第九話 危険なスカウト
天然エルフ娘VSバルバロイ鎌倉武士 レディファイッ!
「こんにちはー あのっ、ゴブリンを退けてくれてありがとうございます!」
にこにこと笑うエルフの女魔術師は無警戒に矢三郎との距離を詰めていく。
(…なんじゃこの女鬼?俺を恐れぬのか。味方を1人殺されたのに恐れをなさぬか。小鬼とは違う性質の鬼のようじゃ。)
距離を詰めてくる女が何なのか二、三段階の思考を挟んだ後、矢三郎は彼が最もあり得ると考える結論を出した。
「何じゃお主、歩き巫女か?」
歩き巫女とは、かつて日本に多く存在した巫女の一形態で、特定の神社に所属せず、全国を遍路し、先祖や土地神などへの祈祷、神々からの言葉を伝える託宣、一般の人々に教えを説き、寄付を集める勧進などを生業とし、生計を立てていた。
一部の歩き巫女は性的な行為を生活の足しにしていた。当然 滾りまくっている鎌倉武士も厄介になるわけだが、賢者タイムになった鎌倉武士はカネを払うのが癪で、刀をちらつかせてタダで終わらせようとする。挙句には血の気の多い彼らは口論の果てに相手を斬り殺してしまったりすることも多かった。
殺人への忌避感の薄さ等も含めて人間よりもケダモノに近い鎌倉武士の行いを正すべく制定されたのが、かの名高い「御成敗式目」である。
以下が簡単に抜粋したものとなる。
・みだりに通行人や旅人を殺してはいけません
・やんごとなき身分の人妻と関係を持った者は所領半分没収します、所領がないなら流罪
・路上にいる女性を拉致するのは禁止
・暴力事件が起こったら見物に行くのはいいけどどちらかに加勢するのはいけません
・朝廷の土地を奪ってはいけません。平安末期からやってるんだからいい加減やめましょう
・抗争や小競り合いの元になる悪口を言う奴はどんなに小さな悪口でも牢にぶち込みます 重大な悪口の場合は流罪に処します
ーーー 幕府の統治がギリギリ及ぶような辺境の地頭である矢三郎は上記の決まりを一つも守っては居なかったし、そもそも御成敗式目を知っていたかどうかすら怪しい。
しかしともかく、矢三郎はペルをそのたまたま巫女と似通っていた魔術師の服装からペルを歩き巫女と認識したのだ。
(…むう、鬼どもめ、なかなか賢しいではないか。この俺に恐れを為して女を当てがい味方に引き込む気か。)
かなり間違っているように見えるが、彼らが矢三郎の力に恐れをなしていること、味方に引き込もうとしていることなど、重要な部分は全部合っている。若さ有り余る矢三郎としても、ここで女を貰えるというのなら願ってもない。ちょっとであればあの鬼どもを長生きさせてやっても良い。
「だが…鬼だ」
歩き巫女と言えど、鬼である。長いまつ毛はいいとして、そのくりくりとした青い目、秋の稲穂のような色合いの金の髪、白い肌は矢三郎のツボに一つもハマらなかった。
しかし、尊敬するじじ様でありヒゲもじゃであらゆるところから色んな毛がはみ出していた祖父の剛勇の毛だるま男、白石荒人征久に曰く、「添え膳喰らわぬは男の恥、いや、白石の恥じゃ!それどころか、女がいたら問答無用で犯せ!」である。
(…良かろう。添え膳喰らわぬは白石の恥!幾ら面妖な姿の鬼と言えども犯してくれよう。)
覚悟を決めた矢三郎は歩き巫女の女鬼の方へ歩を進め始めた。
ーーーーー
不思議な青い鎧を着た小柄だけどがっちりした身体つきのその人は、話しかけた私の方を見た。目つきが少し怖い人だなと思った。暫くその人は私の顔を睨みながら眉頭のほうにぐっとシワをつけて何か考え込んでいる様子だった。それでも手に持っている、一度パーティを組んだくしゃくしゃの髪をしたぶっきらぼうな浅黒い肌の異邦人が持っていた剣、なんと言ったか、そう!湾刀に似た剣を何時でも斬りかかれるように持っているあたり、生粋の武人なのだろう。ますますゴブリン討伐の手助けをして欲しくなった。何としてもこの薬を飲んでもらわなければ。
