異境との邂逅
ここからはカイルの部隊員たち視点です。
「――少佐。生きてます? 少佐?」
目が覚めた時、レイチェル・サングスターは見覚えのない、何か古めかしい建物のベッドに居た。
「うー……あぁ、セドリックか。ここは何処だ?」
「詳しくはまだ分かりませんが、かなり古い民家か宿のようなものかと」
「そうか。よし、とりあえず全員集まって状況を報告」
レイチェルの号令一下、部屋にいる彼女の部下達がぞろぞろと集まっては皆一列に並んだ。
向かって左から順に黒人らしい大柄な男がセドリック、その隣の中性的なボブの金髪がクリフ
次にくせ毛と黒縁の眼鏡が特徴的なパッカー、大人しそうな顔つきだがセドリックにも劣らない大柄のウェバー。
(特に皆怪我はなさそうだな。セドリック、クリフ、パッカー、ウェバー……カイル)
「カイルはここにも居ないのか?」
セドリックが答える。
「ええ。まずいことに通信もつながりません」
すかさずクリフが補遺に入った。
「衛星が使えれば簡易信号で連絡できると思うんですが、なぜか接続できないんです。……何が起こっているのか分かりませんが、ローカル無線や内部データの参照といった機能は何の問題もなく使えました」
宇宙技術の目覚しく発展した今、アラスカ程度ならほぼ電波の飛ばないところはない。
強力な阻害装置か何かが使われていれば別だが、それならローカル無線が生きている事と辻褄が合わなくなる。
「衛星? ……おかしいな。他に何か手掛かりは?」
「カイルの事ではそれだけです。この部屋については屋根裏部屋のような場所らしく、下の部屋を経由してパッカーがここの階下を調べたところちゃんと人のいる家であることが分かりました。今は留守ですがね。家主が戻り次第話を聞いてみてはどうでしょう」
「人がいたか。それなら色々と聞けそうね」
辺りを見回してみると、確かに部屋の隅に梯子の掛かった四角い穴が見つかった。
傍には各自のザックや小銃、クリフの通信用大型端末など自分たちの装備がきっちり並べて立てかけてあり、いつの間にやら彼女の義肢も外してそこに置かれている。
「そういえばお前達、目が覚めた時義肢は着けていたのか?」
「外されていましたね。家主か誰かが寝かせるとき邪魔だったもんでどうにか外したんだと思いますが、まぁ工具さえあればそう難しいことでも無いですし」
「なるほど……。まあいい、装備の内容は確認したか? もしそうなら私の確認が終わり次第階下と、外に出て位置と状況について可能な限り情報を収集。現地住民と遭遇した際威圧しないよう小銃は置いていくから、ウェバーはその保全を頼む。外へは拳銃を持っていく。以上だ」
「「了解」」
少佐は荷物を手早く点検すると、すぐに行動に出た。
「セドリック、クリフ、パッカー、準備はいいか?」
「はい」
「問題ありません」
「いつでもどうぞ」
「よし。じゃあウェバー、ここは頼んだぞ」
「ええ。気を付けて」
「ああ。パッカー、先導よろしく」
「はい」
こうしてパッカーを先導に部隊は下の部屋を出て1階への階段を降り、向かって正面の玄関で計器を持っているクリフとセドリックが戸外へ出て行った。
レイチェルとパッカーは階段のすぐ右脇にある廊下に向く。
「ここはさっき僕がちらっと見てきた所です。詳しくは見ていないので、まずはここから調べていきましょうか」
パッカーは最も手前にあるドアを開いた。
部屋の中は漆喰の白い壁と穏やかな色みの木でできており、なかなか古風で味のある装いだった。
キッチンにはガステーブル、天井には丸型の蛍光灯と実用品も一昔前な感じだが、それでも周囲の雰囲気に大してアンバランスな位に感じる。
「ほう、なかなかの趣味だな」
「ですね。古いような新しいような、ちょっとアンバランスな感じもしますけど」
「そうだな。じゃあ始めるぞ、パッカーは奥のほうを頼む。余裕があれば廊下のほうもな」
「了解です」
少々室内を見て回るぶんに、どうやら家主が出て行ったのはほんの少し前だったらしいことが分かった。
ガステーブルにかけられた鍋はまだ湯気の立ったスープが入っているし、照明も付けっぱなしでいかにも急用で少し外へ出ただけといった雰囲気だ。
「パッカー、最初ここを見たのはいつだ?」
「少佐が目覚めるほんの五分くらい前です。やっぱり我々が目覚めるより僅かに早かっただけみたいですね」
「らしいな。そっちは何かあるか?」
「特には」
「よし、隣の部屋へ行くぞ」
キッチンを調べ終え隣の部屋に移ってみると、どうやらそこはリビングダイニングらしい。
ダイニング側にはヴィンテージ風の木製テーブルや食器棚が並んでおり、リビングのほうには少し上等のソファが対面するように2脚とその間に同様の幅広テーブルが一つ。
この配置からして簡易応接間として利用しているのかもしれない。
(こっちも特に変わった様子はなさそうだな……)
そうしていると外に出ていた二人が帰ってきた。
「おお、二人とも。どうだ? 何か手掛かりはつかめたか?」
「それどころかとんでもない事になりましたよ。見てください、これ」
そう言いながらクリフが背中から降ろした端末には夜空の写真が写っていた。
それを見たパッカーとレイチェルは思わず眉をひそめる。
「おい、これは……」
