251話 「春の陽気5」
そう言って軽く笑みを浮かべるエルザ。
その笑みはどこか自嘲めいている様に見えたのは八木の気のせいだろうか。
「仕事一筋なんすねー」
「ええ、なので気がついたらもうこんな年です……同年代の子はもう結婚してると言うのに」
行き遅れちゃってと苦笑いするエルザに対し八木はイヤイヤと大げさに手を振ると言葉を続ける。
「いやいや何言ってるんです、十分若いじゃないですかーもう」
別に嘘というわけではない、前世でもうおじさんと呼ばれる年齢だった八木からすればエルザは十分若く見えるのだ。
「……」
「……?」
だがその八木の言葉をどうとったのかエルザは無言で八木をじっと見つめている。
「私……いくつに見えますか?」
「…………ヒュッ」
八木の喉から空気の漏れる音がした。
(やっべぇ……やべえどうしよう。これぜったい迂闊なこと言ったらアウトな奴じゃん!? どうする?どうすれば? どう見ても20代前半だよな? いや、でも大人っぽく見えているだけで実は10代か? その場合下手に23とか24とか言ったら不味いよな? なら10代って事に……いや、もし20後半とかだったらお世辞で若く言ってると思われるかも知れん……どうすれば!?)
今までに無い最大のピンチに八木の頭脳はオーバークロック気味に回転しだす。
結論を出すまでに要した時間はほんの数秒であった。
「そうっすね、23~24っすかねー」
八木の出した結論は正直に思っている年齢を言うことだった。
「……正解です。少し前に24になったばかりですよ」
見た目通りの年齢だった様で八木は心の中でほっと胸をなで下ろす。
これが大幅にずれていたらと思うと背中に冷たい物が走る。
「……私みたいな行き遅れと遊んでくれてありがとうございます。本当に――」
「へっ?」
「――嬉し……?」
年齢は合っていたにも関わらず硬い表情のエルザ。その表情を見て、さらに行き遅れと聞いた八木は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「行き遅れってその年齢で……そう言うことかっ」
そして八木はまだ若いにも関わらず行き遅れという言葉を聞いてある事を思い出す。
時代によっては10代半ばで嫁ぐことが普通であったり、20代半ばにもなれば行き遅れと呼ばれる事もあると。
「結婚する平均年齢が30近い……? その、疑うわけじゃないんですが……」
「本当ですって! 何なら帰って加賀に聞いてみてください」
「……いえ、分かりました大丈夫です」
自分の感覚的には30近くで結婚するのも普通であると、なのでエルザさんに若いと言ったのも決して嘘ではないと説明する八木。エルザは最初は疑わしそうにしていたが加賀にも聞くようにと言うと本当のことなのだと理解した様子である。
「最初は仕事仲間内ですし、気を使っているのかなと思ったんですけど……」
エルザ側としては自分遊びに誘ったりしてくれるのはからかう……のは恐らく無いであろう事から、仕事仲間なので1種の社交辞令的なものだと感じていた様だ。
「そうじゃないと分かったので嬉しいです。八木様」
「お、おおう?」
だが、そうでないと分かりエルザはその顔に満面の笑みを浮かべるのであった。
「さ、釣りの続きをやりましょう。 夕飯の分も釣るのですよね?」
そして夜になり、夕食にエルザと共に魚をたらふく食べた八木はぽんぽんに膨れた腹を抱えベッドに寝転んでいた。
「ふひー……腹きつい……眠い」
「おつかれさまー? ……んで、どうだったのさ」
そして部屋には八木の他にもう一人。加賀の姿があった。
手に持ったコップをテーブルに置き椅子に腰掛けると八木に結果について尋ねる。
「おう、何とか乗り切ったぞっ!」
「乗り切った……?」
夕食は二人とも楽しげに食べており、その様子から恐らく上手く行ったのだろうと思っていた加賀であったが乗り切ったという八木の言葉を聞いてあれ? と首をかしげる。
「年の話振られた」
「わー」
その場面を想像して思わず真顔になる加賀であった。
「まあ次の約束もしたしー……」
「へーよかったじゃん」
次の約束を出来たのであるなら上手く入ったのだろうと思い、おめでとうと言う加賀に対し、八木はにやりと笑みを浮かべると口を開く。
「お前もはよせんと咲耶さんに煽られるぞ? 早く孫の顔が見たいわね~なんてな」
実際に何度か聞いたことのある台詞である。
加賀は耳を塞ぎじ非難がましい目で八木を見る。
「勘弁して……ボクはほら、あれだし……彼氏ならすぐ作れそうだけど」
「お前が言うと洒落にならんわ」
今度は八木が真顔になる番であった。
それはともかく八木とエルザの仲も少しは進展しそうである。