もう一歩進むと、ぐっとしかめていた彼の眉がほわっと上がり、眉尻が下がった。納得したようにその人は何か分からない言葉で呟いたが、やがてまた眉頭にぐっとシワを刻みつけると、またまた考え込んでしまった。やっぱりまだ湾刀の切っ先を下にして構えている。この人はきっと思いつきで行動せず、何事もきっちり安全を考えてから行動する人なのだろう。アゼルさんに爪の垢を煎じて飲ませたいものだ。
考えるのを邪魔してはいけない。そう考えてしばらく話しかけるのを待った。
(正しい判断である。もしここで邪魔をしていたら矢三郎はペルを見た目が気に入らない上にウザったい歩き巫女と判断して斬り殺し、残りのギルドのメンバーに奇襲をかけ、皆殺しにしていただろう。)
何かを決めたような表情を浮かべたその人は、ぐっとしかめて下がった眉頭をますます下げて、上がった眉尻をますます上げて、シワをもっと深く刻み、何かを覚悟した様子で私の方に歩いてきた。
(この機を逃す手はない!)
そう考えた私は、懐から「カガクテキヤクヒン」とやらを取り出し、彼に向かって差し出した。
「これ!呑んでください!」
ーーーーー
(む?なんじゃこれは?)
何やら妙な飾り付けをされた瓶を歩き巫女の女鬼から手渡された矢三郎は、その瓶を振ってみる。
ちゃぷちゃぷと水音がした。
(飲み物か?)
矢三郎は歩き巫女の目を睨む。女はニコニコと笑い、杯を傾けるような動作をする。
(やはり飲み物か。貢物のつもりか?ならば金子や武具の方が良かろうに…所詮は鬼か。この得体の知れぬ液体が飲めぬようなものなら鬼どもを皆殺して馬を一頭捌いて口直しとするか。)
中身を確認しようと太刀を右手に持ったまま、瓶の蓋を歯で噛んで引っ張る。引っ張る。引っ張る。抜けない。抜けない。腹が立ってムキになり、数度渾身の顎力で引っ張ってみたが、抜けない。激昂して瓶を叩き割る直前に、歩き巫女が声をかけ、俺の手を触り、すすっと瓶を取り上げた。
(渡したものが惜しくなって奪ったか!)
鎌倉時代の地頭として、一度所有物となったものはどんなものでも決して奪わせない矢三郎は「矢三郎のもの」を奪った女の腹に太刀をぶっ刺し、腸をぶちまけて殺そうと太刀をぐっと握り直したが、矢三郎の太刀が動くより前に歩き巫女が手慣れた手つきで蓋をキュルキュルと音を立てて外し、さっと笑顔で矢三郎に渡した。毒気を抜かれた矢三郎はその瓶の中の液体の匂いをくんくんと嗅いだ。
「酒か!!!!!!」
思わず矢三郎は叫んだ。
矢三郎に対する反応を見てま分かる通り、かなり図太いペルもその大声に思わずびくっとした。
矢三郎にとって日に五合の米と自分や弟たち、或いは郎党が捕ってきた鹿、あるいは猪の山盛りの肉、そして大量の酒こそが、一日を長らえる上で必須の燃料であった。
鹿などは山を探せばいくらでもいるだろうと獣の声を聞き分けて踏んでいた矢三郎にとって、目下の不安は米と酒であった。そのうちの一つを解決したと喜ぶ矢三郎は西部地域人間語の言語情報全てを含有した幾つかの薬物の劣化を防ぐために必要なアルコールが多く含まれる液体を一気に呷った。
あと一話で二桁到達…!次で第一章は締めくくりとなる予定です!しかし、二章以降も主人公の蛮族ぶりは相変わらずですのでご心配なく!
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