37話 「バクス轟沈す」
「ん、このにおい……」
バザーの広場を抜け、南門に向かいある事しばし。
ふいに八木が何かのにおいを感じ取ったのか鼻をすんすんとならす。
「香辛料っぽいにおいがする。インドカレー屋の前通ったような……」
八木の言葉につられ加賀やバクスも匂いをかぐ仕草をするが感じ取ることは出来なかったのだろう、二人そろって首をかしげている。
「加賀、何かにおいするか?」
「んー……磯のにおいしか。うーちゃん何かにおいする?」
うー(加賀臭がする)
「な、なにそれ……」
うーちゃんの言葉にショックを受けしきりに自らのにおいを嗅ぐ加賀であった。
後ろでしきりに加賀臭って何、ねえ何?と騒いでいるのはとりあえず置いておき、八木は加賀もバクスも匂いはしないと言うことから自分の気のせいかと思い、とりあえず先に進むことにする。
「……たしかに匂いがするな」
「えぇ、大分近いみたいっすね……おい、加賀いつまでにおい嗅いでんだ」
「香辛料くさい……うぇ? あ、これ本当に香辛料のにおいかっ」
先ほどの場所から歩く事30分弱、ここまでくると八木以外の二人にも香辛料のにおいが感じられたようである。
匂いが大分強くなったころ、八木が一軒の建物の前で足をとめる。
「ここ、かなりにおい強いすね。えーと何々……カルギュ料理の店とな。カルギュってなんぞ」
「カルギュはずっと南にある国の名だな、香辛料の原産地……だったはずだ」
「じゃあここであたりみたいすね。そろそろおなかも減ってきたし入りましょうか」
「う、うむ……なかなかすごい匂いがしてるな」
八木や加賀にはそれなりに嗅ぎ慣れたにおいであれども、香辛料に普段そこまでなじみの無いバクスにとっては未知の匂いだ。
八木の後ろに続いて恐る恐るといった様子でドアへと近づいていく。
「んじゃ、いきましょ――っうお」
「っ!?」
ドアを開けた瞬間一気ににおいが広がる。
あまりにも強烈なにおいに嗅ぎ慣れてるはずの八木は驚きの声をあげ、バクスにいたっては鼻を抑え身もだえている。
「いらっしゃい~! おや、めずらしいねえこの国の人がくるなんて」
好きなとこに座ってという言葉に従い開いていたテーブルに腰掛ける一行。
女将がいった通りこの国の人がくるのは珍しいのだろう、周りのテーブル客からちらちらと視線を向けられている。
周りの客は服装こそこの国の人と変わらないが、肌や顔の彫りが若干ことなる。
やや肌色が濃く、ほりも深いようだ。
「はい、これ今日のメニューね。だけどだいじょぶかい? この店はカルギュの人たち向けに作ってあるからこの国の人の口には合わないかもよ?」
「あ、俺とこいつは割と香辛料使ったのに慣れてるんで……あ、一応香辛料控えめな料理教えてもらっていいです?」
女将はバクスのほうをちらりと一瞥し、視線をメニューに戻すとうーんとうなる。
「控えめってのはあまりないねえ、甘い奴ならあるんだけど……パンを多めに出すから、それと一緒に食べればなんとかなるかしらねえ」
「それじゃそれでお願いします」
取り敢えず八木たちは店のお薦めを注文したようだ。
はいよといって厨房に戻る女将。
どんな料理がでるのかと期待する八木と加賀の二人とうーちゃんに対し、バクスはかなり不安顔だ。
香辛料で鼻がやられたのか先ほどから鼻をこすっている。
「なあ、本当に大丈夫なのか? さっきから鼻がなんか変なんだが……」
「はい、お待ちどお!」
だが、そんなバクスの事情など関係なく料理は完成する。
テーブルに置かれた魚介類の煮込みらしきもの、全体的に赤いのは唐辛子のせいだろうか?
間近でかぐとその匂いはより鮮烈となる、うっかり鼻で息をすったバクスはその体を大きく仰け反らせる。
「うひゃー、なかなか辛そうだねー。あ、女将さん小皿もらえます?」
「まあ、食ってみんべ」
仰け反ったままのバクスをよそに二人は出てきた料理へとさっそく取り掛かる。
まず八木がちぎったパンをスープにひたしぱくりと一口。次いでうーちゃんの分を取り分けた加賀が魚を一口。
「お、いけるいけるそんな辛く……かっらあぁあい!」
「え……あ、辛い。これ、からいっ」
慌ててコップの水を飲み干す二人、その額からは一気に汗が噴き出していた。
それなりに辛い物を食べ慣れていた二人にとっても香辛料たっぷりのそれはなかなか厳しいようだ。
ただ、絶対食べれないと言うほどでもなかったのか、二人は汗をかきつつ辛い辛いと言いながら食事を勧めていく。
一方のバクスであるが、二人の様子をみて大分心が折られたようだ、パンを持つ手が小刻みに震えている。
だが、出された料理に口をつけないのは礼儀に反する、バクスは意を決しスープにパンをほんの少しだけ……のつもりが手が震え、たっぷり浸してしまったパンを口へとはこぶ。
「……ん? ……匂いは強烈だが味はそれほどでっごふぁ!?」
無事轟沈したバクス。
なお、うーちゃんは耐性があったのか辛いと言いつつもしっかりと食べれていたようだ。
「おや、本当食べれたんだねえ。おばさんちょっと心配してたのよ?」
食事をはじめて数十分。二人と一匹は出された料理をすべて食べきっていた。
「まぁ、なんとか…こっちのでかいのが辛いの好きなんで」
「やー、ここまで辛いのは久しぶり食べたよ、ごちそうさん!」
加賀のほうはかなり辛かったようだが、八木のほうは結構いけたようである。
今も満足げに汗をぬぐうと食後によく冷えた甘いお茶を飲んでいる。
「それで……そっちの人はだいじょぶなのかい?」
「あー」
痛ましげな視線を向ける女将。
その視線の先では燃え尽きたバクスがモノクロになっていた。
「だめかも」