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第十二話 Ambush

矢三郎がわざわざ自分で作った謎の物体の正体が判明します。

 

 二つの月が東の(かた)から覗き始め、夕日が差し始め、全てが暖色に染まる異世界の逢魔ヶ時(おうまがとき)、馬を置いて徒歩で森へ分け入る、胸に銅のプレートを光らせる駆け出しの冒険者たちの姿があった。彼らは一つのパーティなのだろう。そう感じさせるような一体感があった。(はた)から冒険や魔物退治にまったく縁のない農民が見てもそう感じるだろう。しかし、そこには青い大鎧と鹿皮の羽織の、2m50cmほどもある赤木の大弓を片手に持ち、矢を五十本無造作に突っ込んだごっつい箙を背負い、太刀を腰に()いて棍棒を肩に担いだ男、多岐に渡る武装の質・溢れ出る殺気を敢えて押し殺した気配・人殺しに生き、おそらくは人殺しに死ぬであろうその人生を映し出したような炯々(けいけい)とした極悪な目つき等々違和感バリバリの、小柄なれどがっちり体格の男が一人紛れていた。


 驚くべきミスマッチであったが、今の五人の冒険者と一人のもののふは一つの目的の元に集団として行動している。


 70は超えるであろうゴブリンの群れを討伐するのだ。


 追跡者のアバが見繕った最短距離を声と足音を殺してゴブリンの巣へと向かう。


(…ふん、こやつら足音も息遣いも大きすぎるわ。何より気配じゃ。殺気を抑える術すら知らぬか。


 こやつらをこの鬼世を知る足がかりとして暫く使うなら鍛えねばならんか)


 バキバキと枝や葉を乱雑に踏み潰す後ろの冒険者たちを見ながら矢三郎はそう考えていた。ふいっと首を前に捻り、正面に向き直る。矢三郎は先導する追跡者、アバを見つめる。


(…それも面倒じゃ。あの斥候、若輩なれど気配の抑え、足の運び美事也(みごとなり)。恩賞を受け取った後、他を殺してあやつだけ連れていくか?…いや、 あれはただの狩人、山のことしか知るまい)


 この後のパーティのメンバーの処遇について考えていた矢三郎だったが、この時点でもやはり、保留である。「ぼうけんしゃ」や彼らの会話の端々に出ている「げるど」などについて知るなら彼らは必要だ。


「…ついた」


 先導していた小柄な斥候がそう言うと、矢三郎はあっという間にたったったと「あば」の隣に到達した。


 他のギルドメンバーも続々と到達する。



 青い鎧のもののふは


「集まれ、策を伝える。」


 と短く言い、矢三郎はこの世界に来てから最も極悪な笑顔を心底楽しそうに浮かべ、腰の巾着から四つの物体を取り出した。わざわざ手間暇かけて準備した謎の物体だ。



 四つの物体を真ん中に、茂みの中で顔を突き合わせた五人に矢三郎はこの謎の物体の使用方法を簡潔に伝え始めた。


「良いか、袋の口から出ておる白い薄い皮に火をつけよ。さすれば即座に強く燃え出す。火がついたのを確認したら、すぐさま洞穴の中に投げよ。ちんたらしておると酷い目に遭うぞ。」


「結局それはなんなんですか?」


 エルフの女魔術師、ペルが聞く。


 矢三郎は郎党でもない彼らに言っていいものか、と思案するが、別に構わないだろうと、謎の物体の正体を明かす。


「これは、白石家秘伝、熊狩りの折、熊を巣穴から燻り出す煙玉(けぶりだま)じゃ。」


「…煙玉(けむりだま)?」


「然り。一度火をつけらば 激しく燃え、大量に出る煙は激臭を放つ。他にも二、三 危ない部分があるが、特に言う必要もなかろう。今回は敵の数が多く、穴の広さも不明故、大きめのものを大量に用意した。」


「四つが大量?」


 あからさまに舐めた口を叩くアゼルハートに矢三郎は釘を刺す。


「ぱーてぃ長、コレは細心の注意を持って扱わぬととんでもないことになるぞ。以前 熊が出て来ぬことに痺れを切らし、これを焚いた穴に入った父の郎党は肌に赤いブツブツが沢山できた挙句 しばらくしたら身体中の皮膚が(ただ)れて死んだ。」


