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Protocol;Earthbound  作者: Sierra
2章:Trübheit
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Trübheit

 森を抜けてから四日が過ぎた。


 カイルは仮の住まいを砦近くの宿舎に借り、ベルンハルト達の助けも受けつつこの町に関する情報を集めているところであった。


 過去の例からこの世界を去った者が相応にいることも途上で知り、元の世界へ復帰するという希望も得られている。


 簡易戸籍の登録にも三日前の夜に出向いた。


 ベルンハルトの父がカイルのような者を対象にして外注業務を振っていることも昨日聞き、それを踏まえて今後の資金源や活動拠点を含めた動き方も少しずつ考え始めている。

 まだ実際に会ったことはないが、これについてはベルンハルト達が後日案内してくれるという。




 さて、ひととおり集められうる情報はすべて吸収しきったのか、四日目である今日からは少しやることが減ってき始めた。

 情報が掲示してあるという役場は簡易戸籍登録の折に出向いたきり、実のところ自分の足で行って戻ってくるには少し遠かった。


 一応砦との情報共有のため朝夕だけは電信で情報が送られてくることにはなっているものの、それを待っているだけというのもいささか退屈である。


 小一時間ほどベッドでゴロゴロして悩んだ結果、散歩を兼ねてほんのちょっとだけ"商店街"なる区画を覗きに行くことにした。




 商店街という語句は砦の兵士たちの話に結構な頻度で出る。

 町にいくつかある商店街のうち砦に最も近い"南四番"とも呼ばれている通りらしい。


 実際は特になんということのない商店街なのかもしれないが、やはり別世界のものであると言われればどうしても気になるものだ。


 他に行くところもないので、百聞は一見に如かずとそこを目的地にしたのだった。






―――――




 「……結構でかいもんだな」


 立ち並ぶ大小の建物は大部分が一階を店にしており、軒のあたりに取り付けられたルーフが切れ切れにも向こうまで続いている。


 露店にはとくに何の変哲もないような青果や雑貨が並べられており、きちんとした装いの店も肉、酒、パンなどの消耗品、文具をはじめ現代の尺度で考えても大して奇異なものはない。


 たまに本格的な武具店や奇妙な雰囲気の薬屋らしい店も見えるが文化的背景を鑑みれば常識的な範囲と言える。


 (街の大きさにしちゃ並んでる物は普通っぽいが)


 とはいえざっと見回しただけで帰るのも勿体ないと思い、気に留まった店を二つ三つ詳しく見て時間をつぶすことに決めた。


 回ってきた店は最初が青果店、次に少し気にかかっていた武具店と薬屋である。


 青果店の品ぞろえは比較的イメージに近く、バナナなど高気温帯で生育するような作物もあった。

 恐らく温室のような設備がすでに開発されているのだろう。

 他には葡萄やベリー系の果実・ジャムや砂糖漬けなどの加工品が多く並べられている。


 この店を見る限り、元の世界と食文化での違いはたいして無いようだ。


 これに反し、次に見た武具店はなかなか変わったものだった。

 基本的な剣や盾・鎧といった古風な装備に加えて少量であるが銃火器が見受けられた。


 DC-TEC9や型の分からない単装式拳銃、簡易式のショットガンなど製造はしやすいが構造的に簡単なものが売られている。

 弾丸の単価は若干高いものの十二ゲージ散弾や九ミリパラベラム、三十八口径のロングコルト弾があった。


 店主は六、七十台ほどの老人。


 聞くところによると別の商店街にはもっと複雑な火器も製造・販売するところがあるらしいが、この店では他から購入したものしか販売できていないという。

 なんでも製造までできるような若い働き手はもう家にいないらしい。


 雑多な既製品をただ売るだけでも売り上げは伸びるはずもなく、彼は火器類が一通り売れたら店を畳んで隠居生活をするつもりだそうだ。


 今度通貨が手に入ったら弾丸くらいは買いに来よう、とカイルは思った。




 さて、文化の特異点である武具店を出て薬屋に入ったとき、今度は"ようやく"異世界に踏み込んだ"という実感がわいた。


 店内中央の卓に置かれた地球儀のような台座付きの硝子球の中に、なにやら発光する青色の鉱物が浮かんでいるのだ。


 全体的にほの暗い店内、奥のカウンターに立っていた店番の老婆も心なしかハイ・ファンタジー的な雰囲気だ。


 陳列されているほかの商品は幾何学模様の刻まれた箱、寄せ木細工のような何かのような使途不明の物品から身に着けるアクセサリー類、瓶詰にされた砂や石といったものが大半である。

