第十一話 Be prepared!
いやあ、今回は難産でした。章が変わるっていうのは雰囲気も変わるので難しいですね。見た相手は全員殺していた矢三郎がギルドのメンバーと一緒に行動(というより命令して手足の如く使っている)のは不思議な気分でしたね。
そう言えば殺人や死体の描写が無かったのは前回が初でしたね。
投稿が遅くなってしまってすいません。2日に1度投稿のノルマは果たしてるので許してください
「…えげつねえな、あの人」
追跡者のアバは思わず呟く。
目の前に広がるその男が引き起こした光景と、青黒い鉢の兜から覗く彼の極悪な笑顔を浮かべる横顔を見てのことだ。
…時は少し前に遡る。
「 ーーーーー「『ごぶりん』とはどんな鬼なのか、知っていることを全て教えろ。全てだ。しからばこの俺の策をくれてやる。
この白石矢三郎経久、族滅には慣れておるでな。」
そう言ったその男はゴブリンの習性や活動する時間帯、住処、一般的な群れの規模などについて尋ねると、少し考えた後 ゴブリンが夜行性であると知ったことを考慮し、言った。
「良かろう。夕暮れ時に『ごぶりん』の巣に奇襲をかける。早朝は警備が緩む。『ごぶりん』共にとっては夜が昼で昼が夜というのなら奴らにとっての早朝は夕方であろう。一気に叩き潰す。俺の言う通りにしろ。」
「俺の言う通りにしろ」? 随分と傲慢なことを言う男だと思ったが、そうせざるを得ない凄みがあった。アバは改めて矢三郎という男は経験豊富な戦士だと確信した。駆け出しの冒険者のみのこのパーティには早朝の守りが薄いことを知る者はいなかったし、仮に知っていても、それをゴブリン討伐に応用することは思いつかなかっただろう。
その矢三郎という男はアバを見ると、
「そこな子供、あばと言ったか。その風体、斥候か狩人じゃな?俺が追い散らした『ごぶりん』の足跡を追え。さっき言っておった巣穴とやらを見つけて、敵の頭数と見張りの数を確認して参れ。」と命じた
「わかった。距離によるが半刻立つまでには必ず戻る。戻らなかったら、死んだと思え。」
そう無愛想にぼそりと言うとアバは矢三郎とパーティメンバーに背を向け、葉っぱをかき分けて木立に分け入ってゴブリンの足跡を見つけ、追跡を始めた。
ーーーーー
走り、走り、足がもつれて地に倒れ、数歩分地面を這って、立ち上がってまた走り出す。
ここまで焦りと恐怖が滲み出た足跡を見たのは経験豊富な追跡者で狩人でもあるアバであっても初めてだった。
(ふふ、矢三郎という男、本当に恐怖というものを知り尽くしているな)
アバは早くに母を亡くし、寡黙で激しい気性の典型的入江の民である父に男手一つで育てられ、幼い頃から猟師である父の見習いとして山へ入り浸り、人とほとんど関わらず、山では口を聞くことを禁じられていた為 一日 2、3単語しか口にしないことも多く、今では西部人間語という外国語が周りの公用語の為に余計に人と話せず、人との関わり方があまりわからない。
そのアバにとっては、足跡や痕跡の方が言葉よりも人のことを量る上ではわかりやすいのだ。
矢三郎という、アバが出会った中で最もイレギュラーで、一種の畏敬の念を抱き始めた人について、少しではあるが自分の技術で知れたことが嬉しくて、アバはふふっと笑った。一人だからこそさらけ出す感情だ。普段のアバはあまり感情を見せない。
思わずにこにことしていたアバだが、追跡している足跡の微細な変化に気づくと、その顔から表情が消える。
(ん、足跡の歩調が安定してきたな。…乱れてこそ居るが、恐怖がやや和らいだか。巣穴に近づいて安堵したというところか?…近いな。)
そう感じ取ったアバは全ての感覚を鋭敏にし、得物である手斧をしっかりと持ち直した。
ーーーーー
「でっかいウジ虫を見つけてこい」
「は?」
アゼルハートは矢三郎の言葉に困惑した。
「でっかいウジ虫だと言うておろう。腐った木の中に湧くやつじゃ。見つからなければ毛虫でも良いが、できるだけ沢山とってこい。」
「な、なんだそりゃ???」
「…? ああ、甲虫の幼虫のことじゃのう」
皺に目が埋没した頭から毛が喪失した老人、イヅマが助言する。
「わ、分かったけど、そんなもん何に使うんだ?」
