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93話 「新たな従業員」

間もなく日が暮れる時間帯。宿の厨房ではシャーっと細かく泡がはじける音と香ばしい匂いが溢れていた。


「ふんふーん」


すっかり体調の戻った加賀は時折歌を口ずさみつつ、火の通ったものから順に油から引き上げていく。

ぱちぱちと泡を爆ぜる黄金色に揚がった小判型の揚げ物。コロッケである。

在庫の切れかけていたソース類も作り直しそろそろ揚げ物しても良いかなと思っていた矢先、八百屋で新ジャガを見た加賀は籠が満杯になるまで買い占める。

当分の間ジャガイモ料理が続くのでは……と思うかも知れないが宿の客は皆揃って大食らいばかり、大量のジャガイモも二日もあれば全て捌けてしまうだろう。


うー(キャベツどこいったん)


「アイネさんが今切ってるでしょー、付け合わせになるよ」


加賀の隣ではアイネが目にも止まらぬ早さでキャベツを千切りにしていく。

加賀も切ろうと思えばかなりの速度で切れるが、さすがにアイネの常軌を逸したような速度で切ることは出来ない。


「これでお終い。あとはスープを仕上げれば完成、かな」


「ありがとうアイネさん。スープは味調整するぐらいなので……盛り付けお願いしちゃって良いですか?」


良いよと快諾し揚がったコロッケを手際よく皿に盛っていくアイネ。

アイネが厨房に加わったことにより加賀の負担は一気に減った、ついちょっとまで雑談する余裕すら無かったというのに、今では鼻歌交じりに作業できるほどである。


「んっ、スープも良い感じだね。それじゃー……もう待ち構えてる人も居るし、配膳お願いしよか」


椅子に腰掛け休憩していた咲耶に声を掛けると出来上がった料理をカウンターへ列べていく。

配膳された料理は探索者達の胃にすぐ収まり、次々におかわりの声が上がる。

何時もであれば目が回りそうなほど忙しかった厨房も、アイネが加わったことにより問題なく回せているようだ。



そして余裕が出来ればいろんな事に手を出す余裕が生まれてくる訳で。

食堂から最後の一人が出て行き、従業員の遅めの夕飯が始まる、だが以前のようにその日余ったものを夕食に……と言うわけではない。並ぶ料理は宿の日替わりメニューとは別に幾つか品数が増えている。

いずれも宿で出したことのない新メニュー。加賀達は客に出す前に自分たちで味を確かめる為、夕飯の時間を利用することにしたのだ。


「うん、どれも美味しい」


一通り食べた皆の感想はどれもうまい。であった。

芋のグラタンにポータジュスープ、ポテサラ。変わったところで芋モチもある。

ジャーマンポテトは特にバクスのお気に入りとなったようだ。


「ありがとー……うん、やっぱ新ジャガおいしいね。小芋もおいしい」


丸揚げした小芋をこくりと飲み下し、空になったら皿を横に寄せメモ紙を持つ加賀。

皆も食べ終わっているのを確認するとそれじゃあと言葉を続ける。


「メニューに追加するとしたらどれがいいかな?」


「グラタンとポタージュスープにポテサラは入れてもいいと思う。グラタンは下準備しておけばオーブンにいれるだけ、スープやポテサラは作り置きが効く。ジャーマンポテトは火が通るのに時間が掛かる、その間ずっと見ているのは大変……芋を茹でておけば良いと思う、でも温いと微妙かも? 芋モチは美味しい、でも好みが分かれるかも知れない」


一気に喋りふぅと軽く息を吐くアイネ。

コップを傾けるアイネから視線をメモに戻し、ふむふむと意見を書いていく加賀。

書き終わったところで皆を見回し口を開く。


「ほかに何かあるー?」


「大体同じ意見よ。個人的には芋モチ好きだから……おやつとかで作ってくれると母さん嬉しいかな」


ほいほいと頷きメモに書き加える加賀。

芋モチは加賀も好物であるが、手間がそれなりに掛かるし、好みが分かれるという意見もありおやつで出すに留まりそうである。


「ジャーマンポテトは……まあ、気が向いたら自分用に作ればいいか」


ふむ、と呟きことりとペンを置く加賀。


「じゃあ、とりあえず3品はメニューに追加ってことで……大分追加メニュー増えてきたね」


「うん……その、そろそろ」


少しそわついた様子のアイネ。視線を加賀と冷蔵庫の間で泳がしている。


「ん、じゃあ食後のデザートにしよか」


そう言って立ち上がり冷蔵庫の戸を開ける加賀。

冷蔵庫の中にはいつものドライフルーツのケーキ。それに今日はもう一品追加がある。


「じゃ、食べてみよー。うまくできてるといいね」


各自の前に置かれた皿の上には白くふんわりとしたムース状の物体があった。

何かしらの果物で作ったであろうソースが掛かったそれをスプーンですくい一口。


「すっごいふわっふわ」


「すごい本物みたい……これヨーグルトで作ったのよね?」


ふわふわとした食感に程よい甘さとソースの酸味。

追加のデザートはクレメダンジュであった……ただしヨーグルトで作ったものであるが。


「……すごく、美味しかった。お代わり貰っても……良い?」


「も、もう食べたのね……いっぱいあるし食べて食べて。余っても悪くなっちゃうしね」


にこにこ顔で追加のクレメダンジュを口に運ぶアイネ。皿をみるとちゃっかり追加のドライフルーツのケーキが乗っていたりもする。

アイネが料理を手伝うようになってから分かった事だが、どうやら彼女はかなりの甘味好きのようだ。

加賀の料理のレシピをどんどん覚えていく傍らで、それにもましてデザートのレシピを覚えるのに夢中になっている。加賀はデザート作りは得意ではない……と言うかほとんどやったことが無いレベルであり、今ではアイネの方がデザートに関してはずっとうまく作れるようになっている。

レシピについても何せネットが使えるので調べたい放題だ、ここの所毎日食後に新しいデザートが並ぶようになっている。


そしてそんな食生活が祟ったと言うか功を奏したと言うべきか、アイネの体は急激に回復しつつある。

病的なまでに痩せすぎだった体は今では痩せ気味程度で収まっている。

血色もよく今となっては見た目だけで人ではないと気づくことはほぼ不可能であろう。


「……食べ過ぎて太らない様に、そこだけは気を付けてねー?」


「大丈夫、ある程度肉がついてからそれ以上付かなくなったから」


心配する加賀に対して出てきたアイネの言葉を聞いて目を見張る咲耶。


「羨ましいわね……食べ過ぎた分はどこに行っているのかしら……そこか」


すっと細められた咲耶の視線が向かうのはアイネの体の一部である。


「あー……世の女性が聞いたら羨むだろうね」


「そう?」


不思議そうに首を傾げるアイネ。長年骸骨で過ごしていた為その手の事には一切関心がないのかも知れない。


「ん、まー食べ過ぎには注意してね」


苦笑しつつとりあえず適当に注意する加賀。

加賀の言葉に無言で腹をつまむ咲耶……ではなくバクス。うっかりつまめてしまったのかそっとスプーンを置くのであった。


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