269話 「ただめし怖い」
栗鼠のように頬を膨らませた加賀を見て、気まずそうに頬をポリポリとかく八木。
「あー……そんじゃまた明日な」
「……」
軽く手を振って別れ様とする八木をどこか恨みのこもった視線でじーっと見つめる加賀。
幽霊などホラーなのはあまり得意ではないらしい。アイネは良いのかと言う話もあるがそれはそれである。
「そんな目で見ないでくれ……俺もまさか本当にあんな噂あると思わなかったんだってば」
「むぅ……何かあったら化けて出てくれる」
「やめてっ」
いーっと歯を剥いて八木と別れた加賀であるが、昨日何者かに声をかけられた地点でふと足を止める。
(名指しされてたしなー……ボクを認識して声を掛けたって事なんだよねえ)
思い出すのは昨日話しかけられたその内容だ。
加賀を名指ししたあたりそいつは相手が加賀であると認識して声をかけたと言うわけである。
また背中にぞわりと悪寒が走り、加賀は足早に部屋に向かおうとする。
だが、そこに背後からまた声が掛けられた。
「……おい」
(うげ……無視無視)
昨日とはどこか違う声色であった。
加賀は聞こえないふりをしてそのまま先へ進もうとする。
「おい、お前。俺を無視するとは良い度胸だな?」
「……え?」
廊下を歩く音とよりはっきりと背後から聞こえる声。最初に聞こえた声よりもより近くから聞こえるその声に、加賀は思わず振り返る。
もしかして本当に人だったのかと。
「……」
だがやはりと言うか振り返った先には誰も居なかった。
はっきり聞こえた声も廊下を歩く音も何も聞こえない。ただただ静寂がそこにはあった。
「あ……アイネさーん!!!」
青い顔で脱兎の如く掛けだした加賀。
向かうはアイネの部屋である。
「……」
そして加賀と別れた八木であるが、そっちはそっちで異変が起きていたりする。
(何か居るぞっ!?)
昨日や加賀と違うのは実際には何かが部屋の前に居るということだろうか。
「……八木様、お待ちしてました」
「ど、どちら様でしょう……?」
八木が近付いてきた事に気付いてか、部屋の前にいたものは八木の方へと顔を向け口を開く。
そこに居たのは美人と言って差し支えのない女性であった。化粧のためか、それとも別の理由からかその顔はとても真っ白であった。
「嫌ですわ、もう忘れてしまったんですの……?」
(だ、誰!? てか、これ人間なの……?)
誰かと尋ねる八木に首を傾げ口だけで笑みを浮かべる女性。
思わず後ずさる八木に対し少しずつ距離を詰めてくる。
「まあ良いです……それじゃ早速始めましょう?」
「な、何を……」
気が付けば廊下の壁まで追いやられていた八木。
震える声で話す八木を見てそいつは三日月を3つ顔に浮かべ――
「……決まっているでしょう? こんな――」
――八木に向かい手を伸ばした所ですっと姿を消した。
「!? き、消えた……」
あたりを見渡す八木であるが廊下には八木以外誰も居なかった。
八木は泣きそうになりながら全力で廊下を駆けだした。
探索者達にあてがわれた部屋の中、暇つぶしにと始まったカードゲームがかなりの盛り上がりを見せていた。
「くあーっ、また負けた!」
「強すぎんだろー……俺のお菓子が……」
その場にあるお菓子を総取りしてご満悦なうーちゃん。早速とばかりにクッキーを数枚まとめて口に放り込んでいる。
「んでんで、そこの布団に包まってる八木っちはどーしたん?」
カードゲームに興じる皆を眺めながらお菓子をもしゃっていたシェイラがすっと指さした先。そこには布団に包まり饅頭のような姿になった八木がいた。
探索者達の部屋に泣きながら駆け込んだかと思えば布団に潜り込み、以来ずっとこのままなのである。
「幽霊にばっちりあったらしいぞ」
「っへー」
探索者達は一応八木から事情を聞いていたらしい、なので布団をひっくり返したりせずにそのまま放置してたのだ。
「話しかけてきて目の前で消えたそうな」
「あらま……憑いてきてないよね? ちょっと八木っち廊下で寝て……うそうそ、冗談だってば」
シェイラの言葉を聞いて顔だけずぼっと布団から出す八木。
その顔は絶望で歪んでいた。
「そうなると加賀の方が心配になりますね」
「あ、さっき廊下でアイネさんが加賀っち抱えて歩いてたよー」
八木がこうなら加賀はどうなったのかと気にするアルヴィンにアイネが抱えていた事を伝えるシェイラ。
どうやら加賀は無事アイネと合流できた様である。
「ならば大丈夫でしょう」
アイネは要は幽霊の親玉の様な存在である。
そんな彼女に守られているのならばまず問題ないだろう。
「ま、明日乗り切ればもう後は帰るだけだ。何とか頑張るとええ」
会議は明日で終了する。
最後に明日の晩餐会に出席し、明後日の朝にはこの街を出ることになる。
あと少しの辛抱である。
もっともそのあと少しがとても長いのではあるが……。




