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Protocol;Earthbound  作者: Sierra
2章:Trübheit
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陸の船出

うばしゃあああああああ(またやることが増えた)

 翌朝ベルンハルトらの迎えがあってから一週間、カイルは砦の部屋を空けた。

 漁に出るまでの準備として公営資料館やベルンハルトの父、"カスパー"ベルンハルトの営む武器店を訪れたりと森での生存のための基本を固めるのだ。


 初日からの三日は彼らと同じ宿を拠点として、そこから資料館へを往復しつつ基礎情報を叩き込む。

 通常の訓練に比べれば何のことは無い、むしろあまりに突拍子もない内容であったため彼としてはゲームの攻略本を読み漁っているような感覚であった。


 この前対応したトロールという怪物の記述も比較的すぐに見つかる。

 やはりあれは頭部が弱点だったらしい。

 そもそも容積が小さいので中枢機能も集中し、ある程度体の各所にある神経節のようなもので動きを補助してはいるがやはり脳を破壊されればどうしようもない。

 骨の密度も大して無いため人以上に脆弱だという訳だ。


 逆に中枢部がでたらめに頑強なものもいて、たとえばタロスと呼ばれるものは金属質のオールド・カインドの一種である。

 これも外部の伝承に基づく名前だが、原典のタロスよろしくこの種族の弱点は足回りである。


 どこをとっても頑丈なのはかわりないが、おもに大腿動脈周辺が強度と重要度を加味して考えれば一番ダメージを与えやすい部位なのだという。

 頭部や胸部も破壊されれば構造上当然致命的ではあるにせよ、上肢の装甲の厚みがあまりにもありすぎるため五・五六ミリや拳銃弾程度ではまともに破壊できないというのが理由である。


 こういったオールド・カインド関連の情報に加えて森の地理、脱出法などを頭に詰め込んで三日の情報収集は終わった。



 続く四日目に訪れるはずの武器店だったが、行って見るとなぜかカスパーもおらず店は定休日だった。

 彼らは店の合鍵を持っていたので休みも何も気にしたことは無く、それでうっかりしていたらしい。


 とはいえ何の用も成せないわけではなく、ツェーザルが上階で留守番していたベルンハルトの祖母に断って銃弾を一マグぶんを奢ってくれ、また店のクリーニングキットと裏方の工場を借りることができた。


 彼曰く"何せ今後の新たな取引先になるかもしれんのだからな、オヤジも悪くは思わないだろう"と。


 ありがたくそれらを頂戴してカイルは銃を完全分解、クリーニングを済ませて宿に戻った。


 最後の三日は本格的に商店街での物資買い出しである。

 保存のきく缶詰や乾燥させた食料、燃料、ロープといった消耗品と野営装備の替えをとにかく買い込む。

 実はカイルが情報収集にいそしんでいる間、ベルンハルト達は先の漁で手に入れた戦利品を卸しに行っていたらしい。

 それで財布はかなり潤っていたらしく、すさまじい速度で必要なあれこれを買いあさっていた。


 その折にちょっとした小話も聞いた。


 買い物かごに三つも雑嚢がはいっていたのでどうするのだと聞くと、彼らの仕事ではこういった内部が仕切られた必要最低限の強度しかない雑嚢をほぼ毎回買い替えて使うらしい。


 仕事柄オールド・カインドとの戦闘も多くあるため、その折に破損することがザラであるためだ。

 そして雑嚢の破壊に備えて駄目になる物資が多いであろうことも考え、買い込む食料も多くするとのこと。

 確かに彼らの仕事の特性を考えれば妥当な所だろう。


 森には食料は無く、補給路もなく、一度潜れば往来含め数日から数週間街には戻れないのである。



 さて、一週間の準備期間を終えた四人は再び砦の前に集っていた。

 各人の装備はカイルを除いて簡易雑嚢ひとつと腰巻ポーチが共通、ベルンハルトはトリュープハイト以外が徒手空拳、ツェーザルは複合弓と四インチのリボルバー、フリッツは件の長剣と依然あったときと変わりない武装を携えている。


