表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/61

第十三話 Alpha’s rise & End of the Den

すいません、私生活が忙しくて投稿が遅れました…割腹して詫びたい所存です…

 目が灼ける、鼻が(えぐ)り潰される、腹の底から先程喰らった、若い頃はそれらを彩る味覚の存在すら知らなかった贅沢な味付けの食い物が湧き上がってくる。


 アルファはそのゴブリンとしては長い波乱の生涯の中で十本の指に入る苦痛を感じていた。


 なんとか今のアルファであるからこそ心の平静を保てているものの、肉体・精神共に矮小(わいしょう)であった若い頃の彼であったなら、この苦痛に正気を失い、思考を放棄して彼が生まれたこの巣穴の唯一の出入口である洞穴の入口へと駆けていただろう。


 しかし、小進化を繰り返し、強靭な肉体と狡猾な知性を手に入れ、経験を積んだアルファは苦痛に耐え、状況を分析して行動することの重要性を知っていた。


 その明晰な思考が、このありとあらゆる苦痛をもたらす煙が人間によって投げ込まれた何かによってもたらされたのだという答えに辿り着くまでにはそう時間はかからなかった。


 アルファはゴブリンの言葉で叫ぶ


『おい!誰ぞ居らぬか!』


『アルファ!俺がここに!』


『おお、お前か!』


 この忌々しい煙に嘔吐しながらも必死に忠誠を誓うアルファの元へやってきたのは、犬鼻(いぬばな)だった。アルファには及ばずとも強靭な肉体と精神を誇る犬鼻は、この、暴露すると命の危険があるが明らかな毒源から至急離れろと苦痛と嘔吐を持って警告する肺と嗅覚を押さえつけ、アルファの元へ馳せ参じたのだ。


 アルファにとっては最も必要とする副官が現れたこと、犬鼻にとっても 生涯を捧げ、ここまで引き上げてくれたリーダーを見つけられたこと、それはお互いに喜ばしいことであったが、それを喜びあっている暇はない。


『アルファ、脱出しましょう!正面出口は恐らく待ち伏せされています!…別大きな巣に移る前に襲われるとは予想外でしたが、このようなこともあろうかと、非常時に備え、狭いですが、地上への逃走穴を(こしら)えております!」


『然れど この無念、どうしてくれよう!人間風情に…またも我が王国を奪わせよというか!』


 アルファはこの小規模な百にも及ばぬ群れと、失ったかつての王国、そしてその狡猾な知性と180cmの筋骨隆々の強靭な体躯を手に入れるまでに、その身体に刻み込まれた数々の傷と同じように心にも数々の傷を負ってきた。


 仲間を失う痛み、相手にする価値もないと見逃される情けない痛み、作り上げたもの全てを灰燼に帰される痛み、圧倒的力の差を示される痛み、作り上げたもの全てを捨てて無様に逃げる痛み、同胞を見捨てる痛み


 その受けた痛みの殆どは同族や魔物ではなく、人間によってもたらされたものだった。


 アルファには人間を超えようという目的があった。彼はただの矮小なゴブリンから人間への劣等感を糧に「最高峰(アルファ)」へ躍進(やくしん)した。王国も築いた。


 人間など取るに足らぬ存在になった、最高峰(アルファ)である俺に率いられたゴブリンこそ、世界中の種族の最高峰(アルファ)だと思い込んでいた。



 しかし、突然現れた、たかが数人の人間によって全てを失った。彼がこれまで殺した冒険者とは質が違った。彼の血を受け継ぐ数百のゴブリンはあっという間に屠られ、死体の山を築いた。


 お気に入りの息子達であり、彼の体躯と知性をそっくり受け継いだ優秀な数十人の戦士達も足止め程度にしかならなかった。


 考え抜いた良き名を与え、統治する土地を与えた三人の最も精強な息子たちも、二人の冒険者を(たお)し、一人に重症を負わせるのみで、惨たらしく殺された。


 彼らを殺され、激昂した俺は同じく仲間を殺され激昂するその冒険者たちの頭と闘い、手酷い傷を負い、敗れ、無様に逃げた。有象無象の息子たちを肉盾にし、逃げに逃げ、造り上げた王国を捨てた。



