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239話 「一人で出来るもん」

冬が終わり春が来る。

すっかり暖かくなり雪も溶け緑が溢れてきた今日この頃。

装いが春らしくなっただけで宿の従業員のやる事は変わらない。ただたまに普段と違う事が起こることもある。

何時ものように食事をしようと冷蔵庫をガサゴソと漁りはじめた加賀であるが、野菜室を開いたところで頭を両手で抱えてしまう。


「あー!」


「? どうかしたか?」


不意に上がった加賀の悲痛な叫びに一体どうしたのかと従業員が集まってくる。


「玉ねぎ買い忘れてた……」


頭を抱えたままぽつりとそう呟く加賀。

冷蔵庫の中には玉ねぎが一つだけ寂しげに転がっていた。


「……あら、本当ね。これじゃさすがに足らない……」


「んぐう……しゃーない、ささっと買ってこよう」


宿の料理は玉ねぎを結構使うことが多い、いろいろな料理に使えるので自然と使う量も増えてしまうのだ。

今日予定している料理にも勿論使うためこのままでは調理を始める事が出来ない。

軽く息を吐いて立ち上がろうとする加賀であるが、不意にその横顔がぶにっと突かれる。


「ん?」


うっ(まかせいー)


ぶにっとしたものはうーちゃんの前足であった。

足を掴んでむにむにと感触を楽しむ加賀へうーちゃんはもう片方の前足で胸をぶにっと叩くと、買い物籠へと前足を伸ばす。


「もしかしてうーちゃんが行ってくれるって事? ……だ、大丈夫?」


代わりに買いに行こうとしてくれていると理解した加賀であるがどこか不安そうにうーちゃんへと声を掛ける。


うー(よゆーよゆー)


「そ、そう……ならお願いしちゃおっかな? はい、これお財布……お金持ってるのは知ってるけど、これは宿で使う食材だから持ってきんしゃい」


加賀と違って普通の人はうーちゃんの言っていることは分からない、その為の不安であったがうーちゃんの余裕そうな態度を見ていざとなれば肉体言語で何とかなるだろうと考えを改めた加賀。すっとお財布を差し出すがうーちゃんも何故かお金を持っているため最初うーちゃんはお財布を受け取らなかった。

だが宿で使う食材なのだからと加賀はうーちゃんのお腹に財布を突っ込んでしまう。


「玉ねぎ以外に食べたいのあればついでに買ってくるといいよー」


うー(わふー)


食べたいのがあれば買ってきても良い。それを聞いたうーちゃんは嬉しそうにスキップしながら厨房を出て行く。

おそらく自分の好きな物を自由に買ってみたかったのだろう。

そのため最初は自分のお金を使おうとしたのだ。

とても微笑ましい事であるが、一体何を買ってくるのかという不安も残る。


「……本当に大丈夫か」


そうぽつりとバクスが漏らすのも仕方の無いことだろう。



うーちゃんが最初に向かったのは八百屋である。

近所であるし、何より頼まれた物は忘れない様に最初に買っておきたかったのだ。


「おんや珍しい、今日は加賀ちゃんと一緒じゃないんだねえ」


うーちゃんが来たのに気がついた店のお婆さんが辺りに他に誰も居ないのを見てそう口にする。

普段は加賀であったり誰かしらと一緒に居るためうーちゃん一人は珍しい……と言うか初めてなのである。


うー


「はいはい玉ねぎね。採れたてだから美味しいよ……もっと? はいはい、それじゃもう一山ね」


玉ねぎを指さしたうーちゃんを見て籠に玉ねぎを入れてあげるお婆さん。

だが量が足りないと思ったうーちゃんはもう一つの山も指さしもう一山籠に入れてもらう。

恐らくそれだけあれば2~3日は持つ量だろう。


「何か気になるのでもあったかい?」


玉ねぎをゲットしたうーちゃんは他に何か面白いものは無いだろうかと商品をキョロキョロと見渡している。そしてある商品の所でピタリと視線を止めた。


うー


「ああ、そのジャガイモかい。越冬させると美味しくなる品種でね、採れたてだとそうでもないんだけど……ああ、今は丁度美味しい時だよぉ。買ってくかい?」


目についたのはジャガイモである。

それ自体は珍しい物ではないが、どうも普段食べているのと形が違うことにうーちゃんは気がついたのだ。

実際お婆さんの説明によると越冬させると美味しくなる品種であり、普段食べていた物とは違うと分かる。


うっ


即答であった。

美味しいと聞けば買わない訳にはいかない。


「はいはい、これも二山だね。……うん、確かに。気を付けて帰るんだよ」


うー


「はて、あっちは宿じゃないけど……まだ買う物でもあったのかねえ」


玉ねぎとジャガイモをゲットしたうーちゃんはそのまま宿とは反対方向へと駆けていく。





向かった先は宿とは街の反対側にあるチーズを専門に扱う店であった。

以前バクスから遠いが味はここが一番だと聞いていたのを覚えていたのである。


「うおぉっ!?」


店内に走った勢いそのままに突っ込むうーちゃん。

突如として突っ込んできた巨大な兎の姿に店主が思わず大声を上げ後ろに下がる。


「な、なんだこのでっけえ兎は……」


うっ


入ってきたものが兎であると分かった店主は幾分落ち着きを取り戻したようだ。そのでっかい兎が仕切りに店内にあるチーズを指さしている事に気がつく。


「あ? ……チーズ欲しいのか?」


うっ


「……金持ってるし籠には食材入ってると。 お使いか何かか? 言葉分かってるみてーだし……」


店主はチーズが欲しいのかと言う自分の独り言に反応したうーちゃんを見て、籠の中身やうーちゃんの手の中にあるものへちらりと視線を向ける。

そして財布を持っていることや食材が入っている籠を見て感心した様子を見せる。


うー


「ああ、まあ客なら歓迎だ。 どのチーズが欲しいんだ?」


再びチーズを指さしたうーちゃんを見てどのチーズが欲しいかを問う店主。

どうやらちゃんと客として扱ってくれる様である。


「おう……一番人気で状態良くて食いごろのやつ……やるなお前さん」


うーちゃんはそれが欲しいと分かるようにあるチーズへと近寄るとすっと指を向けた。

それは店の中でも特に良いチーズだったようで店主はニヤリと笑みを浮かべる。


「んん? まさか丸ごと買う気か? ……まじかよ」


そしてお金を払おうと店主に代金を手渡したうーちゃんであるが、その額は巨大なチーズ丸ごと1個と同じ額であった。


「……すまん、ほかにも欲しがる奴が居るんだ。 半分で良いなら……お、すまねえな」


しばしどうしたものかと悩んでいた店主であるが、このチーズを目当てにしている客が他にも居ることを伝える。

うーちゃんとしても別に買い占めるのが目的ではないので半分貰えれば十分とすっと代金を半分にして店主へと渡す。


「落とさずに帰れよー?」


チーズを籠に詰め込んだうーちゃんは次の目的地へと向かう。

ジャガイモを見たときに食べたくなった料理があったのだ。それに使う食材を一通り集めるつもりの様である。



ところで春になると出てくるものと聞いて何を思い浮かべるだろうか。

様々な食材は勿論のこと、草木や花、それに虫や動物など様々なものが春になると姿を見せる。

そしてここフォルセイリアではそれらに加えてあるもの達が春になると姿を現し始める。


ねっとりとした粘り気のある視線がうーちゃんの歩く姿を見つめていた。

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