92話 「新たな従業員?」
最初はほんの数名だった。
「あれー、みんな今日はおやすみー?」
もう朝食の時間はとうに過ぎ、買い物から帰った加賀を出迎えたのは食堂で椅子に座りくつろぐ数名の探索者達であった。
普段なら誰もいないはずの食堂、そこでくつろぐ姿を見て珍しい事もあるのだなと思う加賀。
「ああ、この前のドラゴン戦で使った装備のメンテ終わってなくてなあ。メンテ終わるまではお休みだよ」
「予備の武器もメンテしないとだからねえ、当分お休みだよお」
探索者達がダンジョンに行かず休んでいた理由は装備のメンテが終わっていない為であった。
包丁だってまめに研がなければ切れ味は落ちる、加賀は納得した表情をみせ探索者達へ声をかける。
「なるほどなるほど。そいじゃあ皆さんの昼食も用意しないとですねー」
「お願いするよー」
数名程度の追加であればまだ対応は可能だ。
加賀はいつもより多めに昼食を用意すべく厨房へと向かうのであった。
そしてそんな生活が数日間続いたある日。
「あれ、アルヴィンさん達もお休みですか」
買い物から戻った加賀を出迎える人数が増えていたのだ。
加賀に気づいたアルヴィンは本を置くと口を開く。
「装備のメンテが終わらないのです、そんな状態でダンジョン潜るのはさすがに自殺行為ですので」
「まあ、そういうこった。加賀ちゃん悪いけど昼お願いしてもいいかー?」
また用意しなければいけない昼食が増えてしまった。
加賀はバクスやうーちゃんに協力を頼み厨房へと向かうのであった。
そして1週間が過ぎた日の事。
「……なんかほぼ全員、いや全員いますよねこれ?」
そこには食堂で思い思いの方法で暇をつぶす探索者達の姿が。
こめかみを抑えうずくまる加賀をみてチェスで遊ぶ手を止め、ガイが近寄ってくる。
「加賀さんお帰りなさいっす! 鍛冶屋がもうお手上げみたいで皆しばらくダンジョン潜れそうにないんっすよー!」
ガイの話を詳しく聞くと、どうやら一気に増えた探索者に対し鍛冶屋の数が絶対的に足らないとのこと。
人を増やせばある程度は賄える為、地方から鍛冶師を呼び寄せてはいるようだが、今度は設備が足らなくなる。急ピッチで鍛冶屋の建物を建ててはいるが作り始めてすぐにはい出来ましたとはいかないのである。
その結果がこの宿の食堂の光景である。
「とは言え鍛冶師は増えて来てますし、建物も作ってるみたいだしそのうち解消されるとは思いますよ。ただ問題は……」
「……問題は?」
ガイのチェスの相手をしていたチェスターが会話に入ってくる。
言いにくそうに言葉に詰まるのを見てまだ問題があるのかと、加賀はこめかみをぐりぐりと押しながら問いかける。
「普通の鉄を使った装備なら問題ないんですよ、ただ私たちが使う魔道具は鉄じゃないのが多くてですね……それが扱える鍛冶師となると中々居ないのです」
なので私たちは当面このままですとチェスターの言葉を聞いた加賀は魂の抜けた様子でふらふらと厨房へと向かうのであった。
チェスターに話を聞いてからさらに1週間がたった。
加賀はバスクとうーちゃんと協力し、日々の仕事を何とかこなしていた。
だが、さすがに無理が祟ったのかかなり疲労が溜まっている様子である。
今も椅子に座ってはこくり、こくりと舟をこいでいる。
「だめだー……眠い」
一応きっちり睡眠はとっているが疲労が抜けきっていないのだろう。
目の下には隈が出来ている。
「うーちゃん……ごめんちょっとだけいいかな、ちょっとだけだから」
うっ(な、なに……)
にじりにじりとうーちゃんに近寄っていく加賀。
おびえるうーちゃんを捕まえるとソファーに押し倒すようにお腹に顔をうずめる。
うー(ぎょえー)
「…………すぅ」
顔をうずめてほんの数秒で加賀は静かに寝息を立て始めた。
