十七話 鎌倉武士 矢三郎、白石家流交渉術()を異世界にて発動す
投稿遅れてすいません!いつもの倍量なので平にご容赦下さい(白目
小説を書くに当たって 当時の人々の感性や生活を知るために平家物語や保元物語、吾鏡記や徒然草なんかを読み直してみましたが、
徒然草で兼好法師が勝手に人里離れたところにある人の庭に入って
「こんな素朴な生活をしてるなんてどんなに俗物から離れたステキな人なんだろう」
と妄想して、ミカンの木が人に盗られないように柵で囲われてただけで
「幻滅したッ!」
とか言ってるのを見て、鎌倉武士が坊主・乞食を弓矢の的にするのも仕方ないなと思いました(暴論
今回はタイトル通り、矢三郎くんの交渉術()メインの回です。たぶん 死人は出ないと思います。
あ、でも生首は出る。
さあさあ 遂に本作も十八話を数えました!二十話も目前ッ!
何故かファンタジックな剣と魔法の世界に迷い込んでしまった世紀末な弓と馬の世界育ちのどこにでもいるごく普通の鎌倉武士、矢三郎。 いつもの調子で殺しまくるものの、たまたま会った冒険者パーティと手を組んで、ゴブリン退治に手を貸した。
しかし、そのゴブリンの巣の主で、かつては王様だったゴブリン、アルファを奮起させてしまい、アルファは矢三郎の知らない間に魔王になってしまった。
そして、100匹のゴブリンを矢三郎の手助けによって倒せたパーティのメンバーたちがホクホク顔で街に向かっていたところ、銀板階級で強い癖に意地汚い極悪な先輩達が手柄を奪おうとしてきた!
しかし、そいつらを矢三郎はぶっ殺しちゃった!
その際 何故か即死魔法喰らったのにフツーに生きてる!
パーティメンバーたちはエリートを殺したことに動揺するが、矢三郎にはなにか考えがあるようだ…
さあさあお待ちかね、第十七話、御開帳!
必死に稼いだ手柄を略奪しようとした冒険者を殺害し、死体を街道沿いに埋めた後、夜通し街道を駆け続けた後 朝日に浮かび上がったものに、鎌倉武士 矢三郎は感動した。
「…おおおおお、これが鬼の国か…!油断ならぬなぁ…!」
目の前に見えてきたそれを見て柄にもなく目を輝かせている。
…矢三郎は田舎者であった。
幕府の率土の果ての地頭なのである。
彼が知っているのは故郷の山野と所領の村々、延々と広がる田んぼや人狩りの際に旅人 歩き巫女、行商人などを待ち伏せる街道沿いや近隣の地頭の土地々々ぐらいのものだ。
しかし、今 矢三郎の眼前に広がっているのは高さ15mはあろうかという石造りの幅広い壁であった。街を大きく囲っているようだ。
白石矢三郎経久は、その20余年の生涯で初めて石で出来た巨大な壁を見た。
俗に言う「城壁」である。
ーーーーー 矢三郎は鎌倉時代の日本人全ての中でも初めて「城壁」を見たのだ。
鎌倉時代には城壁、つまり、大阪城などに代表される戦いが大規模化した戦国の城郭に多様されるような石垣は存在しない。せいぜいが寺社建築に用いられる程度である。
鎌倉時代の軍事目的の石造建築については、元寇の際に海岸線に20kmに渡って築かれた防塁があるが、これは蒙古を着岸させずに敵の射程県外から一方的に和弓でブチ殺すためのものであり、尚且つ 鎌倉時代中期に断続的に建築されたものである為、一般的ではない。
かつて盗掘に入った小さな古墳の崩れ果てた石壁しか見たことがなかった矢三郎にとっては完璧に組まれた高さ15mはあろうかという城壁の威容は大いなる衝撃だった。
城壁には攻めかかってきた敵の上から一方的攻撃を行えるという以外にも、その巨大さによる威圧感と、上から狙われるという心理効果によって敵を気圧すという戦術的効果がある。
矢三郎が城壁を知らないだけの普通の人間であったなら、その巨大さと慣れない外観に気圧され、恐怖してしまっただろう。
しかし、矢三郎は鎌倉武士であった。
鎌倉武士の殆どは恐怖が欠損している。
