80話 「ダンジョン再び」
「八木~、そろそろ出ておいでー」
例の出来事から1週間。
加賀が八木の部屋の戸をノックするも中から返事はない。
だが、加賀は諦めず言葉を続ける。
「今日はギルドからエルザさんもきてるんだよー八木に報告があるんだってさ」
その言葉に反応したように部屋の中からガタガタと音が聞こえてくる。
そしてガチャリと戸が開き中からどんよりした様子の八木が顔をのぞかせる。
「八木さん、お久しぶりです」
「エルザさん……どうも」
「それじゃボク向こういってるねー」
そう言って八木の返事を待たず部屋の前からいなくなる加賀。
残された二人は無言で目を合わせる。
「えぇっと……廊下じゃあれなんで、どうぞ中に」
「はい、失礼しますね」
八木の部屋は1週間引きこもってた割に小綺麗であった。
寝てる間に咲耶がこっそり掃除したのか、それとも自分で掃除していたのか……
それは置いておいて、八木は椅子をエルザに勧めると自分も椅子に腰かける。
「それで、報告というのは?」
「えぇ、例のお嬢様の件で」
お嬢様と聞いてびくりと体を震わせる八木、しっかりトラウマになってそうである。
エルザはその様子に気づくがそのまま言葉を続ける。
「あの件の後、屋敷に軟禁状態となってるそうです。当面屋敷の外に出ることはないとの事で……あと、屋敷の主がお詫びがしたいので一度会いたいと」
「それはむりっ」
腕を大きく交差させて拒絶の意を示す八木。
エルザは分かってますと呟き、そっと封筒を八木に手渡す。
思わず受け取る八木だが、これは何なのだろうかと首をかしげる。
「断ると思いましたので、手紙を受け取っておきました。あとで読んでくださいね」
「あー……ありがとうございます、エルザさん」
エルザに向かい頭を下げ礼を述べる八木。
「いえいえ、これで……八木さんの心情以外は大体解決したと思います、これ以上向こうから何かアクションがあることは無いと思います……ごめんなさいね、相手が貴族なのであまり強気にでれなくて」
「いやいやいや、そんな事ないですって!」
慌ててエルザの言葉を否定する八木。
エルザはその様子をみて口に軽く手を当て微笑む。
「それではそろそろ業務に戻りますね、八木さんも早く戻ってきてください……私が暇になったらご飯食べに行くんでしょう? たまった仕事を片付けて私が暇になるようがんばってくださいね」
「あっ……はい!」
エルザと話したことで気持ちの整理がついたのだろうか。
最初に顔をだした時と違い、表情は大分もとに戻っているようだ。
一方部屋の外では。
「だいじょぶそう?」
「うん、だいじょぶぽいね」
「よかったじゃねーか」
壁に張り付くように耳をあてる宿の面々、その数およそ10人。
知り合ってからそれなりに時間は経っている、やはり心配ではあったのだ。
エルザのフォローもあり何とかなりそうだとほっと胸をなでおろす宿の面々。
「あっやば」
室内から人が出てくる気配を感じ蜘蛛の子を散らすように居なくなる一同。
加賀は逃げ遅れたがしれっとした表情でエルザに声をかける。
「あ、終わりましたかー、今日はありがとうございます……だいじょぶそうですか?」
「……ええ、あの様子だと明日からは普通に生活できると思いますよ」
不思議そうに廊下を見るエルザ。
気のせいかと呟くと、加賀に別れの言葉を言いギルドへと戻るのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
薄暗い洞窟の中を5人の若者が松明片手に歩いている。
全員が何かしらの武器や防具を身に着けており、おそらく探索者である事がわかる。
「行き止まりか……」
「またあ? もー私疲れちゃったよ……」
その言葉をきっかけに地面にへたりこむ若者たち。
年齢や装備の質からいっておそらく駆け出しか、それに毛が生えた程度のレベルであることが伺える。
「ここ、敵がやたらと強いし……まあその分良いもの手に入りやすいんだろうけど」
「アイテムの残りが心もとないし、そろそろ戻ったほうが良いんじゃないでしょうか」
彼らが潜るのは最近新たに出来たダンジョンである。
1階層にも関わらずそれなりの強さの敵と、広大なエリアのせいか1階層のほとんどが未踏破のままだ。
彼らが居るのも未踏破のエリアの一部である。
「でも、今日はこのままじゃ赤字になっちまうし……」
そう言って未練がましそうに行き当たりの壁を見つめ手をあてるリーダー格らしき人物。
「はぁ……隠し扉でも見つかりゃ良いんだけど……あれ?」
リーダー格らしき人物が触れた壁、そこにあった突起のようなものがガコンと音を立てずれる。
途端にあたり地鳴りのような音が鳴り響き目の前の壁が左右と別れていく。
「…………まじかよ」
「本当にあるなんて……やっば、むっちゃついてるじゃん」
彼らの前には下へと向かうなだらかな坂が続いていた。
「おっしゃ、行こうぜー! ぐぇっ」
隠し扉を見つけテンションが上がりすぐ飛び込もうとした一名であったが、リーダー格の人物に襟首を掴まれ静止させられる。
「あほは置いておいて、どうすんだ?」
「……たぶん、俺たちじゃ無理だ。この入口の大きさ見てみろよ相当大型の奴がいるぞ」
隠し扉の入り口の大きさは一般的に中にいる相手によって異なってくる。
小さければ人が普通に通れる程度、大きければ天井も横も手を伸ばしても届かないほどになるのだ。
そうでなければ外に運ぶのが難しくなる、ダンジョン側の配慮なのだろう。
「うん、無理。もうアイテムもないし……罠があるかもしれない、中も確認しないほうが良いよ。印だけ残して帰りましょうよ」
「そうだな、そうしよう」
そう言って先ほど動かした突起を元の位置に戻すリーダー格の人物。
隠し扉が元に戻ったのを確認するとギルドカードをかざし何事か呟く、すると突起部分を中心に光の幕が球状に広がっていった。
これは駆け出し探索者の保護を目的としたギルドカードに備わった機能の一つである。
過去に隠し扉などを見つけた駆け出しが欲がくらんで先に進み、命を落とす事例がそれなりにあったのだ。
先ほど付けた印により、ここは自分たちが発見した場所だと示す事が出来るようになり上書きは出来ない。
これらを無視して入った場合、無視した人物がもつギルドカードに記録が残り、最悪の場合罰せられギルドカードも没収となる。
通常であればこのままギルドに戻ると印を付けた場所の情報を売る旨をギルドの掲示板に張り出し、後は希望者との交渉となる。
中で手に入ったものの1割が最低保証額となり、それ以上は交渉次第だ。
自分たちも参加して分け前を増やしてもらうも良し、その1割で満足するもよし。
「これでよっし、んじゃ戻ろうか?」
「1階層だけどこんだけ敵が強いんだもん、きっといい額になると思うよ」
これから手に入る金額を想像し頬を緩ませる若者たち。
頭に浮かぶのは上級者が使うような魔法効果のある武具を身に着けた自分である。
若者たちは行きとは打って変わって軽い足取りで隠し扉を後にするのであった。




