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Protocol;Earthbound  作者: Sierra
序章:カイルの転移
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サバイバル

レーションモグモグするだけの第二話だった

 それから何とかして移動を始めたカイルは重い足を引き()って森を抜けようと試みた。

 日の落ちるまでをめどとしてできるだけ北を目指してはみるものの、一向に景色が変わる気配すらない。


「こうも景色が変わらんと精神に来るな……」


 どれだけ進めど視界の先は延々単調な色味が広がっている。

 この景色がかれこれ七時間続いていることで心身ともに疲労が蓄積していた。

 それに変わらないのは色彩だけではなく、川はおろか斜面のような地形変化すらこの森にはほとんど見受けられないのだ。


 こうも変化がないのでは進んでいるかも定かではない。


 仕方なく、気を保つ意味も兼ねてこの森について調べながら歩くことにした。


 これで分かったことは二つ。

 まず一つ目にこの泥は未知の地質だ。通常の泥からはいささか逸脱した性質がありまるで金属のようなイメージがある。

 じっと観察してみるとかすかな金属らしいくすんだ銀白色が見えてくるし、泥とは違った重い粘りを持っているのだ。


 この土壌を既知の金属で言い表すのであれば水銀がもっとも近いように感じる。


 次に分かったことは樹木について。これも見かけには単なる白い木なのだが、実際はありそうでない奇妙なものである。

 百日紅(さるすべり)のように極めてなめらかな樹皮を持ち、光反射性も高いため木漏れ日に近い個体はうっすら輝いているようにも見えなくはない。


 幹の外周はばらつきがあるものの概ね太いものが多く、それでいてほぼまっすぐに高く生育している。目測での平均全長は十五メートル前後とそこそこ背高の木であった。


 葉については幹から分かれる枝が十メートル以降にしかないのと周囲の暗さでよくわからないが「光をよく反射する比較的厚いもの」とみて間違いないだろう。

 いくら照葉樹とはいえ、植物の葉にしてはあまりにも遮光性(しゃこうせい)が高すぎるような気もした。


「ちくしょう、モヤシになっちまう」


 最後に付け足すのであれば、愚痴(ぐち)を垂れると以外にも気がまぎれるということくらいだろう。


さて、七時間十五分段階の今で、体力的にはまだ歩けそうだが心理的な疲労が好ましくないラインに入りつつある。

 一刻も早くここを出なければならないことは百も承知だが、無理に前進を続ければ更なる危険の伴うこともまた同じ。

 一応野営候補地も探しながら歩いていたこともあり休息の判断をくだした。


「今日はここで休むか。テントは他の部隊員に預けちまったから仕方ねえが、焚火(たきび)でも焚いておけば幾分マシだろう」


 テントを設置しないなら拠点設置はわりと素朴なものになる。

 今回は義肢付属のバーナーで火を起こして焚火を作り、とりあえず近辺の木を使って荷物置きやベッド替わりとして大小二つの()の子を作ることに決めた。


 木材を得るのは簡単だ。


 この義肢には長期サバイバルを想定したマルチツールが装備されているから、さっきのライター然りその機能の一つである電気(のこ)を利用して切り出せばいい。


 あとの成形はささくれ取りと目に余る凹凸だけ処理しておけばいいから結構楽なものだ。

 木材同士の固定には端材を削った即席木釘が役に立つし、特別(きし)みの元にもならない。


 こうして意外にも加工しやすい木材のおかげで作業は(はかど)って()の子はすぐに完成、少しばかり余裕をかまして椅子もこさえてみた。


「よし、この木も見る分には鬱陶しいが結構役立つな。寝台は一応樹上にかけておいたほうが安全的には無難だろうが、火も起こしたことだし飯を済ましてからにするか」


早速作った椅子に腰かけザックを開き、真空パックらしい濃茶色のパッケージを取り出す。

これが彼の今日の飯だ。


 五年度前以降改良されたLRP特殊部隊向け糧食はベトナム戦争から飛躍的な進化を遂げ、メインミール(主食メニュー)はもちろんの事コーヒーなど含むアクセサリパックも強化された。


 フリーズドライ加工で軽量化をはかるというコンセプトを保ちつつも分量、味などは実戦でも評価されていき、ついには長年"まずい"と言われてきた米軍戦闘糧食の汚名挽回にも一役買うという偉業を成し遂げている。


 今回カイルが持ってきたのはそのメニュー五番。内容はビーフシチューだ。


 中身はメインミールのシチューに粉末コーンスープ一杯、いくらかの味付き合成肉とクラッカー二枚。

 アクセサリパックには粉末のコーヒーやココア、ジュースなど飲料をはじめキャンディバーや「兵士の燃料」チョコレートバーはもちろんのこと、砂糖、塩、果てはタバスコなどの調味料とミントガムが二粒ついている。


