295話 「そう言えばそんな時期9 デーモンの生態?」
しばらくすると八木が加賀の元へとやってくる。
顔はお酒を飲んでいるため赤くなっているが、割としっかりとした足取りである事からあまり量は飲んではいないのかも知れない。
「呼ばれました。何でしょうか、私とても嫌な予感がしますの」
「……」
酔っているには酔っている様だ。
妙にしおらしい態度でそう言うと加賀の無言の視線を受け、降参とでも言うように両手をあげる。
「悪かったって、そんな目で見るなし……」
「ヒューゴさんが楽器用意したから何か歌って欲しいんだって。さすがに一人だと無理だから少しだけ手伝って欲しいなーなんて……ごめんねエルザさん達と飲んでたんでしょ?」
加賀は見なかった事にしたらしい。
ヒューゴから歌をせがまれた事を伝える。
「あ、なんだそう言うことね。いいぜ、せっかくだからエルザさんにも聞かせたいしさ。何から歌う?」
「ありがと……そだね、祭りなんだし盛り上がりそうな曲でいこっか」
その後エルザ達も呼び寄せた二人は、テーブルをどかして出来た空きスペースで演奏を始める。
気が付けば宿のメンバー以外にも徐々に人が集まり、祭り会場においても異様な盛り上がりを見せる事となった。
そうなると途中でやめるわけにもいかず、二人は時折提供されるポーションを頼りに真夜中まで演奏を続ける事となる。
「ん……? そっか昨日あのまま寝ちゃってたんだ」
瞼越しに感じる光に加賀が目を開けると辺りは真夜中ではなく、昇った太陽に光に照らされすっかり明るくなっていた。
「おはよう」
「あ、おはようアイネさん。もしかしてずっと起きてたの?」
目を覚ました加賀に声を掛けたのはアイネだ。
種族柄寝なくても平気な彼女は見張りも兼ねて一晩中起きて過ごしていたのである。
「私は寝なくても平気だからね」
「ごめんね、途中で帰れば良かったんだけど……うわ」
フワフワとした毛布……ではなくうーちゃんの上で身を起こした加賀は辺りの惨状を見て思わず声を上げる。
「まさに死屍累々て感じだね……とりあえずお片付けしよか」
「ん」
辺りには一晩中飲んで騒ぎ続けた者達がまさに死屍累々といった様相で横たわっていた。ある者はテーブルに突っ伏し、またある者は床にそのまま転がり酒瓶を枕にしている。中には花壇に頭を突っ込んで身動ぎしない者すら居た。
彼らが動き出すまでしばらくの時を要するだろう。
二人は静かに後片付けを始めるのであった。
そんな祭りが終わってから数日後、久しぶりに建築ギルドに顔を出した八木へとエルザが声をかける。
「八木さんにあんな特技があったとは知りませんでした」
祭りで八木に演奏を聴いていたエルザであったが、あれ以降八木を見る目が少し変化していた。
期待を込めたようなその視線から、八木が行った演奏は少なくとも良い方向に働いていたのは間違いないだろう。
「特技……確かに特技か。 かなり練習したからなー、自分でも割と上手い方だとは思うよ」
特技と言われ一瞬否定しそうになるが思い止まる八木。
前世界において相当な時間を練習に費やし、自分としても上手い部類に入るとは思っている。故に少なくとも特技と言っても差し支えないだろうと考えたのだ。
「普段は宿で演奏しているのですか?」
「そっすね。 ここんとこほぼ毎日かなあ」
「……うらやましい」
「え?」
毎日演奏していると聞いて俯きボソリと呟くエルザ。
小声であったため八木には聞き取れなかった様だ。
八木が何だろうかと聞き返そうとしたところ、がばりと顔を上げたエルザと目が合う。
「あの! ……たまに聞きに行っても良いでしょうか……?」
「そりゃ勿論! 何時でも来てくださいよー」
突然のお願いに戸惑う八木であるが、それも一瞬の事であった次の瞬間には満面の笑みをうかべば承諾していたのであった。
「良かったじゃーん」
宿に戻った八木はすぐに加賀へと先ほどのやり取りを話していた。
加賀はひたすらトウモロコシの皮を剥ぎながら八木の話に相槌を。
「おう……ただ、来れるのは昼らしいんだよな」
「そりゃしゃーないんでない。 家ちょっと遠いんでしょ? 夜歩いて帰るってのはちょっとねー」
エルザの家はギルドに近く、宿から行くとなるとそれなりの距離を歩く必要がある。
そこを一人で夜中と考えると厳しいものがあるだろう……そこで八木が送るという考えには至らなかったらしい。
「そうだよなー……加賀は昼も忙しいよな」
「んーまあでも長時間は無理だけど数曲なら付き合えるよん」
「そっか……余裕がある時はお願いするかも知れん。まあ、基本は俺一人と考えた方がいいよな……となると出来る曲は……」
歌いながらだと結構大変なんだよなあ……と独り言ちる八木を見ていた加賀がこてん、と首を傾げる。
「別にボクじゃなくて他の人に頼んでも良いんじゃない?」
「そりゃそうだけど、お前以外に弾けるのおらんだろー?」
「いるよ?」
「まじ?」
自分でなくとも良いのでは?と言う加賀であったが、八木としては他に頼める人が思い浮かばないでいた。
そんな思いから疑問を口にする八木に対して加賀はあっさりと応え、そのまま厨房へと引っ込み、またすぐに出てくる。
「まじだ」
加賀は厨房から芋の皮むきをしていたデーモンを連れてきた。
魔法か何かで姿を変えさせ弾かせようという考えらしい。
問題はデーモンがギターを弾けるかどうかという話であるが、デーモンにギターを渡すと、なんとデーモンは見事に弾いてのけたのである。
「……意外と言うか何と言うか歌もギターもいけちゃうんだよなあ」
「デーモンにとっては当然の嗜みです」
意外なところでもハイスペックであったデーモンに感心したような呆れたような様子の八木。
デーモンはそれを聞いて少しだけ得意そうに言葉を返す。
「そういうもんなの?」
「そういうもんです」
そういうもんらしい。
「んじゃ、次は俺が歌ってみるんで……えーっとギターだとどの曲が良いかなー」
「あちらでも構いませんよ」
デーモンがギターを演奏してくれる事を前提に何の曲を歌うか頭を悩ます八木。
そんな八木に対してデーモンは部屋の隅を指さしながら口を開く。
「え、まじ? ピアノも弾けちゃうの?」
「デーモンにとっては当然の嗜みです」
部屋の隅にあった加賀が自分用にと買ったピアノ。
デーモンにとってはピアノも当然の嗜みらしい。
「そういうもんなの?」
「そういうもんです」
そういうもんらしい。
「はー……」
デーモン。その知られざる生態を知った八木であった。