恐怖を感じないように育てられたのである。
その死への恐怖の欠如と気性の烈しさは海を渡った向こう側にも強烈な印象を与え、史料に記されている。
元寇の折、鄭思肖の著した『心史』によると、
「倭人は狠、死を懼れない。たとえ十人が百人に遇っても、立ち向かって戦う。勝たなければみな死ぬまで戦う。戦死しなければ帰ってもまた倭王の手によって殺される。倭の婦人もはなはだ気性が烈しく、犯すべからず。」
(「倭人は皆 死を恐れない。10人が100人の敵と遭遇しても、戦う。勝たなければ死ぬまで戦う。戦死しなければ倭の王の手で殺される。また、倭人の女はかなり気性が苛烈なので、犯さない方が身の為である。」)
とのことである。
当然 白石家の当主である矢三郎も恐怖を感じないように教育され、すくすくと育った。
「『警戒』は重要だが、『恐怖』に利は無し」
とは彼の祖父の言葉である。
臆することなく、されど城壁の上を警戒しながら矢三郎と一行は門の前へと辿り着いた。
城壁の上からの兵士の目もある中、門番として立っていた数人が、見知った冒険者の中に紛れ込んだ妙な意匠の鎧兜を長い木の棒に引っ掛け、肩に担いだ鹿皮羽織の男の姿を目に映す。
「そいつは何者だ?」
怪訝に思った一人が尋ねる。
「…ち、知人です」
ペルが咄嗟に答える。
「いや、それなら別にそれは問題ないんだが、なにか身分を証明できるものは?雇用保証書とか。」
ヒラの門番が尋ねる。
「何だ〜?そいつは〜? 異邦人か〜?妙な顔つきしてるなぁ〜」
妙に間延びした口調の中年の門番長がぬるりと現れる。
「ボルカさん、早く入れてください!疲れてるんです!私たち夜通し駆けてきたんですから!」
ペルが憤慨する。
「身分のぉ〜 証明ができない〜 人間は〜ァ 街にィ〜 入れることはァ〜 出来ないんだなぁ〜」
ニヤニヤしながら門番長が言う。
「この人のどこが怪しいっていうんですか!」
天然エルフ娘 ペルは相変わらず天然ぶりを発揮し、異世界人から見て奇怪でしかない風貌、流れ出し続けている殺気など怪しい要素しかない矢三郎を擁護する。
その背後ではめんどくせぇなぁ という表情のパーティ長、アゼルハートの腰から無造作に吊るされた巾着から小柄な追跡者のアバがひょいひょい金を掠め取っている。
下卑た笑顔を顔に貼り付けた門番長はなおも一行を中に入る事に難色を示す。
「いやぁ〜ぁ こっちにも〜ぅ、法律があるんでねぇ〜ぃ 例外を作るとい」
「ほらよ」
アバが パーティ長 アゼルハートのサイフから抜き取った無けなしの生活費である銀貨数枚を情け無用に投げ渡す。
「おかえり『赤角』、そっちのあんちゃんもヤークの街を楽しみな。飯は美味いし、女の穴の締りも良い 良い街だ。」
賄賂を受け取った瞬間 門番長のセリフがさながらコインを入れられたからくり人形のようにスピードアップする。
内側から開かれた門の中に続々と一行が入って行く。
馬に繋がれたソリで昏倒している出血多量で青ざめた顔の大男の姿を見て、詰所で干し肉を齧っていた門番の1人が顔を歪める。
「げっ、ホルトーのヤツ どうしたんだ!?」
「ゴブリンの弓で腕を千切られかけてのぅ、エルフ娘が魔術で傷を塞いだ。」
兇悪な形状の手甲を手に着けたしわっしわの武骨な老人、イヅマが疑問に答える。
「け、怪我人が居るならすぐ入れたのによぅ…コイツに死なれでもしたら目覚めが悪い」
「ンまぁ〜ぁ、金ぇが手に入ったんだ〜からァ〜、い〜いじゃないかぁ〜 後でェ〜 呑みに行こ〜う」
思ったより賄賂の金額が少なくてテンションが下がったのか、門番長の口調がもう既にロースピードに戻っている。
「おい、江狄のガキ」
「ああ?」
「北人の略奪者どもをこの街に呼び込むんじゃねーぞ
正教七王国は渡海してきた北人に三国が滅ぼされて、軍と共に越冬したヤツらの兄弟王に島の三分の二 占領されたって噂だ。