 そして、生き延びた。



 俺が数々の経験から学んだのは、


『生きていれば、次がある』


 だ。


 全てを失っても、俺さえ生きていれば何度でもやり直せる。



 …アルファが逃走という行為を選択するのに時はかからなかった。



 ーーーーーー


「えげつねえな、あの人」


 追跡者のアバは思わず呟く。


 目の前に広がるその男が引き起こした光景と、青黒い鉢の兜から覗く彼の極悪な笑顔を浮かべる横顔を見てのことだ。


 目を覆いたくなるような惨状、その原因をこの洞穴に投げ込ませたのはこの男であり、血と臓物をぶちまけたゴブリンの死体の山半分を一人で築いたのもこの男、矢三郎だ。




 その男は血と脳漿にまみれた棍棒を振りかぶり、後衛として茂みに控えるアバが狙いを誤って足を射抜いてしまったゴブリンの頭に叩きつけ、頭蓋を粉砕する。


 血や脳漿を引っくるめた凶悪な形の棍棒に纏わりつくゴブリンの体液を、太刀の血を祓うのと同じ、優美で洗練された動きで祓う。


「はははははっ、ゴブリンとは随分脆い鬼なのじゃのう。数十殺すのににわか作りの棍棒で事足りるとは。」


「子供並の背丈、子供並の筋肉、子供並の骨格と三拍子揃いおれば、当然といえば当然じゃて。」


 パーティ唯一の老人、イヅマがほとんど目も見えず、嗅覚も潰れた哀れな1匹のゴブリンの顔面を殴り潰しながら言う。


「然り!…それにしても 御老体、得物を持たれずに戦場に赴かれておったので、如何(いかん)とされるか気になっておりましたが、まさか拳のみで戦われるとは。」


 ゴブリンの顔面を、その鉄板を貼り付けたグローブのみで陥没させて息の根を止めたイヅマは次の犠牲者たる盲目・盲鼻のゴブリンの喉を掴みながら、矢三郎の賛辞に返答する。


「…歳を重ね、平和に暮らしておると、斧、槍、刀剣、ありとあらゆる得物の扱いを忘れてしまってのう、だが拳の使い方だけは忘れなんだ。」



 そんなことを言いながら、顔面叩き潰されれたゴブリンの死体を投げ捨てた老人は、次の次の犠牲者たるゴブリンに顔面砕きを続ける。



「はっはははは、楽しいのう、やはり、殺しは楽しい! 恩賞のある殺しはもっと楽しい!」


 洞穴の入口に陣取った矢三郎はゴブリンの頭部に正確にばこんばこんと棍棒叩きつけて目ン玉飛び出させてぶっ潰していった。


 悲鳴をあげながら穴の底から湧き出、殺されたゴブリンはそろそろ70を越えようとしていた。巣の終焉である。




 ーーーーー その時、戦場の気配が変わった。



 否、匂いが変わったというべきか。


 強烈な業の匂い、殺し、殺し、殺し、更に殺し、殺し、殺しに殺し、楽しみ、飽き、楽しみ、まだまだ血と臓物を噴き出させ、骸を踏みつけるのを楽しみ足りない癖に、何処か醒めていて 殺しを只の手段として冷静に効果的に用いる者。


 …矢三郎に似た匂いの者が、戦場に姿を現したのだ。


 矢三郎はその匂いに、少し親近感を感じた。この世界で初めて嗅ぐ、殺しに生き、おそらくは殺しに死ぬるであろう『もののふ』か、それに近い心を持つ者の匂いを嗅ぎとったからだ。


 唯一違うのは、その強烈な、人間に対する憎悪、怨念、憤怒が混じりあった突き刺すような猛毒の如き悪意であろう。それには愚鈍な駆け出しの銅板冒険者すら思わず身震いし、その人間への悪意そのものたる、金属片と骨を体に埋め込み、自ら鎧と化した強靭な戦士にして軍略家、卓越した統率力を備える首領であり、彼らに才がなければ上り詰められないであろう高みに辿り着いたゴブリンを、


 それを象徴するような高い岩場に立つ「最高峰(アルファ)」を見た。



「…なんじゃあれは。 『ごぶりん』にしてはデカいな。『大ごぶりん』と言ったところか?」


 矢三郎の言う、「大ゴブリン」が何たるかを知るギルドのメンバーは呆然としていた。


 ーーーこんな危険な相手がいるとも知らず、無計画に暗く危険な70のゴブリンがひしめく巣穴に入るつもりだったのか、そもそも助っ人である青い鎧の男が居なければ、この存在に全員でかかっても勝てたのか、などなど、言葉は違えど、彼らは皆、己が甘さと弱さをそのゴブリンの偉容から感じ取った。