「なぁ、ストレージに間違って入れた合成写真か何かじゃないのか? こんなもん……俺達ぁ一体どこに居るんだよ」
映し出された夜空はあからさまに異様な星達が、しかも無数に煌めいていた。
配置自体も甚だおかしなものである。
いささか常軌を逸した構図に、サバイバルに長けたセドリックもお手上げという顔だ。
「こんなものはとても地球からの眺めとは思えません。星の明るさ、色、星座も何一つあてはまりません。おかしいのは星だけじゃない、ところどころ鮮やかな靄が見えてるでしょう。まるで星雲か何かのイメージ画像そのものだ。一体どうなってるのか想像もできません。」
「冗談キツイわね……。この建物については?」
「特に建物本体に異常はないです。漆喰が地に木や石の骨組み、中世ごろの造りです。隣もずっとこんな具合の建物が続いてますね」
「区画、もしくは町単位でこの具合ということか?」
「そうです」
「なるほど……。よし、これ以上の事を調べるのは明日日が昇ってからだ。家主が早く戻ってくるようであれば先にそちらの話を聞くことにしよう」
「「了解」」
「うむ。ではとりあえず最初の部屋に――」
少佐の言葉レイチェル関の戸が開く音が重なった。
四人が廊下に出てそちらを見やると初老ほどの男女が見える。
先に女性のほうが話しかけてきた。
「あら、お目覚めみたいですね。すみませんねぇ、旦那の迎えに行ってたもので待たせてしまって。今お茶か何か淹れますので」
続いて隣の、どうやら一昔前の将官らしい制服を着た男がこちらに歩み寄る。
「もう一人の方はまだお休みかな?とりあえずそこのリビングにでもどうぞ。おそらく混乱しているでしょうから、私から少し説明させてもらいますよ」
「あ、ええ……どうも」
四人は先程のリビングに通され、将官風の男とソファに対面するように座った。
ウェバーはパッカーに呼ばれて遅れて加わる。
「まずは自己紹介でもしましょうかね。私はギュンター・アイゼンシュタイン。この町には南北二つの砦がありまして、そこに軍人として勤めています。」
少佐らはそれにこたえる形で名乗る。
「私はレイチェル・サングスター、この五人……もとい、あと一人。本来六人の部隊の指揮を執っています。」
「セドリック・シャープです。副隊長を務めています」
「クリフ・アークライト、通信兵をしています」
「パッカー・スウィニー。偵察および狙撃、それから重機械専門の特技兵です」
「ウェバー・ソロモンです。パッカーとここにいないカイル・ホーキンスに同じく、機械担当の特技兵として居ります」
「なるほど、ありがとうございます。カイルさんとはここに来る前、一緒に行動されていましたか?」
レイチェルが答える。
「いえ、事故で少し分断されていまいた。そう遠くはありませんが……」
少し苦い顔をしてアイゼンシュタインがうなる。
「そうですか。うーむ、それでは少し厄介なことになるかもしれませんね。それについては少し前提として必要なお話しがありますが」
「前提、と言いますと?」
「信じがたいかもしれませんが、あなた方が今居るここは言わば異世界のようなもので、えー……外には出られました?」
「はい。セドリックとクリフが先程」
「視覚的に一番わかりやすいのはそれです。実はここにはあなた方のみならず多くの人が"流れ着く"のですが、皆夜空を見て大層驚かれますよ。しかも来る世界・時間もバラバラなはずなのに、です」
「はあ」
地球上のいかなる場所でもない、異星でもない。世界単位で異境に流されてしまったと飲み込むのは少し時間の掛かることだった。
「でも心配なさることはありません。そうして流れ着かれた中で帰還を望まれる方は、遅かれ早かれ元に戻れたようですから」
「そうなんですか」
「ええ。別世界に流される方、あるいは物品というのはかならず空間的に不安定な状況に曝されています。昔流されてきたある人が言うことには、わかりやすいところの"ミステリーサークル"といった怪奇現象が非常に起こりやすい――オカルト的な、そんなような状況だそうで」
「つまり"非科学的な、霊的なプロセスによって人や物を異世界へ流してしまう"状態ということですか?」
「おそらくは。その範囲は毎回そう狭いものではありませんし、いくらかの空間が群れを成すように密集して存在することもざらだと聞きます。そう離れていないであろうことを鑑みるに、この場合後者でしょうね。別な空間の影響で別世界に飛ばされたとするならば、異なる位置に流れ着いていても不思議ではありませんから。しかしそうなったとき、同じこの世界に流れ着くかどうかというのが肝になります」
「……なるほど」
レイチェルは明らかに動揺していた。
状況もイレギュラー中のイレギュラー、このような人知を超えた異境に飛ばされた際の対処など誰も知りはしない。
さらに、戻るかもわからないカイルが一番気がかりだった。
今まで多少の逆境など飄々といなしてきた彼女が具合の悪そうなのを見て、ほかの四人も少し落ち込む。
アイゼンシュタインもその様子を察しているようだ。
「さて、いきなり情報を詰め込み過ぎるのはよくありません。少し小休止でも挟んで次の話にしましょう」
そう言ったところで彼の妻が茶を持ってきた。
角砂糖とミルクの入った瓶が添えられた、香りのいい紅茶だった。