流石に大陸のこんな辺鄙なトコにあの蛮族共が来ることはないだろうが、念の為だぜ テメーは北人なんだからな。」
「…気ィ悪くなるような事言うんじゃねーよ ばーか くそばかばーか」
頬をふくらませた小柄な北の民の子供は憎々しげな顔で門番を睨みつけると、馬の腹を蹴って門を潜っていった。
「矢三郎さん、ここからは歩きになります。通りは伝令と騎士以外 馬は禁止ですから。」
「馬はワシらが繋いどくよ」
フードを被った馬番の老人たちが一行の馬の手綱を取っていく。
「む…」
矢三郎は郎党でもないこの老人たちに馬を預けるなど言語道断だと思ったが、今乗っている馬は彼自身のものではないし、愛着もないので、もし盗まれたらこの老人共を見つけ出して殺し、持ち馬すべてごと巻き上げてやれば良いと納得して大人しく馬を渡した。
「…ホルトーの若造め、大怪我しおったか。」
「料金は別でお支払い致しますので、彼を教会に連れて行って頂けるでしょうか?」
精霊遣いのササラが丁寧な口調で老人達に頼む。
「いいよいいよ、アンタたちは魔物退治に熱心だからねぇ。サービスしとくよ。」
矢三郎以外誰も知らないものの、ゴブリンではなく矢三郎がその強弓で腕を吹き飛ばしかけて瀕死になっているホルトーのソリを繋いだ馬に老人のひとりが跨り、他の老人達が歩いている方向とは逆の方向に駆けていく。
「じゃあ ギルド本部、行きましょうか!」
相変わらず天真爛漫な笑顔を浮かべたエルフ娘に先導されて一行はぞろぞろと歩き出す。
「…で、どうすんの?」
実は心配で心ここに在らずだったアバが尋ねる。
「何がじゃ。」
矢三郎が尋ね返す。
「あの連中 殺っちゃったよ?」
「殺ったのう。」
「…なんか考えてるの?」
「金と刀でどうにかなるじゃろう。」
「ウチのパーティって全員が魔物退治で日銭稼いでるようなワケアリのビンボー人だよ?
手持ち全額出しても賄賂なんて払えねぇ。脅すにしても、ギルドに食わせてもらってる身だから逆らえないよ。」
アバの大雑把ながらも的確な説明に、矢三郎もこれは何か考えねばならぬな、と納得する。
「…ふむ、然らば、敵の弱みを知る必要があるのう。歩き巫女よ、「ぼうけんしゃ」と「ぎるど」について知っておることを解り易く俺に話せ。
まず、冒険者とはなんじゃ?」
「 うーん、えっと、
冒険者と言う耳障りがいい言葉で誤魔化していますが、要は里人に害を成す魔物・魔族・盗賊などの駆除屋です。」
「ほう?獣退治や盗賊狩りが『ぼうけんしゃ』の仕事か。
… 何故 荘主や地頭が兵を出さぬ?りょーみんからのしんよーとかんしゃのこころ(棒) が得られぬじゃろう。盗賊・害獣退治すらせぬ領主になど。」
矢三郎は盗賊から武具や現金を奪う為や山犬の皮を得る為、鹿猪熊肉を喰う為に郎党を率いて獣や野盗・野伏り、ついでに行商人を殺しまくっていたら何故か領民たちに涙を浮かべながら感謝されて、酒や食いもんや女を献上された経験を生かして質問する。
「…まあ、ほとんどの領主たちはメンツの張合いしか考えてませんからねぇ…
領主様たちは自分の手持ちの騎士団が他の領主たちに舐められないように如何にハデハデな武具を装備させるか、他国との戦争で使えるように対人戦をさせることしか考えてませんから。
土地勘のある盗賊やら 基本的に手強い魔物や魔族の駆除は兵士を失うリスクが高い上に名も上がらない面倒な仕事なので 冒険者ギルドに仲介料を払って委託して、
その依頼をギルドが私たちに冒険者に紹介するって感じです。」
「ふむ、領主が所領の保全仕事や幕府から命じられた盗賊征伐などの旨みのない仕事を冒険者ぎるどに流して、仲介料を受け取ったギルドがお前達に仕事を渡すということか。
…ううむ、上手いのう。お前達に汚い面倒な仕事をやらせれば手間も褒賞も少なくて済むと。」