それを見てそっとタオルケットをかける咲耶、その顔には心配そうな表情が浮かぶ。
「たっだいまー」
加賀が寝入って間もなく玄関から聞こえてくる声。
八木である。どうやら今日は早上がりのようだ。
「あれ、加賀は?」
食堂に入ると加賀が居ないことに気づいた八木、辺りを見渡しつつ咲耶に尋ねる。
咲耶はそっと口に指をあて静かにするよう八木に伝え、そっとソファーに寝転がるうーちゃんを指さす。
「ん……? あのぴょこっとでた紅いあほ毛……加賀か」
うーちゃんのお腹からぴょこりとのぞく一房の紅い髪。それが加賀であると気づいた八木はそっとタオルケットをめくる。
「んー……」
うーちゃんに半ば埋もれた加賀の顔をじっと見つめ、次にちらりと腕に視線をやる八木。
ぽりぽりと顎をかくと、ひょいと加賀の上着のすそをめくりあげる。
「んがっ………っ」
その瞬間うーちゃんの耳が八木の目にどすりと突き刺さる。
痛みに悲鳴をあげそうになる八木であるが、咲耶に口を塞がれ声すらだせない。
そしてそんな痛みに悶える八木を燻製小屋から戻ったバクスが呆れた視線で見つめていた。
「何しとんのだお前らは……」
目を真っ赤にしながら椅子に座り、コップを傾ける八木。
その周りには同じく咲耶とバクスも座っている。
「あー、くっそ痛かった……」
「ほんと何しとんのだお前は……」
まだ呆れた視線を投げかけるバクスに八木は少しばつが悪そうに頭を掻きながら口を開く。
「いや、加賀さいきん痩せた……と言うかやつれたなって思って。頬もちょっとこけてるし、あばらも浮いてたし……まずそうだなと」
「……確かに俺もそう思う」
多少騒ぎがあったにも関わらずまったく目を覚ます様子の無い加賀。咲耶は心配そうな表情を浮かべたまま呟くように口を開く。
「さすがに昼も忙しいと……私が手伝えたらいいのだけど、料理はそこまでうまくないし……どうしたらいいかしら」
「人を増やせれば一番なんだが……もう、しのごの言ってられないなこの際誰でもいいから……いや、さすがにそれはまずいか。なら領主に頼んで……」
「それなら」
3人しか居ないはずのテーブルに突如としてもう一人の声が加わる。
急な出来事に3人はぎょっとした表情を浮かべ声の出所に顔を向けた。
「私で良ければお手伝いしますよ」
「えっと……どちら様で?」
そこには何時から居たのか、椅子に座るローブをまとったかなり痩せ気味の女性が居た、少なくとも宿にそのような女性はいない……いや正確には該当しそうな人物は一人いるが、その人は人と呼ぶにはちょっと疑問の残る人物だったはずである。
「アイネです、ようやくここまで戻りました」
加賀のおかげです、そう言って軽く微笑むのはノーライフキングのアイネであった。
アイネと聞いて頭に疑問が浮かぶバクス。確かに加賀の料理を食べていればいずれ元に戻るのでは? と言う話ではあったが、少なくとも昨日みた段階では思いっきり骸骨だったはずである。
かなり痩せ気味とは言え、人と遜色ない見た目の彼女とは程遠い状態だったはず。
「結構前から肉はついて来てたんだけどね……回復途中は見ててあまり気持ちのいいものでないから」
幻を見せる魔法を使い、ただの骸骨に見えるようにしてたの事。
それを聞いて納得した表情を見せ、アイネに頭を下げるバクス。
「ぜひともお願いしたい。この通りだ」
「ええ、喜んで」
快諾するアイネを見てほっと胸をなでおろすバクス。
アイネであれば少なくとも加賀の悪いようにはしない。それに料理の腕も悪くない、まさに渡りに船である。
「それじゃ、加賀はこのまま寝かせておいて……夕飯の準備しましょうか?」
そう言って厨房に向かうアイネの表情は明るい。
彼女なりに恩を返せる機会が来て嬉しく思っているのだろう。
宿を始めて半年過ぎ、ようやく従業員不足の解消に目途が立ってきたのであった。