「いずれ分かる。早う行かぬか たわけ。…刻がない。はよう行かぬと殺すぞ。」
その言葉に弾かれたようにアゼルハートは武器を片手に腐木を探しに駆け出した。
「ワシは何をすればよろしいか?」
老人が震えるような声で尋ねる。
「御老体にはあの若造の目付けをお頼み至す。」
「承知した。」
矢三郎は傍若無人の荒々しい武士ではあるが、老人には基本的に礼を尽くす。荒んでいた鎌倉時代の更にド辺境の矢三郎の故郷においては基本殺し合いと農業ばかりしている男が老人になるまで生きられることはそうそうない。
矢三郎の故郷で老人になるまで生きられた武に関わる男は完膚無きまでの強さか、全知の頭脳、あるいはその両方を兼ね備えている。そして、必ず役に立つ知識を持っているのだ。
故に矢三郎は老人に礼を尽くす。
老人が頼りない「ぱぁてぃ長」のあとを追うと、矢三郎は辺りの木を見回し、彼の故郷に生えていた今回必要とする木に最も似通っていた木に近づき、樹皮を毟るとくんくんと匂いを嗅ぐ。
(…うむ、まあ使えるだろう。)
そして矢三郎は暇そうに座っていた大楯のコキュータクスを見やると、
「おい、そこな大男。あそことあそこに生えておる木の皮を剥いでこい。」
と二つの木を指さして言った。コキュータクスは相変わらず何も言わずに立ち上がると、べりべりと樹皮を剥ぎ出し、二分後には矢三郎に大量の樹皮を差し出した。
「おい、歩き巫女。」
続いてエルフの女魔術師ペルに話しかける。
「なんです?」
「擂鉢か何か持っておらぬか。」
「ありますよ。すり棒も貸しますか?…はい、どうぞ。ちゃんと返してくださいね。」
矢三郎は手渡されたすり鉢とすり棒を腰の袋に入れた。
「さて、あとは他の材料と斥候の報告を待つのみか。」
そう言うと、矢三郎は太刀を抜き放ち、頭上の太枝を一刀両断にした。
ーーーーー
アゼルハートの気分は最悪だった。腐った木を剣で叩き壊して大量の幼虫を捕まえたはいいが、彼とイヅマどちらもその幼虫すべてを収納出来るほど大きな袋を持っていなかったのだ。そして彼は大枚を叩いて買った高級なワイバーンの皮膜で出来たお気に入りの薬入れに土だらけの、うぞうぞと蠢く大量の白い幼虫を入れる羽目になった。
(くそ…あのヤサブローって男が強いのは確かだし、心強いが、めっちゃ怖いし、色々嫌なんだよな…)
腰にぶら下げた薬入れからもぞもぞと動く不愉快な感覚を感じながら歩き続けた彼はパーティのメンバーが彼を待っている場所へと辿り着いた。
矢三郎、という青い鎧の男は兜を外し、岩に腰掛けて短刀でぶっとい枝を削っていた。
「何してるんだ…っスか?」
気になったアゼルハートが尋ねる。
「木を削っておる。」
億劫な様子で矢三郎が答える。
「何でだ?」
矢三郎はちらりとアゼルハートが手に持っている刃が欠けた粗鉄の剣を見、鎧の換え紐を巻き付けた手元の棍棒の持ち手をグッと掴み、立ち上がって ぶん、ぶん、と試し振りした後、(この動きにアゼルハートはびくつく)
「…これから大量の『ごぶりん』を殺すのじゃ。武器が一つでは心許ない。刃も欠けぬし、基本はこれで殴り殺す。
…貴様も棍棒でも作った方が良かろう。敵は多い。その砥ぎを怠けた安物の剣では10も斬り殺したら刃にヒビが入り、15で折れるじゃろう。その革の小物入れに金をかけるなら武具に金をかけろ。」
と彼に助言した。これからこの頼りない若者と死線を共に潜るのだ。まがりなりにも棟梁であるこのあぜるなんちゃらにあっさり死なれては困る。
「…何で敵は多いとわかる?巣の場所は知らないんだろう?」
「…あの『ごぶりん』共、お前達を襲った『ごぶりん』共は俺が最初に射殺した『ごぶりん』の復讐にやってきた連中じゃ。統率がなく、ただ衝動的に復讐にやってきただけの連中。あれらの棟梁が遣わした兵ではない。『ごぶりん』の根城には戦える者が凡そあの3倍は居るじゃろう」
アゼルハートはゾッとした。それだけの数のゴブリンが潜む巣になんの策も無く突っ込もうとしていたのだ。彼とそのパーティの力では、勝てず、無惨に殺されていただろう。