矢三郎は鎌倉時代の統治制度に当てはめてギルドと冒険者の関係を理解し、需要と供給を結びつけるギルドの存在の味噌に至極感心した様子でふむふむと考え込む。
弓馬・太刀打ちを筆頭に武芸百般に秀で、思考力も統率力も割りと高い矢三郎ではあるのだが、内政の面では力づくで何でも奪えば良いという鎌倉武家社会で育ったからか お世辞にも名君とは言えず、
数年前 国司や幕府に納める年貢をちょろまかす為にとんでもない税率を領内の農民に課し、米を刀剣振りかざして徴収しようとする白石家の郎党と狂暴な農民たちとの殺人、放火、レイプ入り乱れる仁義なき争いが繰り広げられ、結果的に米を奪われた農民の悲惨な飢餓など、国司に危うく気づかれるレベルの 筆舌に尽くしがたい凄惨な状態を領内の村々に作り出した内政下手な矢三郎としては 非常に感心できる仕組みである。
「…で、「しるばぁぷれぇと」とは何じゃ?お主らより官位が上とかいうておったが。」
「銀盤階級、銀の板ですね。はい、確かに私たちより上です。私達は銅板階級、銅の板、一番下です。駆除許可が貰える魔物も種類は少なく、弱くて 報酬も少ないです。アゼルさんだけ頭抜けて二階級上の鉄板階級ですけど、」
「へへっ、俺ってスゲーだろ」
「あんま調子乗るなよ」
「アゼルの口は縫いつけた方がいい」
「…そ、それでですね、説明に戻ります。階級としては、
まずは駆け出しの銅板、ドブ攫いしてる素人パーティからウチみたいな貧乏パーティまで様々です
冒険者になる人材が足りてる大都市のギルドには駆け出しの中にも石英とか燧石とかの駆け出しの詳細な区分けがあったりするそうですが、ヤークのギルドは昇格の単純化の為に銅板のみです ド辺境ですから
その1つ上が青銅版です。まあ、特筆すべき点はありません。討伐許可が降りる魔物の数が増えるというのと、割と手練だというだけですかね。やっぱり大都市だと青銅の中でもやっぱりまたいっぱい階級があるらしいです
報酬は仕事の内容によりますが、銅板よりは増えますね
その上の鉄板は、ただのゴロツキには到れない境地です。ここからは貴族からの引き抜きとかも多くなりますね。ここまで生き残れる冒険者は性格が最悪な人でも思考力は身についているので、トロルやワーグ、細龍などの、街を破壊できるレベルの強靭で巨大な獣、
…そして オークの討伐が許可されます。オークは魔王が創り出した手強く狡猾な人形種族なので、下手に生き残りを出すと復讐の為に街が襲れるなどの二次被害を引き起こす可能性があるので、一般的には鉄板以上でないと討伐してはならないものとされていますね。
大都市のおっきいギルドだとだとやっぱり鉄板の中にもなんとか色々あるみたいです。
報酬や待遇に関しては間違いなく私たちのような駆け出しよりも上です
続いて、銀板 矢三郎が殺したロクデナシたちの階級です」
「おお、やっとか。」
意識の半分が初めて見る石畳に向けられていた矢三郎は求めていた情報が来たのに気づく。
「銀板階級は階級の上から二番目、でもギルドの階級では一番上の金板になれるほど強い冒険者はいなかったので、あのサイテーな三人がこのギルドで1番の実力者でした。引き抜きを恐れてギルド側から支払われる報酬もかなり多いです。」
「ほう、引き抜き、があるのか?」
矢三郎はその部分に大きく興味を示す。
「ええ。銀板ともなると領主の騎士団や他のギルドから引く手あまたです。」
「うむ、それだけ分かれば十分じゃ。」
満足気な表情で矢三郎が頷く。その普段と比べて比較的穏やかな表情とは裏腹に、ハラの中ではドス黒いことしか考えていない。
アバが矢三郎の顔を覗き込み、報告する。
「…ヤサブロー、そろそろ着くよ。
ここがヤークの冒険者ギルドの本部…
『赤い鬣』ギルド館 」
