒で呂律が回っていないのと空気が割れそうな声量のせいで、


「ぎぃいいちょどぁああぁあぁあああ!!!!!」


 と言う咆哮にしか聞こえない。



「うっ、うわぁああぁあぁあ!!!!!」



 早朝に矢三郎の恐ろしさをこれでもかと叩き込まれた哀れな子爵殿は、矢三郎の故郷近くの荘園を治めていた貴族とそっくりの反応を示す。


 中身がそっくりのようなので、矢三郎も白石家流貴族恐喝プロトコルの手順を忠実になぞる。



「金子を、用立てて頂こうかぁああ」



「さ、さっさ、先程 いっぱいお渡ししたじゃありませんかぁあ!」



「全部 無くなり申したぞ!さあ、寄越されよぉ!」



「そ、そんなぁ!」




 …たかり屋とカモの会話にしか聞こえないが、実際そうである。


 先程も述べた通り、奇しくもカンテゼーレ子爵と矢三郎の所領近辺の荘主であった運の悪い貴族の性格はそっくりであった。


 実務的で勤勉ではあるが、臆病なのだ。



 矢三郎の故郷やヤークのような辺境に赴任(追放ともいう)してくるお偉いさんは概して悪対馬守(D Q N)鎮西八郎(ガンダム)のような中央に置いていたら破滅をもたらすような協調性ゼロのウォージャンキーか、


 政争に敗れて左遷という形で下ってくる者たち、


 支店長的な感じで田舎に栄転する者たち、



 そして、争いごとを逃れようと逃げてきた者たちだ。



 …まあ、争いを逃れようと下ってきた先にいるのが生首を門前や庭に飾るような連中だから目も当てられないが。



 勇猛な戦狂い系のお偉いさんは大体が下った先で暴れまくり、九州を平定したり、後まで続く名家の祖になったり、暴れすぎて追討されたりする。


 その一方で、気の弱いお偉いさんたちは、少なくとも矢三郎の所領近辺では 生首大好きな野蛮人たちの都合の良いお財布替わりにされていた。


 この世界でも矢三郎は出現して2日で都合の良い財布を見つけた。



 酒臭さ全開でギラギラ輝く太刀を片手ににじり寄ってくる総合的な凶悪さがシラフの時より倍増された鎌倉武士の姿に思考停止した哀れな子爵殿は、一刻でも早く彼にとっての恐怖の権化たる矢三郎を目前から退ける為、


 思わず近くの金庫にしまっていた横領でちまちま貯めた内緒のへそくりの中から大量の金貨を渡してしまった。


 へそくりが半減したことに気づき、彼が悲鳴を上げるのは、矢三郎が去って半刻後、彼の恐慌が収まってからのことである。


 まんまと大金を巻き上げた酔いどれもののふ矢三郎は大笑いしながら、単なるノリで開いていた衣装箪笥の戸を切り飛ばした後、


 やはり大笑いしながら嵐の如く去っていった。




 

シラフでもヤバい鎌倉武士に酒を入れてはいけない(戒め


後世の、大分礼儀正しくなった戦国時代の武将である福島正則ですら酔っ払った勢いで部下を切腹させ、酔いが覚めた後ら大号泣して首に詫びたり、酔った勢いで正妻に妾の話をしてしまい、薙刀を振り回す妻から逃げ回ったりしています。


…上記の酒の失敗も時代が下るとだいぶマイルドになってきますが、矢三郎の恐ろしいところは失敗を失敗と思わないところですね。失敗など俺全然してないオーラと殺気が全開なのでみんなも信じてしまうのです。



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[良い点] ヤバイ殺す殺されるが紙一重の面白さ
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