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 ライブ当日、店からの最寄り駅付近の雑貨店でアヤノさんと待ち合わせた。

 早めに着いてしまったけど、待ち合わせにとアヤノさんが教えてくれた店は北欧の素敵なデザインの雑貨を扱っていて、おしゃれで退屈しない場所だった。

 やって来たアヤノさんは眼鏡をかけていなくて、シャツドレスとヒールのあるサンダルが似合ってる。

 夜空のような深いブルーの上にパールを効かせたマニキュアとペディキュアも素敵だ。

 僕はジャズクラブデビューってことで、少し大人っぽくジャケットを羽織って来た。

「清貴くんジャケット似合ってるよ、丈もジャストだね。さすがいいバランス」

 そう褒められてすごく嬉しい。

 今きっと顔が赤くなってるだろうな、落ち着かなきゃ。

「アヤノさんも素敵です。今日は眼鏡じゃないんですね」

「コンタクトなの。見慣れなくて変でしょう」とアヤノさんが言った。

「いや、か……、そんなことないですよ」僕は危うく可愛いっていうところで焦った。

 店に着くと、英士と進藤先生らしき人が片隅で譜面を手に話をしているのが見えた。

 進藤先生も結構身長が高くて百八十くらいはあるだろう。

 年齢は三十代くらいなのかな、引き締まった体つきで少し日焼けしていてギタリストというよりスポーツマンぽく見える。

 彫りが深く日本人離れした顔立ちで、英士に向けた笑顔は魅力的で芸術家オーラがある。

 英士はというと、これまで見たことないくらい真剣な表情で先生を見つめながら言葉を聞いて、色々質問している様子だった。

 店内は満席に近く、淡い間接照明に包まれた中でスポットライトが当てられたステージは週末の優雅な大人の時間の象徴に思えた。

 やがて進藤先生が登場して演奏が始まると拍手がわき、あちこちからため息が聞こえた。

 隣でアヤノさんも小さくため息を漏らしたのに僕は気づいた。

 曲の合間に僕はそっと何度もアヤノさんの横顔を盗み見た。

 ほんのりと琥珀色の照明でも良くわかる、ミディアムの黒髪の艶めきと光の加減で象牙色に見える肌。

 長くカールした睫毛、形のいい唇には時々白ワインが運ばれて紅く引き立つ。

 今夜、この人の隣は僕のものなんだ。

 数曲演奏してから、いよいよ進藤先生が英士を紹介してステージに上げた。

「僕の若い、しかもニューヨーク育ちのイケメンモデルでもある弟子。アスラン・英士・ダウニング君です」

 会場がどよめき、英士は一瞬ちょっと照れた表情になったけど、モデルらしく綺麗な動きで客席に礼をしてステージに上がった。

 ギターにかけた彼の大きな手にライトが当たり、白く美しく見える。

 後ろの席からも女性の小声が聞こえた。

「ハーフなの?灰色の目が素敵ね」

「見てあの子、手がすごく綺麗よね」って。

 集中した顔つきの英士は先生と一緒にラベルのボレロと、それからスペインという曲を演奏した。

 いつものライバル心を忘れて僕は二人の共演に引き込まれ、気づくと盛大な拍手をしていた。

「ねえ、二人とも素敵だね」

 アヤノさんが僕に顔を寄せて来て小さくそう言うと、一層胸が高鳴って「ええ」と答えるのがやっとだった。

 ライブの後はお客さんが次々と進藤先生と英士に声をかけていて、話をしたり先生のCDにサインを求めたりしていた。

 英士も進藤先生と一緒に挨拶し、握手をしたり笑顔で写真撮影に応じていた。

「英士、良かったよ」と僕も声をかけ、アヤノさんが「来てよかった。英士くん、お誘いありがとう」と言うと、英士は飛び切りの笑顔になってアヤノさんをハグした。

「ありがとう、アヤノさん」声高にそう言いながら、彼女をハグしたまま僕に目線を向けて片眉をあげた。

 あ、こいつ。

 もしや僕の気持ちをわかっててわざとやってるのか?直感的にそう思った。

 それならまだしも、やはりアヤノさんを狙ってるのだろうか。だとしたら許せない。

 その時。

「ありがとうございました」と声がして進藤先生がそばにきた。

 途端に英士はアヤノさんをハグした腕をほどき、

「僕がとてもお世話になってるスタイリストさんで嶋崎アヤノさんと、モデル仲間の清貴です」と僕たちを紹介した。

 そばで見る進藤先生はやっぱり芸術家的なオーラがあって、差し出してくれた手はやはり大きくて美しく短く整えた爪に透明のツヤがあった。

「とても素敵で感動しました。こんな間近で演奏をお聞きするのは初めてなんです」とアヤノさんが言った。

 アヤノさんも先生と握手を交わしている。そして、曲について感想を話したりしていた。

「アスラン・英士、見直した」と僕は言って「進藤先生、マニキュアしてるの?」と小声で尋ねた。

 すると英士は笑って「アスランはやめろよ、ガラじゃないから恥ずかしい。先生のあれは爪が割れないようにコーティングしてるんだ」と言った。

「今日は未成年の僕が入るから終わる時間が早かったけど、いつもはもっと遅いんだ。ライブハウスでの演奏時間によっては全部聴けないから、早く成人したいよ」

 そう言った英士の声はちょっと切実だった。

「英士は将来本気でギタリストになりたいの?」

「うん、尊敬する英文先生と同じ道を進みたいしね。まあそれに僕はもうじきデビューすることになってるし……」

 いつもはっきりと物を言う英士にしてはちょっと曖昧な感じで進藤先生とアヤノさんを見やりながら言った。

 そう。だからアスランがどうしてガラじゃないなんて言うのかを何となく訊きそびれた。

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