通りを曲がった真正面に、青い布の旗に赤い鬣の白馬が刺繍された旗が屋上や入口の前、あらゆる所に立てられた、巨大な石造りの建物が矢三郎の目の前に現れた。
「…おおおおおおおおおおお」
「ヤバイよね〜 コレ。スッゲーデカいし、石で出来てる。」
北の果ての小柄な狩人と率土の果ての地頭、田舎者同士の感想は同じである。
「俺もこんな邸が欲しいのう。地震には弱そうじゃが。」
矢三郎は素直に欲望を吐いた。
「さ、行きましょ行きましょ」
ペルに続いて矢三郎はパーティの一行と共にギルド本部の石階段を登り、入口のドアをくぐった。
「うお」
矢三郎は目の前に現れたロビーの様相にに絶句する。人が多いこととその広さは勿論であるが、その内装に目を奪われた。
“ロビーはギルドの顔であり、そこの活気や内装の管理、装飾のレベルを見ればそのギルドの経済状況が如何程かすぐに分かる。”
そんな商人たちの間でのちょっとした豆知識を聞いた先代のギルド長がその言葉を大幅に過大解釈して ロビーの内装を物理的方向にスパークさせてしまったキンキラキンという言葉では表現しきれない、
床は大理石、様々な神々や精霊たちの黄金彫刻が壁や天井のあらゆるところに嵌め込まれていたり、宝石が埋め込まれた象牙が壁に刺さっていたりする内装は、素朴な矢三郎の目を金の光で焼きそうになった。
「おお、凄まじいな… 目がおかしくなりそうじゃ」
矢三郎はなんとか言葉を絞り出したものの、豪華を通り越して悪趣味で気味悪いものとなったキンキラキンのロビーに明らかな苦手意識を示す。
「そう言えばアバも北の国から出てきて初めてここに来た時は『頭痛い…』つってフラフラになってたよな」
珍しく眉を顰める矢三郎を見て、パーティ長の青年 アゼルハートが悪戯っぽくアバに向かって言う。
「言うなッ!」
笑いながら過去の恥ずかしいことをバラしたアゼルハートにアバが割と容赦のないパンチを脇腹に入れる。
「遊んでないで、さっさと換金しよう」
精霊遣いのササラが抑揚のない声で二人をやんわりと叱る。 このやんわりが怖いのだ。
ーーーーー
一行はキンキラキンの悪趣味極まりない空間を歩いて 銅板階級冒険者換金所に到達した。
「換金したいんですが」
「承りました」
アゼルハートがぶっきらぼうに言い放つ。その癖たまにチラチラと受付嬢の方を見ている。分かりやすいヤツである。
「証明部位はお持ちでしょうか?」
「アケ村の近くに住み着いていたゴブリンの耳が凡そ100×2個入ってます。あとこれがロード級のゴブリンの頭部×1です。確認いいっスか?」
「承知しました。二、三分 お待ちください。」
大量のゴブリンの血と少しの銀板階級冒険者の血が付着した袋を受け取った受付嬢がそれを裏から出てきた身なりの整った受付嬢とは真逆のは如何にもブルーカラー的風貌のむさい確認係に渡す。
「おい、娘」
鹿皮の羽織を着物の上から羽織った長髪の男が受付嬢に話しかける
「…なんでしょうか?」
見慣れない服装だ、異邦人だろうか。と彼女は考える。
「『ぎるど』は野盗・野伏の首にも褒賞を払うと聞いたが、真か?」
随分古風な言葉遣いをする人だな、と思いながら受付嬢は答える。
「はい、違いありません」
「然らば、こやつらの首と金子を交換してくれ。武装の質は良かった故、名のある盗賊かと思う。 」
矢三郎は世間話でもするような軽い口調で彼が異世界に来てから初めて殺した人間である六人の盗賊たちの腐乱が始まった生首を、顔が確認できるように包んでいた布の結び目を解いてどちゃっと無造作に受付嬢の机に置いた。
普通、腐りかけの生首を花の盛りの女性の前に投げ出すか?と現代人なら考えるだろうが、
鎌倉武士とは腐臭に慣れる為や、特に理由もなく 庭に生首置くような連中である。死体への忌避感はあまり持ち合わせておらず、その上 手柄の証明である生首に相手がドン引きするなどとは考えも及ばない。
