246話 「夢の魔道具2」
出会った獣人がガイのみであった為に加賀はこの世界の獣人は全てそのタイプだと思っていた。
だが今そうではないことを知り、加賀の中で獣耳獣人を見たいという欲求が急激に高まる。
「使ってみたい!」
それはいっそ自分がなっても構わないと言うところまで行ったようだ。
「それは別に構いませんが……使うと半日ほど姿が変わったままですよ? 宿の仕事に影響あるのでは?」
「むぐ」
姿形が変わるとなるといつもと同じように仕事をこなすのは恐らく難しいだろう。
アルヴィンの言葉に加賀は言葉を詰まらせる。
「今日の夕飯はもう用意できているし問題ないよ。温めて配膳するだけだから私と咲耶さんだけで平気」
「そう言うことでしたら……どうぞ、使って見て良いですよ」
そこに二人のやり取りを眺めていたアイネから助けが入る。
アルヴィンも仕事に影響が無いならばと魔道具箱を加賀へ差し出す。
「二人ともありがとう! ……どうやって使うのかな」
二人に礼を言って道具を受け取った加賀であるが肝心の使い方が分からない。
加賀が使い方がわからないでいると、加賀が手に持った魔道具をアルヴィンが説明しつつ確認し始める。
「使う本人が手に持ってキーワードを言うだけなのですが……ああ、これは単に変化と言えば良いだけですね」
「なるほどなるほど。他人には使えないんですねー……変化!」
思ったより簡単な使い方であった様だ。
加賀は軽く魔道具を握り直すと深呼吸をし、キーワードを唱える。
「っ!?」
その直後であった、突如として加賀の視界に何かが覆い被さってしまう。
それは加賀の全身も覆っているようで加賀は焦りからじたばたと身を動かすがうまく抜け出すことが出来ないで居た。
「こんなものが他人に対して使えたら大変な事になりますからね……服は部屋にでも……アイネさん、お願いしても良いですか?」
加賀を覆っていたものをつまみ上げアイネへと差し出すアルヴィン。
その正体は加賀がついさっきまで着ていた服であった。
体が変化したことでサイズの合わなくなった服が脱げてしまったのである。
「ええ……あら、可愛い」
そしてそんな加賀がどうなってしまったかと言うと……。
全身を覆う艶やかな毛、頭からぴょこんと生えた三角の耳にお尻からはしゅるりと長い尻尾が生えている。手は人のそれではなく肉球がついた猫のそれに近い。
にゃー!(獣人ってこっちのタイプかー!)
どうやらこの世界の猫の獣人は二足歩行する猫といったタイプの獣人であったようである。
加賀の叫びが食堂にむなしく響いた。
落ち着き、耳と尻尾を垂らして項垂れる加賀。
加賀が期待してたのは人に単に獣耳と尻尾が生えただけの様なタイプであったが現実はほぼ猫である。
にゃご(これじゃただの猫……)
「……よいしょ」
ふいに加賀の背後から手が伸び、加賀を持ち上げる。
服を置いたアイネが戻ってきて加賀を抱きかかえたのだ。
にゃあ!(た、高いっ!? お、落ちるぅ……)
「毛並み良いね……」
人間であれ自分の身長より高いところに急に持ち上げられた様なものである。
驚いて必死にしがみつく加賀をうっとりとした表情で撫でまくるアイネ。
どうも猫好きであったらしく彼女が満足するまで加賀は撫でられ続ける事になるのであった。
「さて……それでは夕飯まで部屋に戻っていますね」
今日はこれ以上魔道具を見ることは出来ないだろうな、と判断したアルヴィンは魔道具を片付けると席を立ち、二人へ声を掛ける。
「ん……そろそろ準備するね。加賀はここでゆっくりしてて」
そろそろ夕飯の時間が近いことに気がついたようにアイネは名残惜しそうに加賀をソファーへ降ろすと厨房へと戻っていく。
んにゃー(あーい)
残された加賀は散々撫で回されて疲れたのだろう、ソファーに座り込む。
香箱座りをするその姿は正に猫であった。
「ふいー……さっぱりした。やっぱ風呂最高だなあ……あ? なんで猫が……」
そしてアルヴィンやアイネと入れ替わるように食堂へと入ってきたのはヒューゴである。
彼はソファーに座っている猫……もとい加賀を見付けると辺りをキョロキョロと見渡して誰も居ない事を確認し近付いて行く。
「……おーよしよし! 可愛いなあ……どこの子でちゅかー?」
(…………)
普段見せる事の無いデレッとした表情を浮かべ猫撫で声で話しかけながら加賀の頭を撫でるヒューゴ。
まさかの行動に加賀の瞳は満月のように丸くなり、尻尾はまるで狸の様になっている。
「……誰か居ると思えばヒューゴですか。何をしているんです?」
「っ……おう、見ろよこれ猫だぜ猫。どっかから入り込んできたんかね?」
ふいにヒューゴの背後から声が掛かる。
一瞬ビクリと身を竦ませるヒューゴであったが、すぐに何事も無かったように立ち上がるとアルヴィンに対応する。
「それ加賀ですよ」
「…………は?」
アルヴィンは何となく何をしていたのか察していたのかも知れない、少しだけ憐れんだ視線をヒューゴに向けると猫の正体が加賀であることを告げる。
にゃー(加賀でちゅよ)
「……ぐふ」
先ほどまで話しかけていた猫が加賀である。つまりあの恥ずかしい場面をばっちり見られたどころの話では無い。ショックから魂が抜けたようにヒューゴは崩れ落ちた。
「……誰か俺を殺してくれ」