気楽に考え過ぎていた、とようやく気づいた。この男が入念に準備しているのは真っ向から戦えばこちらの数では勝てないと気づいているからだ。正面から突っ込まず、策を弄して戦いに臨む先輩冒険者たちが腰抜けなのではと思っていた自分がいかに愚かだったかようやく気づく。
青い顔をしたアゼルハートは尋ねる。
「…ああ、そうか、それで、そ、その大量のゴブリンに勝てるのか?」
「…お主に頼んだでっかい白いウジ虫がないと難しいかの。あと褒賞に望むものをよこさんとやらない。」
間髪入れず、アゼルハートはそのもぞもぞと動く「金をかけた」革の小物入れを矢三郎に手渡した。
「ほ、ほ、報酬は弾む!ゼッタイ!だから手伝ってくれ!」
「おお、取れたか」
矢三郎はその袋を受け取り、口を開いて中身を確認する。
「矢三郎さーん!水入れてきましたよー」
エルフの女魔術師ペルが手に水を入れた洗面器を持ってきた。
「重畳重畳」
その皿を受け取り、地面に置くと矢三郎は手慣れた手つきで袋から取り出した虫の腹を愛用の短刀で手早く切っていき、水を張った洗面器に放り込んでいく。
一同突然の出来事に固まる。
それに構わず矢三郎は全ての幼虫の腹を切り終え、すべて水の中に放り込んだ。
「な、なにをやっているんですか…?」
精霊遣いのササラがドン引きしながらもなんとか尋ねる。
「虫の腹から糞を出しておる。本来なら水に暫く漬けて糞を抜くが、時がない故、腹をかっ捌いて直接出す。」
すっかり茶色になった水を地面に捨てると、矢三郎はいつの間にか取り出していたペルから借り受けた すり鉢をコトッと音を立てて彼が座っている手前の作業台の岩に置いた。
何をするか気づいたペルは叫ぶ。
「え、ちょっとやめ…」
ぶちゅっにちゃっにちゃにちゃっ
水気を含み、柔らかくなった幼虫はそんな音と共に手早くすり潰された。
固まったパーティメンバーたちは最早、作業を見守ることしか出来ない。
徹底的にすり潰され、白くドロドロとした液体になった幼虫の中にぺっと唾を吐いてもう一度すり棒で混ぜる。
矢三郎は腰の袋から乾燥した大きな葉っぱを数枚取り出し、器用に幼虫だった液体を均等に葉っぱに注ぎ、液体が漏れないように葉っぱを器用に丸め、葉柄を葉身に刺して束ねると、コキュータクスに毟らせた樹皮を均等に千切り、その上に別の袋から出した黄色い粉末と黒い粉、乾燥した青い実を振りかけ、樹皮の中央に幼虫の液体が入った葉っぱを置くと、別の薄い樹皮を入れ、分厚い方の樹皮を麻紐で束ね、得体の知れない袋状の物体が完成した。
おぞましい光景でこそあったものの、あっという間にさっさっと同じ形の何かが形を成していく様は、1種の手品のようで、ギルドのメンバーは思わず見入っていた。
「…な、なんなんだそれは」
正気にかえったアゼルハートが思わず聞く。
「これは、」
説明を話し始めた矢三郎であったが、背後から何かの気配を感じ、作ったばかりの棍棒を手に取って振り向いた。
茂みから顔を出したのは矢三郎がゴブリンの巣穴探しを命じた追跡者のアバだった。
「戻った、巣穴を見つけた。」
「どのような様子だ。つけられておらぬだろうな?」
「つけられてはない 信じろ 思ったより群れの数が多い。見張りの数は三人。そこに転がってるゴブリンより重武装してる 出入口は一つ 付近を一周したから間違いない 洞窟のように見えるが多分昔の遺跡だと思う あの規模の群れが住むにしては大きさは声の反響からして小さいように見えた」
「そうか。警戒されておるな。20近く殺したから当然か 馬ではなく徒歩で近づくべきじゃな。…さて、そろそろ行くとしよう。」
かなりの手間をかけて作った謎の物体を腰の巾着に収め、手に棍棒を持った矢三郎は便所に行くような気軽な口調でそう言った。
アバはコミュ障。
ゴブリン討伐の準備だけで一話費やしてしまいましたが、数で劣る相手との戦いには万全を喫する矢三郎らしくてよかったかなと思います。
次回、矢三郎が作った謎の物体が悪夢の如き大活躍をします!乞うご期待!
ちなみに謎の物体の材料は、
ニレの樹皮、松の木の樹皮、幼虫をすりつぶしたもの、名称不明の乾燥した青い木の実、マツの葉っぱ、小便をかけて乾燥させた葉っぱをすり潰した粉、硫黄、自然砒をすりつぶしたものなどなどです。