309話 「街外れの塔 2」
一通り二人の話を聞いたアルヴィンであるが、何とも微妙な表情を浮かべていた。
「微妙にあってはいますが……」
どうも加賀と八木の持っている吸血鬼像と実際の吸血鬼とでは大分異なる部分があるようだ。
「どこか違うんすか?」
「どこと言いますか……そうですね、十字架やニンニク、日光が弱点と言うことはないです」
「あ、そなんだ」
吸血鬼の弱点と聞いてイメージするであろうそれらは、実際には効果がないようである。
「杭は普通に効果がありますが、体に風穴空けば当然でしょう……あと血を吸うのは合っていますが、吸われた後に被害者が吸血鬼になってしまったり眷族になる事はありません。 傀儡状態になるか最悪死ぬかです」
「うぇ……」
話を聞いた二人は顔をしかめる。
吸われた者が吸血鬼や眷族になると言うのは割と良く聞く話であったが、実際には傀儡状態になるか、吸われすぎれば当然ながら死んでしまうようである。
「不死身……とまでは行きませんがかなりタフですね。 首をもいだ程度では死にません。 他の生物に擬態することも出来るそうです」
普通、生き物であれば首をもがれたら死んでしまう。
たとえGであったとしてもそれは変わらない。
吸血鬼はG以上の生命力を持っているようである。Gに擬態したら実に凶悪な生物となるだろう。
「後は……これがやっかいな所ですが、全ての吸血鬼が敵対的と言うわけではないのです」
「えっ」
イメージ的に人類と友好とはほど遠い存在である吸血鬼であるが、この世界ではそうと決まっている訳ではない。
驚いた表情を浮かべる二人を見てアルヴィンは話しを続ける。
「場所によっては街で暮らしている吸血鬼もいるそうです。 ……別に人の血でなければいけない訳ではありません。それに血は必須と言うわけでもありません」
「なるほどねえ」
話を聞いてなるほどと二人は頷く。
血が必須ではないと聞いて意外に思ったが、人以外からでも血を飲むと言うことには納得がいったようだ。
血が流れているのは別に人だけではない。
「友好的に見えて実は……となるのが厄介ですね。 それとこれが一番厄介なところなんですが」
「まだあるんだ……」
まだ厄介なところがあるのかと表情を暗くする二人。
アルヴィンはええ、と頷くと話を続けた。
「ええ、あるんです。 ……仮に吸血鬼がいるから気を付けろと言われてもですね、いざ吸血鬼に出会うとその事が頭からすっぽり抜けてしまうんです。 吸血鬼なんてこの街には存在しない、目の前の人物はただの人である。 と認識してしまうんです……街に被害が出て騒ぎになって、討伐隊が組まれたとしましょう。 対抗手段がなければ討伐隊が仮に吸血鬼に出会ったとしても彼らはただの人としてしか認識出来ず、取り逃がすことになるでしょうね」
「うぇ……」
「そ、それどうすることも出来ないんじゃ……?」
例え警戒していても無駄になる。
出会ってしまえば普通の人としか認識出来ず、もし二人きりになってしまえば……? あとは血を吸われてお終いだ。
解放されても傀儡状態になり、吸血鬼の被害にあったとは言えなくなるだろう。 そして知らず知らずの内に被害は拡大して、いずれ街は彼らの餌場と化すだろう。
そんな未来を想像して二人の表情が益々暗くなっていく。
「いえ、対抗手段があれば何とかなります。 それらは全て認識阻害の魔法であるようですので、抵抗用の装備を用意すれば良いのです」
対抗手段があると分かり二人の表情が明るくなる。
「が……如何せん私達とは魔力の桁が違います。 対抗出来るだけの装備となると用意出来る数にも限りがありますし、用意するのにも時間は掛かります」
が、すぐに暗くなり。しゅんと肩を落としてしまう。
「……なのでお二人はしばらくの間はアイネさんとうーちゃんから離れないでください」
「ほ?」
そろって首を傾げる二人。
アルヴィンはちらりと視線を横に向け話を続ける。
「吸血鬼の魔力が桁違いとはいえ、アイネさんとうーちゃんには通じませんので」
「もちろん私は良いよ」
うっ(おやつっ)
気が付けばアイネも皆の会話を聞きに食堂へと来ていたようだ。
先ほどの提案にアイネは元よりうーちゃんも協力してくれるようである。
きっと加賀はこの後おやつを量産することになるだろうが……。
取りあえずの対応も決まり、落ち着き……ではなく賑やかさを取り戻した食堂にて、八木は食事を取りつつ半ば愚痴るように独り言ちる。
「しかし何だってまたこの街のそばに……」
「……吸血鬼だけどさ、グルメらしーんよ」
八木の独り言がたまたま聞こえたのだろうか、八木の問いに応えるように語り出す。
「ほうほう……?」
「どったの?」
取りあえず頷くも頭に疑問符が浮かぶ八木。
二人の様子に気が付いた加賀も配膳の手を止め二人の会話へと参加する。
「ほら、人だってさ有名どころの酒とか高い金払って飲むだろ?」
「うんまあ確かに」
「……」
今度は納得したように頷く八木。
彼自身酒が結構好きな事もあり良く分かるのだろう。
加賀は何か嫌な予感がするのか、無言のまま動かない。
「つまりだ、神の落とし子の二人の血ってーのは吸血鬼に取ってみりゃ高い金払ってでも飲みたい幻の酒ってことよ」
「やだー!!」
「……油もん食いまくったら諦めてくんねーすかね」
ヒューゴの話を聞いて涙目になる加賀。
八木はしかめっ面である。
「コクが出て美味いとか言うかもな?」
そんなヒューゴの言葉を聞いて、八木はげっそりした顔で深くため息をつくのであった。




