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275話 「宿に足らないもの?2」

あれだけでは何のことかは分かるはずも無く、加賀だけでは無く回りでその会話を聞いていた者は揃って首を傾げていた。


「……あれだけじゃ分かる訳が無いでしょう?」


呆れ顔でヒューゴに突っ込みを入れるアルヴィン。


「……あー、あれっすよ楽器っすわ」


「ふむ」


「楽器? ……食堂に?」


ヒューゴの言葉を聞いて静かに頷き何やら考え込むバクス。

一方加賀はいまいちぴんと来ないのかまだ首を傾げたままだ。


「酒場だと割と置いてあったりしますよ……ここも半ば酒場見たいになってますからね」


「酒飲んでるとさ、たまに音楽あるといいなーって思う事もあるんよ」


どうやら楽器を置くと言うのは酒場であれば割と普通の事ではある様だ。

加賀が働くこの場所も一応は宿の食堂と言うことになってはいるが、実際かなりの量の酒を提供しているため酒場と言われても仕方のない面はある。

実際酒を取り扱っているし、それに以前居た世界では音楽を流している食堂もそう珍しくは無い。なので加賀は食堂に楽器を置くと言うことに対し抵抗はないようである。


「っへー。皆演奏出来るんだー?」


「……」


「ダメじゃんっ」


楽器を置くと言うことは誰かが演奏すると言うこと。

加賀はこの無骨な探索者達にそんな特技があったのかと目を輝かせて尋ねるが、返ってきたのは無言である。

思わず突っ込みを入れてしまうのも仕方のない事だろう。


「あのミュージックシェル?じゃダメなの?」


「いやあれはあれで悪く無いんだけど……雰囲気がなあ」


「ふーむ」


音楽を流すだけであれば以前ダンジョンの宝箱から手に入れたミュージックシェルを使うと言う手もある。だがその辺り何やら拘りがあるらしく、ヒューゴはあまり乗り気ではない。

そのやり取りを見ていた八木が何かを考えるように手で顎をさすっていた。



翌日の午後の事。

午前中で仕事を切り上げた八木が厨房にいた加賀へと声を掛けていた。


「加賀、午後から空いてる?」


「ん、一応空いてるー」


加賀は何か作業をしていた訳では無く、アイネが鍋をかき混ぜるのをぼーっと眺めていた。

実際何かやる事があったわけではないようで八木の問いかけに空いていると答えた。


「じゃちょっと買い物付き合ってくれんかー?」


「んー……いいよん」


アイネの方へと視線を向ける加賀。

加賀の視線に気付いたアイネがコクリと頷いたのを見て八木に返事をする。


「アイネさんはお留守番ー?」


「ちょっと手が離せなくて……デーモン多めに付けるね」


アイネは今やっている作業がまだ終わらないようで二人の買い物には付き合えない様だ。


「うーちゃんは爆睡中と……」


食堂ではソファーの上でうーちゃんがすぴょすぴょと寝息を立てていた。

加賀が寝ているその口元にクッキーを置いてみると器用に口元を動かしてクッキーを口にするうーちゃん。

それで起きるかと思われたが、うーちゃんはクッキーを飲み込むとそのままごろんと横に転がり再びすぴょすぴょという寝息を立て始めた。

お腹をポリポリと掻くその様子を見てこれは起きそうに無さそうだと揃って肩をすくめる二人であった。



「んじゃ二人でいこっか」


「おうよ」


アイネは作業中でうーちゃんは爆睡中、バクスは燻製小屋で燻製作りに励み、咲耶はベッドメイク中だ。

そうなると出掛けるのは八木と加賀の二人でと言うことになる。


「そーいや八木と二人で出掛けるのって初めて?」


「え、いやそれは無いんじゃ……あれ? どうだっけ……」


玄関を出た辺りで八木に話しかける加賀。

二人で出掛けるのは初めてでは?と言う加賀に対して否定しようとした八木であるが、八木自身記憶が曖昧な様でどうだったか分からなくなってしまう。


「初めてな気がしなくもないー」


「まじか」


日中、八木は事務所にいることが多く加賀が出掛けるとすればそれはうーちゃんやアイネと一緒に行くことがほとんどだ。

休日に出掛ける場合は大勢で行くことが多い。なので実際の所はどうか分からないが、二人で出掛けるのは初めてと言うことで落ち着いたようだ。


「じゃー、初めてなんだしー何か奢って貰っちゃおうかなー?」


「なんだそりゃ……別にいいけどよお」


初めて何だから何か奢れという加賀の謎理論に一瞬呆れた表情を浮かべる八木であったが、別にそれぐらいなら良いかと了承する。


「え? ほんとにー?」


「あんま高いのはだめだぞー」


本当に奢って貰えるとは思っていなかった加賀は、思わぬ八木の回答に嬉しそうにはしゃぎ出す。

それを見て苦笑とも何とも言えない笑みを浮かべる八木であるが。念の為釘は刺しておく。


「分かってるってー……あ、じゃーあれ食べたい!」


おやつ時ということもあって、昼飯時ほどでは無いが屋台がちらほらと並んでいる。

加賀はその内の一つに目を付け、八木の腕をぐいぐいと引っ張り屋台へと向かっていく。


「いらっしゃい、お? デートかい、良いねえ」


「いや、ちが……」


「えへへ~」


その様子は端から見ればデート中に見えなくも無い。

からかう店のおっさんに否定しようとする八木であるが、それより早く加賀が八木の腕にしがみつく。

八木の顔がぴしっと引きつり固まった。


「っかー昼間っからお熱い事で……んで幾ついるんで?」


「えっと……それじゃ5……10本ください」


引きつった顔のまま店のおっさんに注文する八木。

最初は5本注文しようとするがどこか突き刺さる様なおっさんの視線に負け、結局10本買ってしまう。


「おっ、まいど! よっし、2本おまけしたるっ!」


「やったー! ありがとうございますーっ」


おまけを貰ってはしゃぐ加賀と相変わらず引きつった顔のままの八木。

ずっしりと重い串焼きの詰まった袋を持って屋台を後にする。




「……おい」


屋台が見えなくなる辺りまで進んだところで俯いたまま歩き続ける加賀に声を掛ける八木。

すると加賀はすっと組んでいた腕を解くと立ち止まり八木の顔をじっと見つめる。



「どうしよう、思ったより心にダメージを負った」


「何でしたのっ!?」


八木の叫びが辺りに響いた。



「何かノリで……」


「はー……いいからもうその辺の椅子座ってろ。飲み物でも買ってくっから」


げっそりした顔で加賀にそう言うと近くの屋台へと向かう八木。

加賀は手近な空いている椅子を見つけるとちょこんと腰掛けテーブルに袋を置いた。

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