251話 「春の陽気4」
翌朝、加賀の作った弁当を持ち玄関に向かった八木を宿の従業員が見送る光景があった。
「んじゃ気を付けてねー」
「おう、まかせとけっ」
弁当を掲げ勢い良く玄関を飛び出る八木をなんとも言えない表情で見送る一同。
「だいじょぶかなー」
「どうだろうね」
アイネと協力して二人きりになる様にはしたが結果がどうなるかは不明である。
心配にはなるが心配しても結果が変わるわけではない、朝の仕事もまだ残っており、皆それぞれ仕事に戻るのであった。
「お待たせっす」
「今丁度来たところですよ」
二人は街の外へと続く門の前で待ち合わせていた様である。
挨拶を交わした二人が向かう先にはバクスから借りた馬車が待機している。
「釣り道具はもう積み込んでありますんで、あと弁当積んだら行けますけどエルザさん何か持っていく物とかありますか? あるならそれも積んじゃいましょう」
「私の方は荷物これだけなので大丈夫ですよ」
馬車の中に弁当を積み込みながらエルザへ話しかける八木。
中には既に釣り道具や敷物、椅子など様々な物が積み込まれているようだ。
積み込んでいるとは言え二人で使うには広すぎるその車体にはまだまだ大量のスペースが余っている。
とりあえず八木はエルザから受け取った荷物も積み込むと扉を閉め御者台の方へと向かう。
「了解っす。それじゃアンジェこの前行った汽水湖までお願いね」
馬車を曳くのはこれまたバクスに頼んで借りたアンジェである。
八木が首筋を軽く叩いて宜しくねと言うとアンジェは嬉しそうに嘶く。
「あら……飛ばして良いのかしら?」
「安全運転でお願いしますううう」
独り言のようにぽつりと危険な発言をするアンジェを本気で止める八木。
体格が体格なだけにアンジェが本気で飛ばすとかなり洒落にならない速度が出るのだ。
舗装してない道をメインで通るのでスリル満点どころの話では無い。
「あっという間に着きましたね」
街を出て1時間も経たずに目的地の汽水湖へと馬車は辿り着いていた。
アンジェは八木の要望通り安全運転に努めてはいた。だがそれでも他の馬車の全力疾走並みの速度が出ていたりする。
「安全運転ではあったけど……おう?」
「? ……海岸に何かありますね」
馬車から降り辺りを見渡した所です二人は海岸に何かがある事に気が付いた。
それが何であるか目をこらして見ているとふいに聞き覚えのある声が横から飛んでくる。
「お、八木殿! 待っておりましたぞ」
「あ、ドラ……ンさんお久しぶりです?」
「うむ、元気そうでなによりであるな」
二人を出迎えたのは人間姿のドラゴンであった。もちろん服は着ている。
うっかりドラゴンと言いそうになった八木であるが、エルザが驚くといけないと思いとっさに誤魔化す。
「それはそうとあれを見るのである」
「何すかね……埠頭?」
どうやらエルザは特に気にしてない様である。
それを見て内心ほっとしつつドラゴンの指し示した方へと顔を向ける八木。よく見るとそれは埠頭に似た様な何かであった。
以前汽水湖に来た際には存在しなかったので最近作られたものだろう。
「似たような物ではあるな。ここで釣りをすると聞いて用意しておいたのである。沖の方が大型の魚が多い故」
「おお、そりゃありがたいっす」
最近どころから先日作られたものであった様だ。
埠頭は沖に向かい100m近く伸びていた。いくら何でも作るのが早すぎるので恐らくはどこかに存在していた物をここまで引っ張ってきたのだろう。
なんにせよありがたい事であり、二人はドラゴンへと礼を言うのであった。
「うむうむ。では我が輩はここらで退散するとしよう……ああ、もし落ちても安心するといいすぐ助けに入るでな」
どうやらドラゴンは何かあった時のため近くで待機するつもりらしい。
「では、加賀殿にもくれぐれも宜しく伝えとおいてくだされ……では」
加賀にくれぐれもと言伝を残すとドラゴンは汽水湖へと向かい飛び込んだ。
……ドラゴンの姿に戻って。
「え、ええええっ!?」
「せっかく誤魔化したのに意味なーいっ!!」
突然人がドラゴンの姿になって汽水湖に飛び込んだのだ。エルザの驚きは相当だった様で、思わず叫んでしまう。
「……なるほどリザートマンさん経由で知り合いになったドラゴンだと」
「そゆ事です……」
八木はエルザが落ち着いたのを見計らいドラゴンについてこれまでのあらましを話す。
エルザは知識としては上位のドラゴンが知性のある生き物であると知ってはいたので割とすぐ受け入れる事が出来たようだ。恐らく人の姿で会う分には問題は無いだろう。
「基本いい人?なんで大丈夫っすよ……それじゃせっかく用意してくれたんだし、釣りましょうか」
せっかくドラゴンが埠頭を用意までしてくれたのだ。
二人は釣り道具を持つとアンジェに一言声をかけ埠頭の方へと向かっていく。
「調理器具にコンロに炭まで置いてある……準備いいなあ」
「釣ったの食べられますね」
埠頭の先端の方へ行くと釣った魚を食べられるようにといくつか道具が置かれていた。
ドラゴンは冬のワカサギ釣りの際に釣れたてをすぐ調理して食べた経験がある、今回も出来た方が良いだろうと気を利かせて用意までしてくれていたのだ。
「このおにぎりと言う食べ物美味しいですね……中に入ってるお魚とよく合います」
「お、よかった口に合って。それ俺らの故郷の主食だったんよね」
釣りを始めた二人であるがドラゴンが近くにいる影響もあってか入れ食い、と言うほどでもないようだ。
だが、それがかえって良かったのかも知れない。次が釣れるまでの合間に弁当をつまんだり、雑談に興じる事も出来るからだ。
入れ食いだったらそんな暇も無くなってしまう。
「鱒は皮が美味しいですね……」
「んぐんぐ……だよね、皮美味しいよねっ」
釣れたら釣れたで焼いて楽しむことも出来る。
焼きたての鱒の皮はパリッとしていてとても美味しい。
二人の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「こんなにゆっくりしたのは久しぶりです」
「エルザさんいつも忙しそうだからなあ。ちゃんと休暇取ってます?」
腹も大分膨れた為、竿と仕掛けを変え夕飯用の大物狙いに変更した二人。
なかなかあたりが来ないがその分まったりとした時間が流れる。
「時々取っていますよ……ただ取っても特にする事もないのですよね」
「だから滅多に取らないんです」