鎧や刀剣も扱っているらしいが武具店の時とは違い、全体的に高価格帯に属する。


 店全体を一瞥し終え、カイルはここにある商品らこそこの世界のエッセンスなのではないか、との考えに駆られた。

 今まで見てきた店のものは新旧入り交じっているだけだったが、ここは完全に異質といえるからである。


 そこで彼は手始めに、店に入ってから最初に目についた硝子球に着目してもう少し詳しく観察してみることにした。


 真鍮様のくすんだ金色をした台座のデザインはやはり地球儀そのもので、傾斜付きで乗っかった半円の縁に硝子球がついている。


 球の中に浮かぶ鉱物は自然精製されたもののようにとがった構造をいくつも持っており、全体としてみれば概ねひし形をしている程度だ。


 直径は縦が十センチ弱、横は二、三センチといったところだろう。

 くすみを含むが概ね透明で、中心付近に何らかの光源を持っているようだ。

 その光が鉱物本体の発光の正体である。


 何に使うのか見当もつかない物品だが、値札を見れば比較的安いほう(生憎こちらの貨幣制度は良く知らないので桁で判断している程度だが)だろう。


「――それは特異性の影響を受けた青蛍石の類いよ」


 と、不意にかけられた声に振り返ると店番の老婆が居た。



「特異性?」


「ええ。"トリュープハイト"ってものは聞いたことがあるかしら?」


「いえ。なにぶんここにきて日が浅いもので……」


 老婆の言うトリュープハイトとはドイツ語でおよそ"混濁"を示すものであったとカイルは記憶している。


 第二言語としてわずかに習った延長で分からないでもないが、物品を示すにはいささか不適切なTrübheitがなぜここで出てきたのかは疑問であった。


 そも、この老婆は英語で話している。


「トリュープハイト――それを指す名詞として訳すなら不純物ね――というのはこのあたりで、なにか普通の科学や論理では説明しえない物を総称してそう呼ぶのだけれど」


 老婆は後ろを向いて、壁にかかっていたネックレスに視線を向けた。


「この町の裏にある霊峰と東南の樹海では、ことにその類いがよく獲れるのよ。それをこうして加工したりして売ってるのがここよ。ときおり看板のせいで薬屋と間違えられることもあるのだけれどねぇ」


 彼女はそう言って冗談っぽく笑う。

 なるほど、瓶詰の物体を見てやはり薬屋の類なのかとは思っていたが見当違いであったか。


 なにせ看板のロゴに瓶が描かれているうえ、何屋という主張を含まない店名であったために気づけなかったのだ。


「恥ずかしながら俺も薬屋とばかり……」


「仕方ないわ。それに薬になるものだってそれなりには売ってるから」


 老婆はカウンターに近づいて瓶を一つとってきた。


 中身はビー玉のような青みがかった透明の球で、ひとつあたり直径一センチにも満たない小さなものだった。


「これは見た目硝子っぽいけど、口から摂るものなのよ」


 こちらに向けられたラベルを読むと、『[医薬]スローン晶類 [効能]慢性的な疲労、悪心、動悸など心身の倦怠に関係する症状』とある。


 言いたいことはわからないでもないが、薬としてはいまひとつあいまいさを持つような気がしないでもない。


「スローン晶類……鉱物の類なんですか」


「ええ。でもこれは――字面はすこし奇妙かもしれないけれど――純粋な"不純物"ではないの。おもに"不純物"に関連するなにかの影響によって、もともとあった鉱物が変質した物ね」


「さきほどの"特異性の影響を受けた"とはそういう事ですか」


「そう。あれは比較的ありふれた素材だけど、あの形に生育させるのに苦労したとかだったわ。つまり特異性そのものに価値があるのではない、さしずめ美術品というところね」


 瓶をもとの位置に戻した老婆は地球儀状の硝子に向き直る。


「青蛍石ももともとは受けた光を蓄えて光ることはできるわ。けれどこうなったものは特別なのよ。自ら光るのはもちろんだけれど、ちょっとこの部屋を見渡してみて」


 カイルは言われた通りにもう一度店内を見回した。


「特に変わった様子はなさそうですが……」


「ふふふ、実はこの石以外に照明を置いてないのよ。つまり、この眩しくもない発光が部屋全体を照らしてるの」



 カイルは感嘆した。


 この、ほんの懐中電灯ほどの小さな光が部屋全体にいきわたっているとは、言われるまで気づかなかった――もとい、言われなければ分からないことだった。


「こういう美術品ならまだ安くてすむけれど、またこれを取りに行く人たちが使うようなものもあるのよ。そっちは入手も苦労するから高くって」


 老婆はつぎに、背後の棚に置いてある瓶詰の義眼を手に取った。


「これは純粋なもののひとつよ」


 ラベルには『[代替機関]第五類"魔眼"[機構]望遠、暗視』と書いてある。


「これは義眼なんだけどね、魔眼というくくりで似たようなものがいくつか手に入ることがあるのよ。六つ分類があって、完全に癒着して視覚を復旧したり義眼として優秀な第六類から拡張機能がついてる第一類までで分けられてるわ」


「純粋な、ということは完全に天然のものですか。分類があるとなると、それも一応は安定した供給が?」


「ええ。だから他よりちょっとだけ安く売れるのよ、義眼だけに目玉商品ね」


 その言葉に両者は小さく笑う。



 と、どこからか鐘の音が市街に鳴り響いた。


 慣れない音色だが、なんのことはない、正午を知らせるための鐘であることをカイルは数秒遅れで思い出して老婆に言った。


「いいものを見せてもらいました、ありがとうございます。今日はそろそろお暇させていただきますが、また十分に懐が温もったらお邪魔します」


「いえいえ。売り物の値段が値段だから、私も退屈してたのよ。是非遊びに来て頂戴な」


「はい」


 カイルは笑んでそういいながら、あとで仲間と出会えたら彼らもと言いかけた言葉を飲み込んのだった。

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