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大学受験を控えた高三の冬は、クリスマスが近づいてもいまいち味気なかった。
実際週末も予備校に通っていたし、街中で流れるクリスマスソングを聴きながら、夕方にもなれば通りすがりに眺めるあちこちのイルミネーションに少しだけ癒されるくらい。
そんな日曜の午後、またあの木々と噴水のある公園を通り抜けようとした時。
視界に飛び込んできた光景に僕は打ちのめされた。
美しいイルミネーションがともる黄昏の公園で、ひときわ大きな木の下に寄り添って佇むカップルがいた。
少し遠目だったけど、アヤノさんと進藤先生だと僕にはわかった。
二人は上を向いて木を眺めながら何か語り合って微笑みをかわし、やがて腕を組んで歩き出した。
木枯らしよりも心を凍えさせる冷たい現実を突きつけられて、呆然とした僕は失恋の事実をただ噛みしめるしかなかった。
加えて今は、受験に仕事に何からも逃げ出すことは許されなかったし、気持ちは重く苦しくなるばかりだった。
仕事の上では来年の春夏のコレクションに向けてのオファーがあったし、海外のブランドから起用するという話も来ていた。それはすごく嬉しいことだったけど。
「僕にもそこから話がきてる」
グレーの瞳を向けて英士が言った。
「お前には負けないからな」
英士は栗色の髪を伸ばしていて最近それが好評だ。
その髪を一つに束ねながら英士は僕を見て「なんか清貴ボーッとしてない?寝不足か」と言った。
僕は失恋の事実が心底辛くてやりきれなくなり、つい英士に連絡した。
そして今は彼の部屋にいる。
仕事ではライバルだけど、この気持ちを吐き出せる相手といえばやはり英士しかいなかった。
「正直この頃寝れてない」
そう言って、僕は公園で見たことを話した。
「僕は今最悪なんだ、めちゃくちゃに病んでる。でも諦められないし、うじうじしてて何かが崩れそうに最悪の堂々めぐりさ」
そう僕が言うのを英士は静かに聴いていた。
その後キッチンに立つと、お茶を淹れてソファに戻って来た。
「貰い物だけど。美味しいカモミールティー」
そう言ってティーカップを渡してくれた。
「そうだなあ、でも諦めなきゃいけないとは僕は思わないけど」
「英士、随分落ち着いてるね。どうして冷静でいられる」
「冷静じゃないさ。ただ僕はずっと昔から英文先生を追いかけ続けてるからね。たまらなく好きでも届かない、けどずっと諦めてない。先生の隣に誰かいても。僕は変わってくし大人になって今よりもっと魅力的になってみせる。英文先生から、僕を愛せないって言われないうちは諦めない」
「お前って強いね」
それに、そうか。
相手を思い続ける年月を英士はいつも成長に変えようとしてる。
「僕は強いって、そう思うようにしてる。弱い心に負けて自分から堕ちるのは嫌だ。清貴だってそう思うだろ?」
自分で心を腐らせたら確かに終わりだと思う。
それは英士のいう通り、嫌だ。どれだけ苦しくてもポジティブに美しく輝いてやる。
「僕は慰めないし、さっきも言ったけど諦めたほうがいいなんて思ってない」
そう言うと彼は立ち上がってギターを手にして戻って来た。
「さあ、清貴のために。クリスマスのことを歌った曲でも弾くよ」
それはスローでロマンティックな曲だった。
街にはアップテンポで心が踊るような曲ばかり流れてるけど、英士が弾いてくれたその曲は今の僕の気持ちに合ってとても気に入った。
低い声で英士は歌い、僕の心に固まっていた石のような悲しみは溶けていった。
「これはなんて言う曲?」
「This Time of the Yearって言うんだ」
「英士、歌もできるの。すごくいいよ」
「少しだけね。でもまだライブではやらないよ」英士が初めてはにかんだ顔を見せた。
「春に卒業したら日本であと少しモデルの仕事とライブをやって僕はアメリカに帰る。五月からボストンの大学のジャズ科に進学するつもりなんだ」
「英士、アメリカに帰るの?大学にジャズ科ってあるんだ」
「うん。日本にもジャズ科のある大学はあるけど、修行のフィールドはアメリカの方が格段に広いしね」
どうしてだろう、英士といると失恋の痛みが薄れていく。
お互いいつも忙しくて、こんな風に話したのも久しぶりなのに不思議だった。
むき出しのライバル心をぶつけても、失恋の生傷を晒してもどこか許される気がするのは、なぜだろう。
英士はまたこれから色々なジャズの若手プレイヤーとライブをすると言い、僕はそれを聴きに行くことにした。
それから間もなく僕たちは二人とも国内の春夏のコレクションに出ることが決まった。
けど二人して打診されていた例の海外のブランドの話は、結局僕に決まった。
英士は悔しがって「まあ清貴は名前もサムライぽいし、フランス人受けする黒髪のゲームキャラみたいな存在感だからそれがウケたんじゃないの?」と言った。
彼は僕をモデルにして最近作られたオンラインRPGの男性キャラのことを持ち出したのだ。
「負け惜しみか?アスラン・英士じゃアピール不足ってことさ。僕は二月はフランスだから、お土産くらい買ってきてやるよ」と僕も切り返した。