 そのほかは生分解スプーンと耐水マッチ、紙ナプキンで全てだ。


 ただし内容が充実していても状況が状況なのでこれらは少しずつ分けて食べていかなければならない。一度に消費できる品目は多くても三つくらいのものである。

 そんなこんなで物足りない感じを抑えて今日の夕食は主食のビーフシチューで済まし、噛めば満腹中枢を刺激するといううわさを基にガムも口にした。


「ちょっとばかし足りない気もするが、飯はこれくらいでいいか。時刻は―もう二十三時……まあ防御は心もとないが、今日はこのへんで寝ておこう」


 とは言ったものの、実のところカイルはまだまだ腹が鳴りそうなくらい空腹なのだ。

腹が減って眠れなさそうな予感もしたが、とはいえそれで食料をつぶしては本末転倒だと言い聞かせつつなるべく早く眠るように努める。


 ちゃんと目が覚めてくれればいいのだが、と思いつつ彼は眠りに就くのだった。




翌日。

 疲れの蓄積が原因で深い眠りでも得られたのだろうか、意外にも目覚めは悪くない。

 あとはこの景色さえ変わればいい朝には違いなかっただろう。


「うーぅう、四時半……結構寝たな。とりあえず死んじゃいねえか、よし。なら飯だ飯」


 少し重い体を起こして地上へ飛び下りると、一緒に持って降りたザックを漁って出てきた残りの粉末スープとクラッカーを手早く食べた。

 食後のデザートがわりにコーヒーも飲む。


 このコーヒーと睡眠のおかげか心身ともにコンディションは昨日よりいくらかマシになったような気もしないではない。


 そうして食事を終えるとすぐ荷物を整理し、デバイスに記憶させている昨日の移動データをもとに今日の移動目安を調べることにした。


「昨日の時点での歩数計算からすると……最初のドンパチで走った距離も含めりゃ五十キロくらい進んだか。なのに水源や斜面の一つもないなんてな、ふざけた森だぜ」


 これもやはり昨日のごとく愚痴を垂れつつ歩き出した。

 そういえば程度だが、昨日襲ってきたようなクリーチャーが全く息をひそめてしまっているのが少し気になっている。


 木や風の音などの環境音を除けば殆ど何も聞こえないのが却ってに奇妙に感じられる。

 試しに収音を最大半径までやってみるが駄目で、あの重い足音が聞こえることはなかった。

 一応いいことではあるのだが気持ちには少し引っかかりを残してしまう。

 ますます奇妙な森である。


「……こんな時、サバイバル好きの副長ならどうすんだろうな」


泥の中足を運ぶだけの単調な作業が進むにつれ、ふと同部隊の変わり者たちのことが頭をよぎるようになる。


 カイルの所属する部隊はまだ名目上試験中の機械化機動部隊だった。

 隊長はレイチェル少佐。軍人にしては割と寛容な性格だがリーダーシップと戦闘技能は確かなもので、実際にこの人がいればどれくらい助かったことか分からない。


 副隊長のセドリック中尉もそうだ。これがサバイバル好きで、休暇中には良く海や山、ときには孤島へも好んで入っている。

 しっかり者の性格もあってか部隊内では頼られる人物だった。


 あとの平部隊員はクリフ准尉(じゅんい)、パッカー曹長、ウェバー特技兵がおり、カイルはウェバーに同じく特技兵としてここに参加している。

 皆癖のある人間だったが、性質上お互い階級や仕事を超えた付き合いもある。

 居心地のいい部隊に違いはなかった。


 すると急激にあの面々はどうしているかと不安になってきた。

既に分断されてから少なくとも丸一日は立っているし、状況からしてもし捜索が行われていたとしても見つけられることはおそらくないだろう。


 KIA(戦死)判定でも食らえば、たとえこの森を出たとしても捜索の手がない。となれば帰還にはさらなる困難が付き纏うだろう。

 そう考えたときカイルは言い知れぬ恐怖感に襲われた。

 思わず足が止まり、そばの木の幹へ座り込む。


「……」


今置かれている状況の認識が曖昧になってきた。

 自分がどれだけ起こったことを認知しているのか、入ってきた情報を整理し切れていなかったかもしれない。

 記憶している限りでは地面の崩落で本隊と分離され、そののち無線で合流位置のめどを連絡しあったのは分かっている。だがそこから何があってこうなったのかが分からない。


 もしかすれば自分は欠けている記憶の所で死んでいて、それであの世としてここへ飛ばされてしまったかのかも……などとも思い浮かんでしまう。


 考えてみればみるほど気が重くなっていった。

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