 カイル自身もそれは変わっていない。

 SR-16にMEUピストル、擲弾筒ほか持ってきた装備すべてを背負い、義肢を付けている。

 義肢の充電は付属している光充電パネルによって満充電のおまけつき。


 ベルンハルトが砦の兵士と漁に出る旨を知らせると裏手に回り、この前と同じジープに乗って門の前まで走ってきた。


「よし、そんじゃ行くぜ。しばらくは帰ってこれねぇぞ、便所行ったか?」


「ああ。よろしく頼むよ」


 ツェーザルとフリッツは何も言わないが半分笑みを浮かべ、そのまま後部座席に乗り込んだ。

 それにならってカイルも助手席に着く。


 ドアを閉めるといよいよエンジンが唸りを上げ、正面遥か先に見える樹海へと猛進を始めるのだった。



―――――




 森までの道中は時速八十キロで直線を飛ばしても一時間を超える。

 当然退屈にはなってくるわけで、装備のチェックやらをしていてもいつかは飽きるものだ。

 あとは思慮を巡らせるほかない。


 例にもれずカイルもそうなる。

 多忙を極めた準備期間で思い浮かばなかったことや忘れかけていた懸念がぽつり、ぽつりと出 始め、そしてはぐれた仲間たちのことに行きついた。


あの森に行けば会えるかもしれない、と考えたことも。


「……なぁ、このところ俺以外に漂着した他人は居ないのか?」


ベルンハルトは応える。


「ん、多分無ぇ……いや、役場見てなかったわ。わかんね」


「あ、そうだった。俺も見に行くの忘れてた」


 しばらくの沈黙。


「仲間かなんか探してんのか?」


「そうだ。ここに来る前にはぐれてな、探してる」


「ほー」


 彼は少し顎に手を触れたあと、踏み込み過ぎないよう距離を測るように聞いてきた。


「同じ軍か?」


「ああ。同じ部隊だ」


「そうか。となると同じ作戦かなんかやってるときにこっちへってわけか」


 カイルは頷いて続ける。


「隊長は銀髪の女で、それを除けば男だ。女みたいな金髪の通信兵はいるがな。副長は一番ゴツくて前の隊長を務めてた。あとはけたけた笑う眼鏡の偵察兵と、見た目ゆるそうだが背高の特技兵がいる」


「なかなか面白そうな面子じゃねぇか。是非会ってみてぇな」


「ああ。いい部隊だよ」


 ノースカロライナから上がってきたカイルにははじめ、機械いじりを除けば自分に取り柄とするところは一つもないと思っていた。

 その機械いじりも大手ソフトウェア会社に就くには若干ベクトルが違い、かといって重機などの製作というのも今一つ気が乗らない。

 最も関心があるのは義肢だったが、そこも求人はもはや満杯だった。


 最後に望みを託したのが軍用に義肢を広く使うアメリカ海兵隊。

 実はこのとき海兵隊からも特技兵の募集があり、義肢関連の資格をある程度持っていれば優先的に採用するという情報も入っていた。


 ある機械専門の、それも高等教育課程込みで六年制という奇異な大学を卒業して翌年に都会へ出てきたカイルは、偶然にもすでにそういった資格をいくつか保持していたのである。

 彼にとっては銃火器もなかなか嫌いではないし、体も運動は全くダメというほどでもなかったため、カイルはついに志願を決意した。


 もちろん実際の海兵隊の訓練、規律は当時のカイルには想像もならぬほどの苛烈なものである。

 しかし目当ての義肢には思ったより早くありつけたことと、意外にも銃火器の整備や射撃の方面に新たな才能が開花したこともあってか順調に仕事は継続できた。



 そして勤続二年のときに隊長、レイチェル・サングスターに見いだされて現在に至る。


 奇異な銀髪でありながらもそれは全く違和感のない流麗さを帯び、群青にも近い碧眼と軍人に似つかわしくないほどのスタイルにはじめカイルは驚嘆した。

 そして恋い慕ったが、今に至るまでそれを口に出したことは無い。


 長い時間を同じ部隊で暮らすうち、自分の感情を制御し続けられるまでに慣らすことができたからである。

 同じ輪の中に在って成就しない恋慕を打ち明けた者がその先どれだけの苦痛を負うか、体験したことこそなけれど、幼い日にその目で見たことがあったゆえの用心深さと言えよう。



 それでも感情が消えたわけではない。

 熱烈でも無いが、浅はかなものに希釈されているわけでも断じてない。

 今も彼女への思慕は止まず、だからこそカイルはあの森で孤独を実感したとき同時に恐怖したのである。

 そして恐怖を覆い隠すために目の前に課題を置いて、それに専念するようにした。


 本業から逸れないための矜持に見えるかもしれないが、彼はそれほどまでは自分を強いものと思ってはいなかったのである。

唐突に回収できるかすら自信のない恋愛要素が入ってしまいましたが構いませんねッ!(やけくそ)

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