何故 矢三郎が言葉が通じず、そもそも 見つけた瞬間に愛用の三人張りの強弓で射殺した相手が盗賊だと気づいたのかというと、彼は郎党を率いての野盗狩りを鹿狩りと同じ感覚で楽しんでいたので、腐るほど見た盗賊の動きと気配を覚えており、この六人が盗賊かそれに近いものだと直感で感じたのだ。
唐突に受付嬢に腐った生首×6を叩きつけた矢三郎の行動に、パーティのメンバーは全員 フリーズしてしまっている。
うぷ、と声を出した受付嬢だったが気丈に、
「ギルドに登録していない方の……しょ…証明部位は換金できません、登録を済ませますか?」
と、読み上げ機のように研修で習ったテンプレートなセリフを無意識に発する。
「うむ、俺はその事でここへ来たのじゃ。娘、この『ぎるど』で一番偉い者を此処へ連れてこい。」
「ぎ、ギルド長は今 仕事ちゅ…」
「連れてこい」
「は、はいッ!」
受付嬢はギルド長にこんな危険人物を近づけてはいけないと、勇気を振り絞って嘘を言おうとしたが、
矢三郎の有無を言わさぬセリフとその全てを知っていると思い込ませるような凶悪な目つき、そして その少しの苛立ちとでもイコールで発せられる 鎌倉武士的殺気に押されて逃げるように恐怖の言伝を持ってギルド長の執務室へ走っていった。
「…そ…その…その生首どうしたんですか?いつの間に?」
黒髪の女、ササラが尋ねる。
「なに、お主らと会う前に捕った首よ。洞窟に置いておいたが、何か役に立つやもと持ってきた。
やはり、金になりそうじゃな。」
矢三郎は歯を見せて笑う。
ーーーーー
『赤い鬣』ギルド ギルド長 マリウス・フォン・カンテゼーレ子爵はその年相応に弛んだ腹を気にしながら 足早に銅板階級冒険者の換金受付所に向かっていた。
しっかり者の評判のある受付嬢が涙で顔をグシャグシャにして執務室に駆け込んできたのだ。恐慌状態の彼女から聞き取れた情報は、「生首」「『赤角』パーティ」「妙な格好の恐ろしい男が来た」などの断片的なものだったが、ただならぬ事態が起こっていることは理解出来た。
有事に備えて腰に剣を下げ、件の場所へ向かう。
ギルド長 マリウス子爵が目眩のするような彼の父親の悪趣味な装飾に覆い尽くされた空間に中にある銅板階級冒険者の換金所に辿り着くと、
エルフらしさの欠片もなく、本当にあの高慢ちきなエルフなのかと疑いたくなるほど優しいが、かなり抜けている魔術師のペルが彼に気づき、笑顔で手を振る。
「…どうしたのだね、話があると聞いたが。」
受付嬢のテーブル近辺には何故か 腐敗臭が漂っているものの、いつも通りの「赤角」パーティである。まっとうな性格の、比較的実力のある者達が集まったこの辺境の街では奇跡的なパーティである。
他の犯罪者スレスレの連中に、
…特にあの、実力こそあれど高慢で下劣な三人の銀板階級冒険者どもに爪の垢を煎じて飲ませたいほどだ。
「拙者から話が有り申す。」
その中に紛れ込んでいた妙な風体の、妙な威圧感のある黒髪の男が話しかけてきた。革の羽織の下に 纏っている衣は一度 市に流れてきた東方のものに似ている。
その真剣な目つきと、声のトーンからなにか重大な話なのだろうと直感する。何故か断ったら殺されそうな気すらする。
今の彼は知る由もないが、その直感は正しい。
矢三郎はギルド長が彼の要求を断る、そもそも聞く気すらなかったのなら、ギルド長とその部下達を皆殺しにして 金や馬、武具など有用そうなものを根こそぎ奪い取って、ペルから聞いた情報にあった他のギルドや『きしだん』に根を作ろうと考えていたのだ。
「では、立ち話も何ですので、応接室にお越し下さい。 『赤角』の君たちも来なさい。この人の知り合いなんだろう?」
「ああ、あばと歩き巫女だけで構わん。分からぬ言葉なぞがあったら訳してもらう。パーティ長や御老体はゴブリン退治の褒賞を受け取るが良かろう」
(…歩き巫女?)
