314話 「鍋の季節」
「さむーい」
ある日の昼下がり、普段であれば居ないはずのシェイラが食堂で椅子に腰掛け手をこすり合わせていた。
冬が本番となり、道が雪で埋まりそうとの理由でダンジョン探索を途中で切り上げてきたのだ。
「はい、ココア」
「お、ありがとー」
去年も同じようなものであった。
慣れた様子の加賀は特に何も問うことなく、シェイラの前にコップを置いた。
寒い時期には甘くて温かく、牛乳たっぷりのココアはありがたいものである。 シェイラはココアを受け取ると嬉しそうにコップに口づけた。
「あぁー……あったまるぅ」
「すっかり冬だねえ」
そう言って窓の外を見る加賀。
午後から降り出した大粒の雪は溶けることなく景色を白く染め上げていた。
この勢いで降り続ければ明日の朝には辺り一面雪で埋もれていることだろう。明日の朝、雪掻きしなければいけない事を思い、加賀の口からため息がもれる。
「ほんとほんと。 こう寒いと温かいものが食べてくなるよねー」
ちらちらと加賀の様子を窺いながら話すシェイラ。
ようは何か作ってということだろう、シェイラの期待を受け取った加賀は手に指を当て考える仕草を見せる。
「そうだねえ……お鍋でもする?」
「あ、いいねいいね。 何のお鍋?」
寒いからお鍋でも。割と安直な考えではあったがシェイラの反応は悪くない。基本宿で出す料理は出来上がったものを皿に注いで出すのが多く、目の前で出来上がるのをまつ鍋料理はあまり出す機会がないのだ。
「色々あるからねー……水炊き、寄せ鍋、石狩、蟹もいいし、闇鍋、トマト使ってブイヤベースぽくてもいいし、カレーもあるし、牛乳使ってもいいし」
鍋といっても様々だ。加賀が上げていく鍋の候補をうんうんとうなづきながら聞いていたシェイラであったが、ふと首を傾げる。
「まって加賀っち。 なんか変なの混ざってない??」
ちょっと鍋にしては変な言葉が混ざっていたのだ。
「変なの?」
「闇鍋とか聞こえたんだけどさー」
「あー半分冗談だったんだけど……うん、闇鍋ってのはねえ」
加賀としてはただの冗談であったが、シェイラは興味を示したようだ。
耳をピコピコさせているシェイラに加賀は闇鍋について簡単に説明をするのであった。
「面白そうじゃん」
「何でも入れていいんすか?」
加賀が説明を終えるとどこからともなく顔を出す探索者達。
闇鍋の説明はきっちり聞いていたようで、皆興味を示している。
食べる直前まで中身が分からないというのが彼らの琴線に触れたのだろうか。
「どこから湧いてきた……ええと、何でも良いけどちゃんと食べられるものにしてね。 あと自分も食べることになるからネタに走りすぎると後悔する」
この流れは闇鍋をやることになりそうだ。そう思った加賀は予め釘を刺しておく。
具材は各自が自由に選んで良いことからネタに走る者が多くなる闇鍋。ネタに走りすぎた結果食えたものじゃなくなるのは加賀としてはさすがに看過できないことであった。
「そりゃそーだ」
「いつやるのー?」
「んー……明日かな。 今日はやり方決めて皆に展開してって感じ」
各自が食材を選んで持ち込むのが普通であるかも知れないが、この宿でそれをやるととんでもないことになるだろう。
下処理していない魚を一匹丸ごと放り込む……決してありえない話では無い。
結局加賀が各自から食材を受け取るかリクエストを聞いて下準備したものを用意しておき、鍋がはじまる前に各自に食材がはいったタッパーを渡す、という形で落ちついたのであった。