 アゼルハートはひいっと声を上げ、まじまじとその煙玉を見つめ直した。


「…()の煙玉は一つの目安じゃ。この煙玉がヤツらの元へ届かば、ごぶりんどもは臭いに耐えかね唯一の出口たるそこの穴に殺到するであろう。そこを叩く。数で勝る相手に勝つためには、不意を突き、混乱を誘うが至極の策。穴から這い出してきた混乱し、統制の取れぬ連中を弓矢、太刀、(つぶて)、…歩き巫女の妖術も、あらゆる手を使って叩く。


 出てきたゴブリンどもを皆殺しにし、中の様子を窺う。中にまだ気配があるというのなら、穴には煙玉の届かぬような広さがあるということ。混乱の収まらぬうちに火攻めをし、焼き殺す。


 …そもそも、ヤツらが穴から出てすら来なんだら、それは煙玉が届かぬほど広い穴であるということ。諦めよ。それだけの広さの穴、どれだけの分かれ道、罠があるやも知れぬ。そして奥へ進んだ後に前後からの挟撃(きょうげき)を受ける可能性すらある。もしそうならば、皆死ぬる。手数が足りぬ故、穴に入らず、速やかに引き退く。」


 矢三郎は曲がりなりにも地頭家である白石家の棟梁である。順序立て、丁寧に、わかり易く、攻め手を説く。


 ーーー 攻める術を皆が知っていることが、特にそれが少人数の戦であれば、勝利の鍵の一つであると、矢三郎は経験から知っている。


「ぱーてぃ長、お主がこのぱーてぃの棟梁じゃ。…この攻め手で宜しいか?」


 形式だけでもアゼルハートの顔を立て、可否を問うのも別の家と組んで戦した時に得た経験則だ。後に族滅したが。


 十秒ほど客観的に見てもあまり働かない頭で考え込んだアゼルハートだが、意を決して言った。


「…あ、ああ そうする。意地は張らない。もし、敵が手に余るようならば 撤退だ。みんなの命には変えられない」


(功名に(はや)り、無策での突撃を強行するなら始末しようかと思ったが、存外 我力が見えておるらしいな、この若者。)


 矢三郎のアゼルハートに対する認識がほんの少しだけ良い方に変わった。



 茂みに腰を屈めた狩人アバは同じく腰を屈めたもののふに様相を報告し、意見を求める。


「やはり、見張りは三人。アンタの言う通り、あいつらにとっては明け方だから気が逸れてる。…どうやって斃す?」


 矢三郎はなるべく鎧を鳴らさずに洞窟側に近づき、茂みからそっと顔を出すと、欠伸という人間的な動きをする鎧を纏い、槍を担いだゴブリンをちらりと見る。アバが矢三郎の意見を求め、隣へ寄る。


 矢三郎はアバにニヤッと笑いかけ、言った。


「…その背に背負った弓矢は飾りか?」


「まさか!」


 アバは珍しくニヤリと笑い返した。



 ーーーーー


 たぁん、たぁん


 強く張られた2m超えの和弓から続けて弦を弾く音が鳴る。 やや遅れてこの世界の北方では一般的な形と素材の短弓から ぱしゅっ と一矢が放たれる。



 巨大な鏃と長大な矢柄の青い矢羽の矢が二本、声を出す間も与えず二体のゴブリンの頭蓋骨を陥没させ、脳を貫通し、後ろの岩壁に当たって弾かれる。


 遅れて放たれた短い矢は寸分違わず鎖帷子を着たゴブリンの眉間に突き刺さる。


「き」


 と、警戒音を上げかけたものの、すぐに脳の活動は止まり、ゴブリンは地に倒れ込んだ。


「…凄い威力の矢だな」


 弓を背に収めたアバが呟く。


「…そもそも弓がデカすぎるだろ…2mはあるぞ…?」


「2めぇたぁ? 白石の弓の長さは七尺五寸(225cm)が基準じゃ。訳の分からぬことを申すな。」


「赤角」ギルドのメンバーの出身地である西部と北方で使われる弓は狩猟用の短弓から発展したものであり、彼らは長弓を見たことがなかった。そもそも長弓とは短弓に比べて分布が少なく、矢三郎の居た世界でも著名な戦闘用長弓は日本の和弓とイングランドのロングボウなどのみである。

 

