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Protocol;Earthbound  作者: Sierra
1章:異境
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長い夜の門扉

前回に引き続き説明回。


 部屋の中は幾許(いくばく)か、沈黙と紅茶の良い香りだけで満たされていた。

 手持無沙汰(てもちぶさた)な妻はいつの間にかアイゼンシュタインの横に座り、しおらしげなレイチェル達を眺める。


 意外にも先に沈黙を破ったのはレイチェルだった。


「さて、そろそろ次のお話を伺いましょうか」


 その様子を見て安堵(あんど)したように顔をほころばせるアイゼンシュタイン。


「ええ。次はこの町で行動するにあたって利用できる、行政が提供しているシステムのことについてです。カイルさんを探すにも役立つかと思いますよ」


 行政がすでに何かの対応策を持っている、というのを聞いて少し部隊の緊張が緩んだ。


「端的に言えば簡易的な戸籍です。早い話、この件についてもそれを使用することによって相互に合流の確立を上げようという話ですね」


 それから彼は行政のシステムについて詳しく話した。

 まずそのシステムとは人・モノの流入が増え始めた数十年前から施行されたものであり、はじめは前後不覚にも等しい哀れな漂着者を少しでも落ち着かせようという意図で始められている。


 漂着者は行政の持つリスト(簡易的な戸籍)に登録することで、一定期間付近の宿泊施設の使用されていない部屋といったスペースに無料で住むことができる。

 宿泊客としてのサービスは盛り込まれていないが、善意で食事などを提供する場合が多かったようだ。


 もちろん民間で泊めてくれるところが見つかれば必要はない。

 食料や生活必需品の入手についても優遇がなされる。

 そしてある程度生活が落ち着いてきたら、現地住民と同様の待遇で職を持つことができた。


 この後で生活するに満足な給与が得られたと判断が降り、本人の要求がなければ優待は徐々に終了されていく仕組みだ。


 ここ二・三十年ではさらに技術の取り込みが重要視されたのかさらなる追加条項もある。


 既存のものではない技術を用いて仕事を行う、研究に参加するなどの働きをする場合には優待の半永久的続行が認められ、さらなる更新では新たな優待を追加していくという太っ腹ぶりを見せているのだった。


「とまあ、こんな具合です。皆さんのようにはぐれてしまったというときの助けにももちろん使われていますし、永住するといって本戸籍を取得する場合にスムーズな処理ができるよう貢献してもいますね」


 彼女にも安堵の色が見え始めた。


「なるほど、それはありがたい」


「今日はもう日も落ちてますから、また明日にでも役場へ登録しに行きましょう。しばらくはうちの屋根裏部屋をお貸ししますよ。あとそうだ、ザラ?」


 茶を持ってきて以来ずっと無言で(たたず)んでいた妻が口を開く。


「夕飯でしょう? ちゃんと作って出てきたから大丈夫よ。もちろん、皆さんの分もね」


 にこやかにそう言ったザラのおかげで、場の空気はまた少し和やかなものとなった。

 レイチェルも微笑みながらそれに礼を返す。


「どうもありがとうございます」


「いえいえ。さあ、温めてきますからちょっと待っててくださいね」


「はい」


 廊下へ向かいソファを立ったザラに対し、沈黙していた部隊員たちも会釈(えしゃく)を伴って見送る。


「またできたらお呼びしますね」


 半分ほど身がとをくぐったとき、思い出したように振り返ってそう言う。

その頭上にある壁掛け時計が十九時四十五分を指していた。


……



 三時間後。

五人は食事を済ませて風呂も借り、屋根裏部屋に戻って小会議をした。


 クリフの端末にアイゼンシュタインから聞いた情報のすべてを書き込んで整理し、今後どうするかを話し合うはずだったが具体的な決定には至らず。

 この日はとりあえず体調を崩さぬようにと就寝となった。



 ベッドに横たわったレイチェルはしばらく寝付けなかった。

 クリフも再三寝返りを打ち、なかなか寝苦しそうにしているのが見える。


 しかし、他の三人はべつだん変わった様子を見せていないようだ。


 窓を開け放ち空を見上げている、奥地育ちの常に穏やかなウェバー。


 最年少の二十一歳でありながらどこか老獪(ろうかい)な雰囲気を漂わせるパッカー、見たままの強靭さを持つセドリック。


 この三人は何もおかしな事などなかったかのように振る舞っていた。

 レイチェルとの性別差こそあれ彼らの適応能力は卓越したものだ。


(……カイルはどっちなんだろうな)


 少佐は一人だけここに居ないカイルの振る舞いを想像してみた。


 この三人に比べればまだ少し青い気もするが、地の強さは(あなど)れない。


 窮地の中に在って、例えばいけしゃあしゃあとしているのがパッカーならばカイルは黙々と動くタイプだろう。

 もしそうであったなら心強い。しかし彼女は同時にどこか寂しさというか、あるいは負い目のようななんとも言えない感情を抱いた。


 身長百七十センチ、ショートカットの銀髪。

 異境に煌々と煌めく星の光を(たた)えて輝くような白い肌、寝台を()す軍人らしからぬ細い四肢。


 レイチェル・サングスターは年下の部隊員たちよりも己自身の青さを思った。


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