その言葉の意味を考えながらも、ギルド長は三人を応接室に招いた。
ーーーーーー
ふかふかのソファに腰掛けて、キョロキョロと部屋の中を見回す異邦人を見て、ギルド長、マリウス子爵は苦笑する。
(田舎者丸出しだな。話も大した話ではないのだろう)
しかし、この後 5分以内にギルド長は このもののふが その四十余年の生涯で彼が目にした中で最も恐ろしい存在だと知る。
「なにか珍しいものでもありましたか?」
ギルド長の言葉にはっと我に返ったその男は、ギルド長を無視していたことに素早く心にもない謝罪の言葉を伝える。
「む、之は失礼仕った。しかし 真、珍妙な部屋と腰掛けで御座るな。」
「それで、話とは何ですか?」
随分と古風な言葉遣いをする人だな、と思いながら身なりの良いギルド長が尋ねると、その妙な風貌の男は、口を開いた。
「ーーーーー 某を、銀板階級冒険者にして頂きとう御座る。」
(「「「 殺した方が早い故、恐らく貴殿がすることは無かろうが、もし必要に迫られ交渉する時は、まず 無茶な要求を吹っかけてやるが良い 」」」)
というヒゲモジャの祖父の言葉を参考に、矢三郎は非常に丁寧な言葉使いながらも傲慢不遜な要求を吹っかけた。
「…な、何を言っているんですか?」
思わぬ要求にギルド長は呆気に取られ、まんまと矢三郎のペースに巻き込まれている。
「之を照覧あれ」
矢三郎は懐から取り出したる 乾燥した赤黒い血がベットリとこびりついた三枚の銀板をパチリと彼とギルド長 二人の間にある机に置く。
「…!?これは…! 」
べっとり血のついた三枚の板に刻み込まれた名前が、彼の所有ギルド No.1の実力者のものと気づき、ギルド長は思わず肉の乗った腹を震わせ 驚きの声を上げる。
「貴殿の慧眼の通り、しるばぁぷれぇと冒険者の首に吊るしてある板で御座る。」
「ど、どうしてこれを…?」
(ふ、露骨に狼狽え出したのう。重畳重畳)
狼狽えた相手に思考力を奪わせるには大きな衝撃が必要だと敬愛する祖父は言っていた。
矢三郎は相手の鼻っ柱をへし折る言葉を、あっさりと唾棄する。
「俺が殺した。」
「な、なんで…?」
突然現れた得体の知れない風体の男が所有ギルドの看板パーティが皆殺しにしたこと、更にそれを男が悪びれず自分からギルドの持ち主である自分に白状したたこと、その他諸々の疑問や恐怖感に対する、漠然とした「なんで?」であった。
が、矢三郎は、
「手柄を奪われそうだったのだ。当然で御座ろう。」
と答えて会話を自分のペースで塗り潰していく。
格下パーティにたかるのは あの性悪パーティなら有り得ることだと納得し、幾ばくか冷静さを取り戻したギルド長は、青い顔をしながらも気丈な態度で、にこやかな表情を浮かべながらも兇悪な気配を抑えきれていないもののふに質問を投げかける。
「何故、そんなことを我がギルドに報告するのです? わざわざ殺人を自白するなど、あなたに何のメリットがあると言うのです。」
めりっととはなんじゃ? などと二、三 砂糖入れまくった紅茶を飲んでいたペルと会話を交わした後、矢三郎が言い放つ。
「なぁに、事。…死んだ連中の穴をこの某が埋めてやろうという話で御座る。」
唐突に「アンタらンとこの看板パーティ皆殺しにしてやったぜ」とのたまい、思いっきり相手の鼻っ柱をへし折った後、
「俺が後釜になってやる」というブッ飛んだ提案で完全に思考を停止させると、そこからは自信満々、したり顔で有無を言わさず まくし立てる。
「拙者は銀板階級の冒険者三人を容易く皆殺しに致した。
つまり、 拙者の強さは銀板階級の位を受けるに十二分に値するものと心得申す。
貴殿としては、あの三人を失ったるは大きな損害で御座ろう? 一刻も早くその穴を埋めたいはず。
ーーーーー そこで この某と言うわけじゃ。」