「… なんでそんな昔の単位を使うんだ…


 うし、じゃあ行くか…!」


 腰を上げたアゼルハートを矢三郎が咎める。


「何言っとるんじゃお主、煙玉を使うのじゃから火を付けねばなるまい。」


 矢三郎は腰から火打石を取り出す。


 異世界人たちは言う。


「え?」



 矢三郎は言う。


「む?」



 ーーーーー


「…全っつっったくもって不思議な妖術じゃ…流石は鬼じゃな、歩き巫女。」


「そうでもないと思いますけどね〜?鬼って言わないでくださいっ!」


 矢三郎はペルの指先より少し先から出る小さな火を睨みながら唸る。


「その指先の火、穴に近づくまで消してはならんぞ」


 青い大鎧の鎌倉武士 矢三郎、安物のボロっちいロングソードと急いで(こしら)えた棍棒を装備したギルド長 アゼルハート、巨大な盾は茂みに置いてハンマーのみを持ってきた全てにおいて重装備のコキュータクス、矢三郎の次に凄い気配を発する老人 イヅマの四人が片手に謎の物体改め、煙玉(けぶりだま)を片手に持って片手に得物を持ってゴブリンの巣穴へ近づいていく。


 そして、その後ろに指先に火を灯したペルがちょこちょことついていく。


 奥が見えない真っ暗な洞穴の前に立った矢三郎が言う。


「印字打ちの要領で投げろ。なに、相応の重さはある。奥まで飛ぶじゃろう。」


「印字打ちって何だ?」


「適当に投げろということじゃ。歩き巫女、火を。」


 ペルの指先の火に煙玉を触れさせるが早いか、矢三郎は鎧を煙玉をぶん投げた。


「さ、やれ。」


 三人の冒険者たちは矢三郎に続いて煙玉に火をつけ、ぶん投げる。


 15秒も立たぬうちに、洞穴の奥からゾッとするような声が湧き上がってくる。


「む、そこまで大きくないようじゃ、この穴。」


 ギルドのメンバー四人がその亡者の如き悲鳴に身構える中、極上の極悪の笑顔を浮かべた白石矢三郎経久は棍棒を片手に嗤う。


 ーーーーー


 目を潰され、鼻を潰され、口から吐瀉物(としゃぶつ)と悲鳴をぶちまけながら、そのゴブリンは走っていた。周りの兄弟たちも同じだ。


 身体の防衛反応としてどばどば分泌されまくり、目を塞ぐ涙を通してなんとか感じ取れる光の方向へ走る。


 兄弟たちを踏みつけ、押し退け、彼は後ろからたくさんの兄弟たちに押されながら耐え難い苦痛から逃れるべく、彼はオレンジの柔らかい光の元へと走る。空気から激臭が消え、体がオレンジの暖かい光に包まれる。共に走っていた兄弟たちがどたどたと倒れていく。そして、彼らの血の匂いを嗅ぎとる。彼はようやくこれが何者かによる襲撃だと気づく。しかし、彼が事態を把握する前に彼の顔面に太い荒削りの木の棍棒が叩き込まれ、彼は頭蓋骨にヒビが入るぴしぴしと言う音を聞く。


 彼は他の兄弟達と同じようにどたっと地に倒れる。



 涙が止まり、何とか見えた赤い空。


 空だけしか見えなかった彼の視界に青い、彼が殺してきたいずれの人間も着ていなかった不思議な鎧を纏い、彼の血が滴る棍棒を担いだ男が入ってきた。ほんの数秒 彼とその男は見つめ合った。


 太陽が少しだけ西へ動き、逆光で見えなかったその顔が照らし出されると、彼がこれまでも、そしてこれからも見ることはないであろう極悪な笑い顔を見せたその人間は、彼の頭に足をかけた。その毛皮の靴の感触に、その男が何をするか気づいた彼の脳は必死に抵抗しようと体に命令を出すが、既に脳のほとんどは割れた頭蓋骨の隙間から流れ出し、彼の身体を動かすことは(あた)わない。


 青い鎧の人間は足にぐっと体重をかけ、ヒビの入った彼の頭蓋骨をいとも容易く踏み潰した。


「ギィッ」


 そんな声を上げた彼の意識は、踏み潰されて陥没した頭蓋骨から溢れ出す脳汁に頭が包み込まれる、いくら優れたゴブリンの再生能力であっても取り返しのつかない感覚、死の感覚を感じ取った後、プツリと切れた。


次話では、アルファ視点からの部分もあります。


そして、謎の物体改め煙玉には激臭と糜爛材作用以外にもう一つデンジャラスな部分があります。


次回、お楽しみに!


感想・ブクマ等頂けると嬉しいです!


p.s. ギルドのメンバーは五人しか来ていませんが、何故かというと、矢三郎に腕を吹き飛ばされかけて死にかけのホルトーと馬の見張り番の精霊遣いのササラは留守番しているからです。


活躍させてやれなくてごめんよ…

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