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297話 「ダンジョンと温泉と」


「新しくダンジョンが出来ていたのね……そう言えば聞いた覚えがある」


一通り二人の話を聞いたところでアイネは記憶を辿るように軽く目を瞑る。


「アイネさんも知ってたんだー」


「って事はダンジョンの中の事も聞いてるんで?」


これから肝心な部分を話そうと思っていた八木はアイネが既に情報を得ているのかと思い肩を落とす。

だがアイネは瞑っていた目を開けると、首を横に振る。ダンジョンが出来たと言うことは聞いていても詳細について知っているわけでは無い様だ。


「そこまでは聞いてないかな」


そう言って思い浮かべるのは時折加賀の屋台を訪れるかつてのアイネの同僚達の姿だ。

彼らはまだ国の重要な位置に仕えている身であり、そう言った情報も入手できたのだろう、だがアイネはそう言った職からは降りた身であり、彼らもさすがに全てを話すことは出来なかったのだ。


「なるほど……実はそのダンジョンなんですけどね、1Fが温泉だらけなんですよ。しかもモンスター湧かないし、罠も一切なし」


「……そんなダンジョン初めて聞いた」


ダンジョンと聞いて普通イメージするのはモンスターが闊歩し、油断すれば罠にはまる、そんな所である。

だが今回新たに出来たダンジョンは今までのイメージとはまったく違う物であった。八木の話を聞いたアイネの瞳がまん丸になっていた。


「他に例が無いみたいっすねー。そんなら温泉施設兼ダンジョンにしちまえって事で色々手加える事になったんす。んで俺が温泉施設の設計に関わって。たぶん加賀は温泉使った料理か何かじゃねーすかね」


「ん、正解」


八木の言葉を肯定する加賀。

温泉は全てが人が入れる適温であるとは限らない、中には常に沸騰する様な高温の温泉も存在していたりする。

加賀はそれらを使って出来る料理を幾つか見繕って調理法を教えていたのだ。


「それでですね、お偉方にはもう公開済みなんですけど、一般に公開する前に一度客いれたらどうなるか見たいって事で関係者に知り合い連れて一度来て欲しいそうで……時期は来月の頭っすね。たぶん雪降る前ぐらいかなー」


「……それは興味あるね」


「もちろんアイネさんも一緒にですよ。宿泊費は無料で人数制限無いみたいなんで他にも色々声かけましょうか」


一般公開前のテストと開発に関わった人々を招いての謝恩会と言ったところだろうか。

よほど施設が広大なのか人数制限も無く、知り合いも連れてきて良く、しかも無料である。

温泉旅行に行かないかと誘うべく3人はそれぞれの知り合いを訪ねるのであった。



「そんな訳で皆も行ってみる? 宿泊料は無料だぜ。あ、でも店で買い食いしたりするのは金掛かるけどな」


八木はすぐ事務所へと向かうとモヒカン達に声を掛けていた。


「ダンジョン内に温泉ですか……」


「興味はあるんですけど、かみさんと相談してからで良いですか?」


ダンジョンに温泉などと言う話は彼らも聞いたことが無いようで、八木の話にも興味を持ったようだ。

無料でしかも恐らくは世界初であろうダンジョン内の温泉への旅行である、がぜん行く気にもなる、が。彼らモヒカン達はいずれも妻子か彼女持ちの身である。


「おう、勿論。 あ、ただ馬車やら何やら手配しないとだから1週間ぐらい前には回答貰えると助かる」


「ええ、相談するだけなんで明日にでも回答するんで大丈夫ですよ」


独り身であれば自分の都合だけで決めることも出来たろうが、違うとなると長期間の旅行ともなれば事前に相談する必要があるだろう。

八木は彼らに伝え終わると今度はギルドへと向かい進んでいく。

ギルド員の皆が来るわけでは無いが少なくともエルザは来てくれるだろう、それ以前に誘わないと言う選択肢は無かったりするが。



そして同じ頃、加賀もパンを宿に卸しに来たオージアスに向かい声を掛けていた。


「温泉行きたくない?」


会う早々いきなりの質問に面食らった様子を見せるオージアスだが、すぐに考える様子を見せ、加賀の問いに答える。


「いきなりなんだい……温泉ねえ、たまには行ってもいいなとは思うけど」


「実はねー」


オージアスの回答を聞いて温泉自体は嫌いでは無さそうだと見た加賀はダンジョンと温泉についてオージアスに説明しだす。


「そんな訳でオージアスさんも行こうよー。知り合いに声かけてさー。無料だよ、無料」


「なるほどねえ……まあ、たまには休暇取るのも悪くないわな……よし。知り合いにも声かけて見るよ。取りあえず店戻らんといかんから後でになるけど」


「おー。頼んだよー」


ダンジョン、温泉、無料と聞いてオージアスは行くことを決めた様だ。

その間パン屋は休むことになるが年中ほぼ無休でやっているのだ、たまに休むのも悪くはない、そう考えたオージアスは知り合い……主に近所の店の連中に声を掛けることにする。

彼らもまたほぼ年中無休で働いているのだ。



近所の連中に声掛けが終わればあとは宿の探索者達へのお誘いのみとなる。

加賀は一人で黙々と食事を取っていたチェスターへと目を付け、ダンジョンと温泉について話を振っていた。


「へぇ、新しいダンジョンですか……確かにあの辺りにはダンジョンは無かったですね」


「うんうん、それでね。正式オープン前のお試しって事で知り合いとか色々誘って行こうと思うんだけど……皆にも後で聞いて貰っていいですか?」


「それは構いませんが……」


皆にも聞いて欲しいと言う加賀に対し、少し疑問を持つチェスター。

別に皆に聞くのはまったく問題とはしないが、何故自分なのだろうか?と。


「今言っても皆明日には忘れてそうだからー……」


何となくチェスターの疑問を感じ取った加賀はちらりとチェスターの背後へと視線を向け、呟くようにそう言った。


「ああ、確かに……良いですよ。明日でもタイミングみて皆には話して起きます。新しいダンジョンには皆興味があります。当分ここのダンジョンから移ることはないでしょうが、見るだけは見ておきたいでしょうし、皆行くことになるでしょうね」


チェスターの後ろでは酔っ払った探索者達が馬鹿騒ぎをしていた。たまたま酒よりご飯を優先したかったチェスターだけが唯一まともに話を聞いてくれる相手だったのである。

面倒ごとをお願いしてしまったお詫びと礼と言うことでワンホールのケーキをチェスターへと出し、厨房へと戻る加賀。

これで温泉旅行への誘いは終わりとなり、あとは実際ダンジョンへと向かうだけである。

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