252話 「休日の過ごし方」
ある日の朝方、燻製小屋の一角でゴソゴソと荷物を漁るバクスの姿があった。
やがて目当ての物を見付けたのか、大きめの箱を奥からずりずりと引っ張り出す。
「む……これしか残ってないのか」
箱を覗き込んだバクスの眉が八の字に垂れ下がる。
箱に入っていたのは真っ黒な炭。ただその数は少なく箱の底が見えてしまっていた。
(前回使った時に補充するのをすっかり忘れていた……煙が気になるが薪を使うか……いや、どうせなら良い炭を買うか……?)
しばし考えを巡らせおもむろに頷くバクス。
燻製小屋を出て宿に向かい自室へと入ると財布を手にし玄関へと向かう。
(滅多にない機会だからな……)
今日は珍しくバクス以外の従業員が夕方までいない日であった。
それに探索者達も皆ダンジョンであり、八木も一日中仕事である。
バクスは今日は一日ゆっくりすごし昼は好きな物を食べる、そう心に決めていた。なのであまり妥協はしたくなかったのだ。
「毎度ありい!」
「ああ……」
一抱えほどもある箱を手に宿への道を歩くバクス。
その箱には買い求めた炭が詰まっているが、炭にしてはどうも重量感がある。箱の中から時折聞こえる何かがぶつかり合う音もどこか金属めいた音をしている。
(黒鉄の炭があるとはついている……昼にするにはまだ大分時間がある。この前買った本でも読むか? ……ああ、せっかくだから深煎りコーヒーとやらも試してみるか。 大分苦いそうだし甘い物と一緒の方が良いか……アイネさんが作ったチョコがまだ冷蔵庫にあったはず)
それが売っていたのはたまたま運が良かったからだ。
貴重な黒鉄……の端材を使って作られた炭は他の炭と比べてずっしりと重みが有り鉄よりも硬い。
中々火はつかないが一度付けると高温で安定した火力、それに長時間持つとかなり優れた特性を発揮する。
帰ったら早速火を起こし、ゆっくり過ごそう。
そう思い歩を進めるバクスの足取りは重い箱を抱えているにも関わらず軽かった。
「とりあえずこれだけあれば十分だろう……」
宿に着いたバクスはいくつか荷物を持って庭に向かうと早速火をおこす。大きめのコンロに太めの炭を何本か、と炭の量が少なめに見えるが黒鉄の炭は火力が高いのでこれで十分なのである。
「大分黒いな」
小さなフライパンにコーヒー豆を入れて煎ることしばし、あたりにはコーヒーの芳醇な香りが漂っていた。
普段飲んでいるコーヒーよりも念入りに煎られた豆は中々に真っ黒である。
(だが前に見せて貰ったのと色はほぼ同じ……ま、大丈夫だろう)
コーヒーミルに煎った豆を入れてゴリゴリと挽き、フィルターを使いサーバーにコーヒーを淹れる。
色は普段飲んでいる物よりも大分濃く見える。
「む、香りが違う……確かに苦いな」
椅子に腰掛けテーブルに置いたコーヒーに手を伸ばすバクス。
最初に香りを嗅ぎ、次いで一口コーヒーを口に含む。
大分苦味は強いが香りが良く、それにアイネ謹製のチョコとの相性も良い。
バクスは満足げに頷くとテーブルに積んだ書物へと手を伸ばす。
昼まではこうして本を読みながらゆっくり過ごすつもりなのだ。
「うむ、甘くしても良いな」
コーヒーを飲み始めてからしばらく経ったこともあってバクスはブラックでも行けるようになっていた。が、それは別に砂糖と牛乳を入れて飲まないと言うわけではない。甘くして飲むのもバクスは好きであるようだ。
飲み干したコップをテーブルに置き、読み終えた本を閉じるバクス。
(読み終わってしまった……)
気が付けば積んであった本は全て読み終えてしまっていた。
ふと空腹を覚え空を見上げるバクス。太陽はいつの間にか一番高いところまで昇っていた。
「……昼か」
そう呟いてコンロに目を向けるバクス。
炭の表面は灰で覆われて真っ白になっていた。だが、少し衝撃を加えれば灰はこぼれ落ち中から再び真っ赤に熱せられた炭が顔を覗かせる。
バクスは炭を足そうとしていた手を止めると立ち上がり、燻製小屋へと足を向けた。
「確かここに……あったあった」
燻製小屋にある保存用の冷蔵庫、その奥からバクスの手によってズルリと巨大なハムが引きずり出される。
(作ってもすぐ無くなっちまうからな、確保しとくのが大変だ……ま、美味そうに食ってくれるのは嬉しいが)
バクスの作った加工肉は宿の中において絶大な人気を誇る。
今バクスが手にしている優に重さ10kgを越えるその巨大なハムも探索者達の胃袋を前にすれば一日持たずに食い尽くされてしまう。
作る側としては嬉しいことではあるが食べる側となるとこっそりつまむ分の確保が大変である。
「……うまい」
凶悪な厚さのハムをフライパンでこんがりと焼き、ナイフとフォークで切り分けマスタードをつけて口に放り込む。
(ハムは何時もの薄切りも美味いが、こう厚切りにしてステーキにしても美味いもんだな)
ハムは食い慣れているが、調理方法が変わればまた違う美味しさがある。
口の中に溢れる暴力的なまでの旨さにバクスの頬も自然と緩むというものだ。
「……ふぅ」
コップの中身を煽り満足そうに息を吐くバクス。
気が付けばコップの中身はコーヒーから酒へと変わっていた。
「さて、そろそろ茹で上がったかな……」
沸騰しない程度に温められた湯の中を白っぽい細長い物体が浮かんでいる。
その内一つをつまみ上げたバクスであるが、手に持った物を見てなんとも言えない表情を浮かべる。
「色が……まあ燻製してないんだから当然か」
バクスが茹でていたのはソーセージであった。
だがそれは何時ものソーセージと違い色が妙に白っぽいものであった。
(フレッシュソーセージね……さて、どんなもんかなと)
フレッシュソーセージ……要は加熱燻煙してない腸に肉をつめただけの状態のソーセージである。
加賀からこのソーセージの存在を聞いたバクスは興味こそあったものの、普段の燻製作りが忙しく手が回らず今まで作らないでいたのだ。
だが今日のバクスは自由である。
「う、ぉお……」
何も付けずに食いついた瞬間肉汁が口の中ではじける。
乾燥や燻製をしていないからだろうか。普段食べているソーセージに比べて非常に肉々しくジューシーだ。
まさに肉!といった食い応えに思わずバクスの口がうなり声を上げる。
「こりゃうまいな……」
「何がです?」
「……おう、今度はお前らか」
ただの独り言であったはずが、それに反応する者がいた。
バクスが声の方に視線を向けるとそこには興味深そうにバクスの手元を見る複数の目があった。
ダンジョンに行って居ないはずの探索者達。その一部が帰ってきてしまった様である。




