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 よく晴れて日差しが強く、南風が吹く五月の午後。

 僕は雑誌の撮影に向かうため、中心街の古い大きな樹木の茂る緑が豊かな公園を突っ切っていた。


 ちょうど去年の今頃。

 僕は今日と同じように、公園のシンボルになってる石造りの古い噴水の前を横切るところだった。

 その時、同じ高校の男子の制服を着た全身びしょ濡れの誰かが噴水の淵に腰掛けているのに気づいた。

 上背があって手足が長い彼。

 俯いた横顔のウエーブした栗色の髪から、ネクタイを外した制服の上着からも水滴が滴り落ち、足元に水たまりができていた。

 携帯型の音楽プレーヤーを握りしめて眉を寄せ、目を伏せた彼は唇を噛んでいる。

 どう見ても勝手に噴水に落っこちたわけじゃなく、多分誰かとトラブったんだな。

 でも今は急いでるし、こいつに構ってはいられない。

 彼の横を通り過ぎて一瞬だけ目線を向けた時。

 彼が顔を上げ、ちょうど目線が合ってしまった。

 気まずい。

 そう思った瞬間、顔を上げた彼はあからさまなきつい目線を僕に向けて来た。

 栗色のシャープな眉とグレーの瞳を持つ白い端正な顔がはっきり見えた。

 こいつ。

 隣のクラスに編入した帰国子女のやつじゃないか。

 エイジって呼ばれてる。

 どうして僕を睨むかな。別にジロジロ見たわけでもないのに。

 同じ制服だと向こうも気づいてバツが悪いのかな、でもそれは僕のせいじゃない。

 どのみち関係ないだろ。そう思ってそのまま足早に通り過ぎて先を急いだ。

 それが同じ高校の同学年で、今では同じモデルの仕事をするようになったアスラン・英士・ダウニングとの出会いだった。

 僕は今高三だけど、一年生の時に街で買い物をしていた時にファッション雑誌のモデルにスカウトされた。

 今ではプロのモデルの仕事をしている。

 最初は緊張してばかりだったけど撮影されることが、人に見られることや見せていくことが毎日に少しずつ溶けて今では普通になった。

 身長は百八十三センチあってまだ伸びてる。

 肉は好きだけど甘いものや炭水化物は食べないようにしている。

 小学校からバスケをやってたせいで筋肉もあるスタイルが強みだ。姿勢や歩き方も勉強している。

 モデルの仲間内では露骨にライバル視してくる奴もいるけど、僕は自分なりに努力してるし仕事も順調で、これまでそう辛くもなかった。

 でも最近は違う。

 それはあいつ、アスラン・英士がいるせいだった。

 日米ハーフの英士は目立つし、彼は僕の目から見ても立ち姿がとても美しい。

 僕より後から出て来たあいつに遅れをとりたくない、心底そう思うんだ。

 つまり僕が彼をライバル視している。

 それに今日はアヤノさんがスタイルを合わせてくれる日だ。

 スタジオに入ると真っ先に、僕は目だけでスタイリストの嶋崎アヤノさんを探した。

 まだスタジオに彼女の姿はなく僕は別の部屋を探しに行った。

 アヤノさんとは雑誌の関係で僕と一緒に仕事をすることが多く、デビューの頃から僕を知ってくれている。

 彼女は黒髪をミディアムのワンレングスにしていて、身長は多分百六十を切るくらい。

 そばに立つと小さいなと思う。

 色白でメイクはナチュラルで切れ長の目をしてるけど、メガネをかけていることが多い。

 メガネは色んな形、色のを使い分けてる。四つかそれ以上持ってると思う。

 体型は背中は華奢に思えるけど、そこから腰のあたりにかけての流れが女性らしいと思ってつい見てしまう。

 それに彼女の声が好きだし、話し方にも気持ちが落ち着く。

 年は多分僕より一回りか、もう少し年上かも知れない。

 ある時、仕事後のアヤノさんが喫煙ブースで一人タバコを吸っているところを見かけてから、僕は彼女のことが気になり出した。

 今では知っている。

 アヤノさんはいつでもタバコを吸うわけじゃなくて、喫煙ブースに誰かがいると行かない。

 誰もいないときに一人だけで窓の外を眺めながらタバコを吸ってる。

 タバコを吸いながらちょっと考え事してるみたいなんだ。

 長いまつ毛と頬の線とタバコを挟む右手の指先を目で捉えて、僕は心に焼き付ける。

 その時の表情は、いつも笑顔でキビキビと仕事をしている彼女とはギャップがあって、それが僕にとってはすごく大切な秘密のように感じられる。

 一人の時に僕は、タバコを吸うアヤノさんの少しポテッとした唇の形を想う。

 もしも彼女を抱きしめることができたら、ちょうど僕の胸元に彼女の頭が埋もれるだろう。

 僕があの唇に触れられたならタバコの香りを感じる時もあるだろうか。

 彼女が好きだ。

 僕はアヤノさんが好きで、触れたいと思ってる。

 でもそれは誰にも言っていない、この二年間の秘密だ。

 「アヤノさん、お疲れ様です」と、偶然を装って喫煙ブースの横から彼女に手を振ってみたことがある。

 そうしたら、ちらっと目線を送って微笑んでくれた。

 後から思い出すと、彼女の時間を邪魔した自分の子どもっぽさを否応なく噛みしめて恥ずかしくなった。

 けど、そうしないではいられなかったんだ。

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