 しかし、そのゴブリンは彼らなど見つめていない。眼下に、同胞たちの(かばね)の中心に立つ男、「青い獣」の目を見ていた。



 弓手として後方に残したアバが我に返り、声を張る。


「や、矢三郎!あれ、群れの長だ!あの体躯…ゴブリンロードだ!大将だよ!」



 その言葉に眉をぴくりと動かした矢三郎は目にも止まらぬ早さで、側に放っていた2.5mの弓を掴み、箙から矢を番え、その巨躯のゴブリンの頭部に矢を放った。



 ーーーーー


 ああ、あれが『青い獣』か。


 俺は納得した。そうとしか形容できない。


 狭い穴から這い上がって出た崖上から下に見えた、あの摩訶不思議な青い鎧の男。


 あのおぞましい目、あの匂い、強烈な業の匂い。殺し、殺し、殺し、更に殺し、殺し、殺しに殺し、楽しみ、飽き、楽しみ、まだまだ血と臓物を噴き出させ、骸を踏みつけるのを楽しみ足りない癖に、何処か醒めていて 殺しを只の手段として冷静に効果的に用いる者。


 その目は、爛々と輝き、俺は目を離せなかった。


 後ろの薮に潜んでいた人間の弓手が「あれはゴブリンロードだ!」と言うような旨のことを叫ぶ。


 この俺を有象無象の「君主(ロード)」風情と一緒にするとは。


 さて、逃げねば。


 踵を返そうとしたその瞬間、逃げるまで目を離さないでおこうと考えていた青い獣が思いもよらない早さで側の巨大な弓を引っ掴み、矢を放った。


 とんでもない矢だった。太く、剛直で、風を切り、夕日にあれの目と同じように爛々(らんらん)と輝く刃が飛んでくる。


 死だ。濃淡あれど幾度も幾度も感じた死の感覚。今この瞬間、最も濃い。


 思考の暇などない、避けることも出来ない、死だ。



 ーーーーー


 鏃はゴブリンを貫いた。大きなゴブリンを。大きく、賢明で狡猾、長い年月を生きたゴブリンを。







 ーーーしかし、矢が死に至る傷を負わせたゴブリンは、アルファではなかった。


 犬鼻だ。アルファと共に生きた半身は、肺を貫通した矢によって致命傷を負った。


 ぶばっと口から血を吐き、足をがくがくと震わせた白髪混じりの黒い毛を顎と胸に生やしたゴブリンは、バランスを崩し、崖から呪わしき冒険者のいる遥か下へと墜ちる前に、血塗れの顔をアルファに向けた。


 炯々とし、生命力と憤怒に満ちた目と、もはや碌に焦点も合わないくすんだ水縹(みずはなだ)の目が束の間に交錯する。




 ・・・冒険者たちは、仲間を見捨てて我先に逃げ去るゴブリンに忠誠や友情はないと言う。事実、藁の中の針ほどに少ないだろう。だが、彼らにあった感情、アルファと犬鼻にとっては、間違いなく忠誠と友情であった。



 犬鼻が地に叩きつけられるまでにアルファの姿は消えていた。



 ーーーーー


「…退き時を心得ておるな、彼奴。」


 次矢を(つが)える間もなく消えた『ごぶりんろーど』とやらに矢三郎は感嘆する。


「惜しかったですね、まさかゴブリンに身代わりになるような忠誠心があるのがいるとは驚きました。」


 稲穂のような金髪に宝珠のような青い目、スラリとした身体つき、作りもののように美しいのにどこか垢抜けないエルフの女魔術師、矢三郎曰く『歩き巫女』のペルが後ろから現れ、言う。


 駆け出しの彼女は大した戦闘魔法も使えない上、今唯一使える多数の敵に使用できる高威力の攻撃系魔法が(すさ)ぶる大量の炎の素霊を何の制約もなしに解き放ち、無差別に広範囲を灼き払う『焔災』のみであり、一体あたりの報酬がドブさらいとほぼトントンであるゴブリン征伐ではゴブリン一体たりとも消し炭には出来ず、そもそも近接戦を主とするメンバーが出張る今回のような戦闘ではメンバーを丸焼きにするわけには行かないので使えず、後衛のアバの隣で戦闘が終わるのを藪の中で待っていたのだ。


