51話 「予想外の応援」
「……ごめん」
「……」
お風呂から戻り、夕飯を食べる3人と1匹。
不機嫌そうな八木に対しごめんと謝る加賀。さきほど魔力使い過ぎで倒れた八木をうっかり風呂場に置き忘れてしまったのだ。
「おわびに何か八木の食べたいの作るから……ごめんね?」
「……じゃあ、ビーフシチュー食べたい」
八木の事なのでてっきり揚げ物を要望するかと思っていた加賀。予想外の答えに目をぱちくりしている。
「良いけど……ソースから作るからものっそい時間かかるよ?」
「ふむ、名前からして牛を使ったシチューだろうが……そんな時間かかるのか? 牛なら依頼出せば数日もあれば手に入ると思うが」
今までシチューの類は何度も作ってきたが、どれも半日もかからず出来ていた。
材料があればすぐ出来そうなものだが、と思い加賀にたずねるバクス。
「ボクの知ってるレシピだと3週間かかりますよー。もっと早く出来るレシピもあるみたいですけど……」
そっちは知らないのでと言う加賀。
まさかそこまで掛かると思っていなかったのだろう。冗談か何かと考えるが、横目にみた八木が3週間と聞いても特に反応してないことから本当の事かと理解するバクス。
「八木はそれでいいのか? 大分時間掛かるようだが」
「ええ、ほら丁度宿が完成するころでしょ? 完成祝いに良いかなと思って……手間かかるんで言い出せなかったんだけど、丁度良いかなと」
「なるほどな……よし、そういう事なら明日早速依頼を出そうか」
バクスの言葉に歓ぶ二人。食べたいと言い出した八木は元より、加賀も作りたいと思っていたのだ。
特製のデミグラスソースを使ったシチューは加賀が以前働いていたお店の看板メニューであったのだ。
そして翌朝。一行はまず総合ギルドへと向かい、そこで狩猟を生業とするギルドの紹介を受ける。
「……では確かに受け取った。これから人集めるが……早ければ3日後にはとれるだろう、遅くても1週間てところだ」
「ああ、よろしく頼む」
ギルドに行き早速依頼を出す一行。
当初依頼金は加賀が出すつもりでいた。だがバクスが笑いながら俺が払うからとっておけと言い、何だかんだで結局そのままバクスが支払うことになった。
支払う段階になりバクスが自分が払うと言ったのか分かることになる。依頼金がかなり高額であったのだ。
加賀が屋台でためたお金はおよそ100万リアだが、それに対し依頼金は400万リアを超える。
これは牛……カウシープを狩ること自体がそれなりに危険を伴うこと、それに加えまだ雪が残っているため足場が非常に悪く危険度がかなり増すためだ。
また肉を確保しなければならないため、狩ってすぐに血抜きとある程度解体をしなければならない。その為の人員が余計に必要となり、これも依頼金が高額となった理由でもある。
なお、カウシープの肉は全て売っても200万リアほどにしかならず、割に合わないので狩る人はあまりいない。
たまにどうしても食べたい人が依頼を出すぐらいだ。嗜好品のようなものなのだろう。
そして3日後。
「ハンズさんありがとうございましたー!」
「おう! いいってことよ」
依頼は無事達成され、大量の肉と骨を受け取った加賀であるが、肉屋のハンズに肉を少しゆずる事を条件に解体を依頼する。
さすがはプロといったところだろう、カウシープは次々に解体されお肉の山が出来ていく。
解体された肉はバクスや八木の手伝いにより宿の台所へと次々と運び込まれていく。
解体がすべて終わり、また来てくれよーと見送るハンズに手を振り宿の台所へと向かう加賀。
台所では今の時点では使わない肉がバクスと八木の手により次々と新品の冷凍庫に収められていた。
「二人ともありがとうございます……でも本当すっごい量。冷凍庫の大半うまっちゃったね」
「半分以上持ってきたからなあ……しかし本当に骨とかすじの部分もいるのか?」
バクスの指先にはうず高く積まれた大量の骨とすじ肉があった。
バクスにとっては捨てるか、自分たちでは食べない部分だ。積まれたそれを不思議そうな目で眺めている。
「ソースづくりに使いますよー。あ、すじ肉は具にしてもおいしいですね」
「すじ肉が……?」
「ええ、煮込むの手間かかりますけど」
「あれうまいよなー」
加賀の話を聞いて、世界が違うのだからそういうこともあるのだろう、と納得するバクス。
何より八木の嬉しそうな顔を見ていると自分も食べてみたいと言う気持ちになってくる。
「そうかそうか、なら楽しみにしておくとするか」
「それじゃー、仕込みに入りますねー。3週間後を楽しみにしててね」
そういって早速仕込みにはいる加賀。
これから骨や肉などをオーブンで焼き、ひたすら煮込んでいくことになる。
バクス亭の台所ではとても無理なその作業も宿の設備であれば問題なく出来る。
ものによっては地球で使っていたそれよりも高性能な設備、加賀はそれらをフルで使える機会が早速訪れ上機嫌だ。
鼻歌まじりで作業する加賀とそれを見守るうーちゃん。
二人?を置いて八木とバクスはそっと台所を出る。
そして3週間後、特にこれといった問題もなく、デミグラスソースは完成する。
今はビーフシチューの仕上げを行っているとこのようだ。
ぐつぐつと煮込まれる鍋から良いにおいが漂う。それにつられたうーちゃんが先ほどから扉をあけのぞき込んでいる。
「もうちょっとだから待っててねー」
うっ(はよはよ)
早く早くとせかすうーちゃんにしょうがないなあと言いつつ。
小皿にシチューを注ぎ味を見る加賀。
「ん、いいぐあいだね。……ん? 誰かきた?」
出来栄えに満足しうなずく加賀であるが、その耳が玄関の呼び鈴を鳴らす音をとらえた。
玄関付近には誰もいないのか呼び鈴にこたえる気配はない、しょうがないなあと加賀は一旦火を止めると玄関へと向かい、扉をあける。
「はいはーい、おまたせしましたー……えっと?」
そこにいたのは一人の女性であった。
年は20前後だろう、加賀によくにた真紅の非常に綺麗な髪を持ち、その顔は控えめにいっても美人と言える。
そんな見知らぬ人の訪問に驚き固まる加賀をよそに女性は加賀をみつめ、そして口を開く。
「まぁまぁ! こんなかわいくなっちゃって……もう」
「………………母ちゃん?」
見た目に合わないそのおばさんくさい口調。
そして自分のことを知ってそうなこの口ぶり。
ここにはいないはずの人物。
ありえない話である。
だが加賀の口からは自然とその言葉が出ていた。