数秒でばんばんばんっと条件を叩きつけた矢三郎は更にぐいぐいと迫っていく。
「さあ、拙者に早う『ぷれぇと』を寄越されよ、さあ!さあ!さあ!」
「え、え、え、」
完全に矢三郎のペースに巻き込まれたギルド長の思考は停止状態に陥っている。
矢三郎は、あまりの急展開やら諸々のせいで話を理解できないレベルの混乱状態に陥ったギルド長を見、
押して駄目なら引いてはどうかと、二言で要望を伝える。
「寄越せ、殺すぞ」
「わ、わ、わかりました! 準備が整い次第 ご連絡致します!」
矢三郎の交渉術(?)が勝利した瞬間であった。
ーーーーー
「黙って聞いてたけど酷いよなぁ、矢三郎。最後の方 カンテゼーレの旦那 泡吹いてたぜ。」
ちょこちょこと矢三郎の後を追いながらアバが言う。
「なに、この鬼世で相応の身分を手に入れる為じゃ。あの男にはこれからも世話になるじゃろうしな。」
じゃらっと音を立てて掌に収まらないほどの硬貨が入った袋をアバに見せる。
「え、それお金ですか?」
ペルが金の音に反応してひょっこりと矢三郎の手元を覗き込む。
「うむ。あの男に献上して貰うたわ」
力の弱い金持ちからの金の盗り方は、矢三郎が 彼の所領の近くで荘園を治めていた下級貴族の役人に理由をつけては金銭をたかりに行っていた際に得たスキルである。
「昨日倒したゴブリン百匹分より貰ってるんじゃねーの?それ」
彼らパーティが移動含めて三日を費やし、一人が(たまたま出現したもののふによって)重傷を負ったゴブリン退治の報酬よりも、矢三郎がギルド長から巻き上げた金銭の方が多いとは、世の中の不条理を感じさせる。
「はっはっは。白石家流交渉術の賜物よ。」
「あれは交渉じゃなくて脅迫だと思う。」
「どっちも同じじゃろう。」
異世界に転移してからたった2日目にして銀板階級冒険者を殺害、成り代わってその称号と権威を得たるは、鎌倉武士、白石矢三郎経久である。
ーーーーー
ギルド長、マリウス・フォン・カンテゼーレ子爵は嵐のようにやってきた恐ろしい異邦人の眼光と声が頭から離れず、執務室の椅子の上で縮こまっていた。
「あの男…」
(恐怖に押されて なし崩し的に銀板階級を与えてしまったが、もしやこれは天佑やも知れぬぞ…
銀板階級冒険者三人を一人で殺せる者などそうそういない。…『赤角』には束になってもあの三人を殺せるほどの実力はないし、疑う余地はない。
あそこで渋っていれば 噂を聞きつけた 別のギルドに雇われていただろう。
しかし、何者なのだあの異邦人…
ええい!関係ない!
こうなったら あの男を徹底的に使ってやる!)
そう覚悟を決めるのだが、これより後、彼が矢三郎に「使われる」ことがあっても「使う」ことはたった一度も訪れないのであった。
(あ…そうだ ペルに頼まれていた あの男の『魔力量・魔法適性検査』ができる魔術師を呼んでおかないとヤバいな殺される)
ペルが何故 矢三郎に第五位階という高レベルの即死魔法が効かなかったのか確かめる為に何気なく頼んだ、このテストがこの世界の常識を根本から破壊することになるとは、まだ誰も知らない。
珍しく血が流れなかった回ですね。生首は出たけど。
鎌倉時代も含め、日本の支配者層は天皇家が価値を保証する位の権威によって統治やなんやらが許されているわけで、位こそが最も重要なわけです。
異世界に飛ばされてしまった矢三郎が自己の活動基盤を作る上で官位として認識している冒険者の階級に執着するのはある種当然言えましょうか。
というかあれ…? 40手前だった ブクマが唐突に550超えてるとかどーなってるんだ?なんかあったのか??? ランキング入りしたとか???
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