 故に、彼女はアバと同じく現れた驚異的なゴブリンの姿を冷静に観察することが出来た。



「でも、矢三郎さんに会わなければあのゴブリンロードを正面から相手にしていたって、本当にゾッとします。」


 彼女はその異世界の人間とエルフ、読者にとっては極めて美しいと感じる顔を歪める。しかし、鎌倉武士の美的感覚、そして矢三郎のツボからはことごとく外れている。そしてどこか垢抜けない。


「…この雑兵どもとその『ごぶりんろーど』が同族とは到底思えぬが」


 あの異形の大鬼とこのひねこびた小鬼と呼べるかどうかすらも怪しい『ごぶりん』が同じなら、カナヘビは龍の父親だろう。


「…ゴブリンやオークは深手を負って弱るたびに強くなり、知恵をつけるんです。」


「群れ長の『ごぶりん』は(みな)あれほどの巨躯なのか?」


「…いえ、あそこまでの体躯に成るまでにほとんどは死にます。…あれは王国持ちのゴブリンと同格か、それ以上の体躯ですよ。冒険者階級でいうと金板階級(ゴールドプレート)でしょうね… まともに戦っていれば私たちの命はありませんでしたよ…

 …矢三郎さんのおかげです。」


「首級を挙げ損ねたのは残念じゃがな。お主の話だと、鬼の首を持っていけば、『げるど』が『ぱあてい』に恩賞を支払うそうだな?強い首は価値があろう。」


 矢三郎が「カガクテキヤクヒン」によって西部地域人間語を習得した後、二人で歩きながら話した際に矢三郎は抜け目なく恩賞の出どころについて聞き出していた。


「確かに。階級の昇格に、賞金…でも、ゴブリンロードをかばったあのゴブリン、あれは多分、かなり高位のゴブリンですよ。身体が大きい上に肌の色が明るかったですし。」


「…?肌の色とな?」


「ええ。いいものを食べてる身分の高いゴブリンは身体が成長し続け、発色が、肌の色が鮮やかになるんです」


「覚えておこう。」


 そんな矢三郎のゴブリン対策の知識蓄積が行われる中、洞窟の底から声が湧き上がる




 ぎいぃぎいっぎいいぃっごゃぎゃ!



「む?まだ生きておったか。しぶといのう」


「え?どこにいたんでしょう?他のゴブリンたちは泣鬼の形相だったのに」


「大方 奥の飯蔵にでも隠れておったのだろう。戸を閉じれば痛みと嘔吐こそあれど死ぬほどではないだろうしな。

 …それで臭いが薄まり、外で暴れようと駆け始めたと言ったところか。…臭いが薄まった、か。頃合いじゃな。歩き巫女、火を寄越せ。…指のやつではないわ、松明はあるか?


 …応、頂くぞ。…お主なんでも持っとるな。…そう言えばあのすり鉢返しておらなんだな? …要らぬのか?」


「…?矢三郎さんのやることだからなにか意味があるんでしょうけど、何に使うんです?」


 ペルは呪文を唱え、灯した指先の炎に松明を近づけて火をつけ、矢三郎に手渡す。松明を持ち、洞穴に近づいた矢三郎は説明する。


「親父殿が15の時の熊狩りで、熊が駆けい出た後 臭いが消えた洞穴に松明を持って入って郎党がおってな、」


 矢三郎は手に取った燃える松明を思いっきるぶん投げた。


 十数秒後、激しく爆発が起こり、洞窟が大きな音を立てて崩れた。


 白石伝来の煙玉からは引火作用のあるガスが発生するとは、矢三郎も知らない。なんか、爆発するという事は知ってる。


 突然の爆発音、オレンジの夕日よりも更に濃いオレンジの爆炎、そしてあっという間に崩壊した洞窟。唖然とするパーティメンバーににんまり笑った矢三郎は言う。



「こうなった。」



タイトルは一応邦訳しておくと、「アルファの台頭と巣の終わり」です。


感想等頂けないとバックれる可能性大です。ブクマ・感想頂けると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