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39話 「トラブル」

その後宿へ戻った一行は特に何事もなく朝を迎える。


朝食をすまし、アンジェを迎えに行った一行は門をくぐりトゥラウニの街を後にする。


「なんかあっという間だったなあ」


「実質まともに動けたの一日だけだからな、それにずっと動き回ってたから尚更だ」


「まーなんにせよほしいの手に入ってよかったなあ、羊の腸も売れ残ってるのあって助かったよ、ほんと」


香辛料と宿屋をめぐるだけで一日が終わったように見えたが、ちゃっかり羊の腸も確保していたようだ。

バクスはウィンナーの味を思い出しているのか、今から頬がゆるんでしまっている。


うー(ウィンナーてのはそんないけるんかの)


羊の腸をつつきながら誰に言うとでもなくつぶやくうーちゃん。


「ん、おいしいよー。あれはたいていの人が好きなんじゃないかなあ……あ、もちろん苦手な人は苦手だと思うけど」


「ウィンナーの話か?」


「あ、はい」


ウィンナーの話題に反応したバクスが後ろを向くと会話に参加してくる。

なお、手綱は手放したままであるが、アンジェは特に指示なくても進んでくれるので問題はない。


バクスにうーちゃんの話を翻訳して伝えると、バクスを顎に手をあてそうか、と独り言つ。


「そうだな…まず単に茹でたり焼いたりしただけでもうまい。パンにはさむのも良いな、煮込んだりしてもスープに良い味がでてうまい。刻んで野菜と炒めたりしてもうまいが……ぱきっとした食感がなくなるんでな、できればそのまま食ったほうが良い……ああそれと、大事なのは酒に合うということだ」


「どんだけ好きなんすかバクスさん……」


いつにもまして饒舌なバクスにちょっと引き気味の二人。

だがバクスの語りはとまらない、二人はうーちゃんを置いてそっと避難するのであった。



うー(ぬしらぜったいゆるさない)


「ごめんてば」


街をでてしばらく、語り終えて満足したバクスは御者台へと戻り手綱を握っている。

ぷりぷり怒った様子のうーちゃんの頭をなでる加賀。


実際にはそんな怒ってはいないのだろう、うーちゃんの手には器用にもトランプが、うーちゃんをなでる加賀もトランプをもっている。


話す内容も減り手持無沙汰になった二人と一匹はトランプで遊び始めていた。

道のりは順調で天気も良い、実に平和である。


が、トラブルというのは急に起こるものだ。



「二人とも、ちょっとトラブルだ。飛ばすから何かに掴まっててくれ」


「は、はいっ」


いつになくまじめな様子のバクスに八木と加賀は慌てて椅子に座り、手近なものに掴まる。

だが、うーちゃんは御者台との敷居を飛び越え、バクスのもとへと行ってしまう。

それを見た加賀が慌てて静止の声をあげる。


「ちょっ、うーちゃんそっち行っちゃだめだよ! ほら、戻っといで」


うーちゃんは加賀の言葉にちらりと後ろを見るが、戻る様子はない。

うろたえる加賀をよそにバクスがうーちゃんへと話しかける。


「……たぶん振り切れるとは思うが、無理そうなときはお願いしても良いだろうか?」


うっ(おー、まかせとけい)


予想外のバクスの提案と、それをあっさり承諾したうーちゃんに加賀は元より八木も驚きを隠せない。


「いやいや、そいつはいくらなんでも無理なんじゃ?」


「お前らは幸運兎のことよく知らんだろうが、うーちゃん……は俺なんかじゃ比べものにならんほど強い、八木が一回転したの見てただろう? あれものすごい手加減してるからな」


うー(そういうこったい、まー食わせてもらったぶんは働いたるで、そこでまっとれーい)


二人?に言われ引き下がる加賀。

だがその表情はかなり不安げである、戦いに関してバクスが言うのだからおそらくそれは正しいのだろう。

そう理屈で納得するが、感情的には納得できるものではない。




「さて、数は……10は居るな。アンジェこの先に見える木を通り過ぎたら一気に加速してくれ」


バクス達の乗る馬車からは見えないが、街道と並走するように草むらの中を何かが走っている。

それは、馬車が目標の木を超え一気に加速した直後、姿を現した。


粗末な武具を身に着け馬にまたがり奇声をあげつつ迫る集団。

攻撃を仕掛けてきたのは魔物などではなく、人間であった。


(……武具は粗末だが、あいつら相当鍛えあげられてる。ただの野盗じゃねえ……ちっ、めんどくせえなあ!)


「がっ!?」


後ろを確認することなく降りぬかれたバクスの腕、そこから放たれた複数のナイフが大きく弧を描き先頭の男へと向かう。

男はとっさに剣をふり、自らに向かうナイフを叩き落す。バクスの見立て通りただの野盗ではないのだろう。


だが、偽装のためだろう、馬に鐙ぐらいしか付けてなかったのが男にとって災いした。

自らに飛んできたナイフは叩き落せても馬に向かうのまでは叩き落せなかったようだ。


倒れこむ馬に引きずられる様に男も地面に叩きつけられる。


(やっぱ一人やったぐらいじゃ諦めないか……使ってる馬も良い、振り切るのに時間かかるな)


一人が脱落しそこで諦めてくれればよかった、だが残った連中は脱落した男を気にした様子もなく馬車へと迫ってくる。


馬車を曳きながら走るアンジェ。その速度は馬車を曳いて居ることを考えれば驚異的な速度である。

だが襲撃者が乗る馬と速度差はほぼないようだ、じわじわと距離をつめ包囲しようと動いている。


馬車本体は連中の持つ装備程度ではびくともしない。だがアンジェと自分は別である。

このままではどちらかが攻撃を受ける、そう考えた後のバクスの決断は早かった。

うーちゃんへと視線を向け一言。


「すまん、たのむ」


その言葉を受け、御者台から飛びだすうーちゃん。


馬車を追う襲撃者は一瞬何がおきたか分からなかっただろう。

何か白い物体が馬車から出てきた、それが兎であると認識する前にうーちゃんに変化が起こる。


もふりと柔らかそうな口は横に大きく裂け、ぞろりと生えそろった牙が剥き出しになる。

つぶらだった瞳も今は大きく見開き、赤く燃え盛るように燐光を放つ。



「て、てった……」


馬車に一番近かった襲撃者は、その姿を確認すると撤退の合図をだそうとする、だが彼は最後まで言いきることはできなかった。


瞬きする間もなく赤い光の尾をひき、兎が目前に迫っていた。

次いで聞こえたのは湿ったなにかが破裂する音。


男の姿は消え、かつて男だったものの残滓が赤黒い霧となり風に流される。



残りの襲撃者の行動は迅速であった、うーちゃんのその姿を確認した直後四方八方へと逃げ去っていく。



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