278話 「宿に足らないもの?5」
ダンジョンから戻りひとっ風呂浴びた探索者達がぞろぞろと食堂へと入ってくる。
何時もならここから酒や飯を頼んで食事件飲み会が始まるのだが、今日は何時もと様子が違う。
「お、おおぉぉ……?」
食堂に入った彼らは席に着くよりも前に、壁に立てかけられたギターの存在に気が付く。
「こ、これもしかしてギターじゃ??」
「もしかしなくてもギターっすよ」
目を輝かせてギターを見る探索者達。
壁際でギターの側に座っていた八木はその予想以上に反応を見せる探索者達を見て嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっと弾いてみていいか!?」
「どーぞどーぞ」
頬を上気させギターを手に取るヒューゴ。
ガタイが良いのでギターを持つ姿は割と様になっているが、ギターの腕は完璧初心者のそれであった。
「恐ろしく下手ですね」
「うっせえっ」
真顔で冷静な突っ込みを入れるアルヴィン。
ならお前が弾いてみろよとギターを差し出すヒューゴであったがアルヴィンはそれをスルーして八木に話しかける。
「ところでこれ、どなたの物ですか?」
「俺のっす。割と近くに店あったんすよ」
「買ってきてくれたのか? わざわざすまねえな……」
八木がギターを買ってきた事を知って申し訳なさそうに小さくなるヒューゴ。
「もともとギター好きだったんで機会あれば手に入れようとは思ってたんす。ま、丁度良い機会だったって事で」
「いや、本当嬉しいわ」
「好きだったと言うことは弾けるんですか?」
「そりゃ勿論。 何か弾いてみましょうか?」
何か弾こうかと言う八木にヒューゴとアルヴィンは顔を見合わせるとすっとギターを八木に差し出す。
ギターを受け取った八木は椅子に腰掛けると二人に何の曲が良いかと尋ねる。
だが、八木は曲名を言われてもさっぱり分からなかったようだ。
八木が知っている曲は元の世界のものであり、アルヴィンとヒューゴの知っている曲はこの世界のもの……ミュージックシェルのお陰で多少共通で知っているものも存在はするが、あいにくと曲名まではわからない。
「んー……じゃ、あれでいいか」
なので八木は取りあえず自分の得意とする曲を演奏する事に決めた。
彼が好きだった曲でギターとボーカルで構成された曲であり、八木はギターだけでは無く自分の声も使ってその曲を演奏仕切った。
「……」
「……」
「まあ、こんな感じっす」
ギターを降ろして一息ついた八木。
そんな八木に回りの探索者達は奇妙なものでも見るような視線を向けていた。
「ギターも歌も上手すぎて引くわ」
「貴方本当に八木ですか? 中身デーモンと入れ替わって無いでしょうね」
「感想が辛辣だっ!?」
酷い感想にショックを受けたような仕草を見せる八木。
探索者達も本気で言っているわけでは無いので、すぐに冗談だと言って笑い声を上げる。
その後、まだ風呂から出ていなかった他の探索者達も徐々に食堂へと集まり、それに釣られて八木のギターを演奏する回数も徐々に増えていく。
「おー……ギターだ」
「色んな曲知ってますねえ」
「次は賑やかな曲で頼むぞい」
ギターを見た彼らは八木へ次々にリクエストをしていく。
最も曲名はわからないので賑やかな曲とかテンション上がる曲とか、イメージでしかリクエストされないのだが、八木はかなりレパートリーを持っていたようでそれらのリクエストに何とか答える事が出来ていた。
だが……
「た、たんま……一回休憩させてぇっ」
ずっと演奏して歌い続けるのはかなり体力を使うし、喉や腕等、体にダメージも蓄積していく。
何曲目かも分からない程演奏した八木でありが、遂にへばって休憩する事を願い出る。
「あ゛ぁ゛ー……ビール美味しい。喉カラカラだったわ本当……」
引っ切りなしにリクエストが来るので肝心の酒を飲む暇すらなかったらしい。
ビールで喉を潤し、加賀が作ってくれていた焼き鳥をぐいと食べる。濃いめのタレで味付けされた焼き鳥は冷めていても美味しかった。
「八木っちーさっきの曲もっかーい」
「次はワシじゃい」
「えぇ……か、加賀ー!」
酒が入ると遠慮が無くなるらしい。
へべれけになった探索者らが絡むように八木にギターを弾くようせがんでいた。
八木は勘弁してくれとばかりに大声で加賀の名を呼ぶ。
「……呼んだ?」
「交代で!」
「えー」
いきなり呼ばれて怪訝そうな表情を厨房から覗かせる。
ギターを差し出して交代と言う八木と回りの酔っ払いを見て表情を変えぬままそのまま引っ込もうとする。
「加賀さんも弾けるんですか?」
「おっ、そりゃいいな。何か弾いてくれよー」
だがそれは八木の声を聞いた探索者達によって阻止されてしまう。
腕を引かれ厨房から出て来た加賀はしょうがないなあといった様子でギターを受け取り、そして何かにきづいた様に表情を変える。
「……ギターでかすぎ」
八木で丁度良いサイズと言うことは加賀には大きすぎるのだ。
何とかギターを抱えるも弦に手を届かせるのも一苦労といった様子である




