73 「ちょっとした揉め事?」
春から夏へと変わろうとする時期。
そう言った気候なのかは分からないが、ここしばらくの間大雨が続いていた。
昨日の夜から雨脚は徐々に弱まり、今朝になっては曇り一つない快晴となっている。
雨が止み、まず喜んだのは冒険者達だ。
「雨に濡れると革がくせーんだよ……出来るだけ雨の日はでたくない」
そう言ったのは誰だっただろうか。
ともかく濡れるのを嫌った彼らはここしばらくは宿に引きこもり自堕落な生活をしていたのである。
いい加減その生活にも飽き飽きしていた時にこの快晴だ。
彼らは朝食を済ませると弁当片手に早朝からダンジョンへと向かっていった。
「加賀、でかけるところすまんがちょっと良いか?」
「ほい? なんでしょー」
皆が仕事に行き、加賀も買い出しに行こうとと玄関に向かったところでバクスに呼び止められる。
「前にも言ったと思うが……そろそろ国際会議が始まる。この街も王都への通り道だからな、各国の要人が通る事になる。そういった連中は基本領主が自分の所で世話するし、うちは人数制限中だからそうそう関わりあうことはないと思う……が、街中で接触してくる可能性も0じゃない、何かあったら即うーちゃんと逃げるようにな」
「ん、分かってます。うーちゃんその時はお願いね」
うー(まかせぇー)
バクスに見送られ買い出しに出かける加賀とうーちゃん。
宿のみんな大食らいのため毎日買い出しが必要なのである。
「いやー……あれはフラグだったのかな? ね、うーちゃん」
うっ(おーん?)
うーちゃんに話しかける加賀であるが視線は前方を向いたままである。
加賀の視線の先には人だかりが出来ており、時折大きな声が聞こえることから何かもめごとであることがわかる。
「うえー……この先に用事があるのに。やだあ、裏道通りたくないよ」
人だかりは道を半ば占領しており、そこを通るなら人をかき分けていくしかない。
そばを通るだけでトラブルに巻き込まれる予感しかしない加賀であるが、かと言って裏道通るのはそれはそれでトラブルが発生する気しかしない。
どうしたかもと悩む加賀であるが、ふと喧騒が徐々に小さくなっていく事に気が付く。
「んー? あ、警備隊の人だ。よかったー……じゃ、様子みつついこっか?」
うー(ほいさほいさ)
これ幸いと徐々にちっていく人込みを避けつつ先に進もうとする加賀であったが、後ろから呼び止められてしまった。
「……加賀、ちょっと良いか」
「……ボク、加賀なんて名前じゃないです。それじゃ」
明らかに自分を名指しで呼んでいる声。加賀はなんとかスルーしようと試みるが
「…何言ってんだ? お前は」
あっさりと周り混まれてしまったようだ。
加賀に声をかけてきたのは警備隊の隊長である。加賀の屋台の常連でもあり、これはもう無視することは出来ないと観念した加賀はそっと隊長のほうへ顔を向ける。
「なんでしょう……トラブルはごめんですよ」
「トラブルではあるが……少しだけ話を聞いてくれないか?」
その言葉にしぶしぶ頷く加賀。
隊長は加賀と共に人込みから少し離れたところに向かい、あたりを軽く見渡すと声をひそめつつ話をはじめた。
「なるほどなるほど。この雨のせいで足止めくった人がいっぱいで領主の館が満杯と……で、あぶれたあの人達が宿を取ろうとしたけど断られてしまったと」
「ああ……彼らは、と言うか彼女は特殊な種族でな、それを恐れる人も結構いるんだ。だが要人であるあの人達を野宿させるなんてとてもじゃないが出来ん。すまない加賀、宿に空きがあれば泊めてやってもらえないだろうか?」
何時も口数少ない隊長がこうも頼みこむのだ。
相当困っているのだろう、加賀は少し思案顔をしうーちゃんをちらりと見る。
「ちょっと相談したいです……うーちゃん、ちょっと大急ぎでバクスさん呼んできてもらえないかな? その間隊長さんに守ってもらうから」
うー……(……しょうがないのお)
加賀が頼み込むとしぶしぶ引き受けるうーちゃん。
ひょいと飛びあがったと思った瞬間その姿がかき消える。
「すまない」
「いえいえ、常連さんのお願いですしー……あ、でもバクスさんがダメと言ったら受けれないと思いますので、そこはご理解ください」
そう二人が会話していた時だ、ふと地面に影がさした思った瞬間白い塊が地面へと降り立つ。
バクスをおぶったうーちゃんである。
うーちゃんの姿が消えてからほんの十秒かそこらだろう、そのあまりの速さに驚きつつも加賀は言葉をかける。
「うーちゃん、ありがと! バクスさんごめんなさい、ちょっと相談したい事があるらしくて……」
「いや……隊長さんか。何があった?」
何事もなかったかのように平然とした顔で隊長へと話かけるバクス。
うーちゃんの背からのそのそと降りるその姿がなければとても格好良かっただろう。
「実は……」
隊長の話を聞いて顎に手をあてるバクス。
ちらりと少なくなった人垣の中心へと視線を向ける。
「たしかヘイデンスタムの連中だな……と言う事は揉めた客ってのはノーライフキングか」
ノーライフキング。
その言葉を聞いて一瞬理解出来なかった加賀。だがその言葉を理解するうちにその表情は驚愕へと変わっていった。