6話 「お礼は大事」
「落ち着いたか?」
「……はい」
男の問いに頭のてっぺんをさすりながら答える八木。
その顔は今度は痛みの為涙ぐんでいる。
思わず男に抱きついた八木、その八木に対する男の対応は剣の石突での一撃であった。
石突でどつくなんて、抱きつかれただけなのにちょっと酷くないかと思い恨めしい目で男を見る八木であったが
「いきなりパンツ一丁の男に抱きつかれたんだ、しょうがないだろう」
若干顔をひくつかせながらそう答える男に、確かにパンツ一丁のムキムキに抱きつかれたらそりゃ当然か……と納得するのであった。
ちなみに八木のズボンは猪の牙で無残にも引き裂かれ再び履くことは不可能である。
「まぁ良い……怪我してるんだろ、これ塗っておけ」
そう言うと男は腰に下げた袋から何やら緑色の液体が入った瓶をとりだすと八木へと放り投げた。
「これは?」
「回復薬だ、知らんのか?」
首を横に振る八木をみて一瞬怪訝そうな顔をする男であったが、すぐに元の表情に戻ると八木に薬を使うよう言った。
「まあ、塗っておけ。打撲あたりならすぐ治る」
「へぇ~……」
回復薬は少し……いやかなり色が毒々しく八木は使うのを少しためらうが、助けてくれた上に薬までくれたんだ。使わないと失礼だろうと思い瓶に手を突っ込み液体を手に取るとそれを患部に塗りこんでいった。
そして薬は八木に劇的な効果をもたらす。
「おぉ、痛みがどんどん引いてく」
猪の突進をうけ赤くはれ上がっていた足だが薬を塗ると痛みと赤みが一気に引いていく。
ものの30秒ほどで猪からのダメージは無くなっていた。
「そっちの子は魔力切れだろうから1時間もすれば目を覚ますだろう。おきたら念の為その回復薬飲ませておけ」
「あぁ……すまない」
どうやら魔力切れは時間経過で回復するようだ、それならば大丈夫そうだと八木はほっと胸をなで下ろした。
安心したところで一つ疑問が八木の頭に浮かぶ。
この男は何者だろうか、と
八木は改めて男を良く観察してみることにした。
年齢は40前後、くすんだ金髪は後ろで束ねられ顔には無精ひげが生えている。
目つきはやや鋭く無精ひげも合わさりなかなかに精悍な顔つきをしている、何より圧巻なのはその体だ、全身くまなく鍛え上げられた筋肉、無駄な脂肪は一切無い、日に焼けた肌に所々見える傷跡これら全てが男が優秀な戦士であることを物語っている。
「まるでオ○バだな」
「俺がどうかしたか?」
「ああ、いやなんでも……知り合いにちょっと似てたもんで」
この男が何者かは置いておいてまずは礼を言わなければ、そう考え八木は改めて男へと向き合った。
「先ほどは失礼しました。どこのどなたかは存じませんが本当にありがとうございます、貴方が助けてくれなければ私達は死んでいたでしょう。私は八木、こっちの倒れてるのは加賀と言います、今は大したお礼もできませんが後でかならず恩は返します」
「何だ急に改まって……たまたま近くを通ったついでに助けただけだ。運が良かったとでも思っておけばいいさ。」
そう男そっけなく答えるとふいと横を向いてしまった。
……若干顔が赤い所を見るに、お礼を言われる事になれてないのだろうか
それをみた八木の感想はおっちゃんの照れ隠しとかみても嬉しくないな、などと大変失礼なものであった。
「偶然でも。わざわざ危険を冒してまで助けて頂いたんです、本当貴方には感謝してもしきれません……そうだ、まだ名前を伺っていませんでしたね、宜しければ教えて頂けないでしょうか?」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はバクスという。……あとな無理して敬語使わんでいいからな? さっきから背中がぞわぞわしてしゃーない」
バクスの言葉に八木は普段あまり敬語使ってなかったからなーと苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それじゃ無理しない程度に……バクスさんはもしかして探索者なので?」
「こう見えて宿屋の店主だ」
「うっそお!?」
バクスのあまりに予想外な回答に八木は思わず素で突っ込んでしまう。
「宿屋をやる前は探索者だったんだよ。多少なまっちゃいるがなあれぐらいならわけないさ」
バクスは猪の指差しこともなげにそういった。
「それでなまってるって……うそやん」
男の体躯はどうみても鈍っているようには見えず、鍛え上げられたそれである。
ここで八木はふとイリアが言っていたことを思い出す。
「向こうの人ってムキムキな人多いからね」
なるほど、つまりはバクスのような者もこの世界では普通の存在……?
街中を闊歩する筋肉隆々の男たち、そんな光景が思い浮かび八木の背中に寒いものが走る。
「ところで君達はなんでこの森に?」
「いやそれがな、この辺りに街あるだろ? そこに行こうと旅してたんだけど……まあぶっちゃけ迷子だ」
「そうか……」
バクスは八木の言葉を怪しいと思ったのか。何やら胡散臭そうな目で八木を見ている。
それに気が付いた八木は失敗した、という表情を浮かべた。
旅をしている、それにしては二人共まともな荷物を持っていない、街から街への移動だけでも徒歩ならそれなりにかかり、野宿することもあるだろう。
なのにこの荷物の少なさ……胡散臭そうに見られるのも仕方がない。
八木がどう言い訳しようかと悩んでいるとバクスはさらに言葉を続けた。
「他人の趣味をとやかく言うつもりはないが……その格好で街に入るつもりだったのか?」
「そっちかい!」
思わず突っ込んでしまう八木。
どうやらバクスは荷物よりも八木の格好のほうが気になったようだ。
パンツ一丁で旅するムキムキな男、街の入り口で御用になるのは間違いないだろう。
「いやいやいや、違うって! ズボンはこいつの牙でやぶかれちまったんだって……ほら、もう腫れ引いちゃったけど足腫れてたデショ!?」
「そうか……わかった。で、上着は?」
「……」
「他人の趣味をとやかく言うつもりはないが……」
「誤解ですってばあ!?」
八木の叫びが辺りにこだました。