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234話 「裁縫教室、再び」

皆出かけてしまい、しんと静まり返った宿の中。一人窓際に立ち晴れ渡った空を見上げるバクスの姿があった。


「こんなにも空は青いのにな……」


そう呟くバクスの顔は晴れ渡る空と相反するように暗い。


(なぜ俺の心はこんなにも曇っているのだろうか……)


答えは分かっている、これから起こる事を思うと気がどうしても重くなるのだ。

普段世話になっている人のためであり、バクス自身も服のモデルになる自体が嫌ではない。ただ見知らぬ大勢の前で言うのがどうにも苦手であった。


「…………何時からそこに居た」


ちらりと横に視線を走らすバクス。

憂いを帯びたバクスの横顔を物陰から伺う者がいたのだ。

その者の正体はうーちゃんである。見てはいけない物を見てしまったようなを表情を浮かべるうーちゃんであったが、気付かれたと分かりそっと視線を逸らす。


「ほう憐れんでくれるのか? そうかそうか、良いことを教えてやろう。今日はお前さんの服も用意してるそうだぞ?」


う゛!?


「そうかそうか、嬉しいか。……もう一つ良いことを教えてやろう、皆がいない間食事を用意するのは彼女だ。絶対逃がさんぞ」


食事を人質に取られてはどうする事も出来ない。うーちゃんは観念したように項垂れるのであった。



「それじゃ行きましょうかバクスさん。皆さん待ってますよ」


にっこにこ顔でそう言うと荷物を持って先頭を行く咲耶。

その後ろをバクスとうーちゃんの二人がのたのたと続く。


「着いちまった……」


何時もであれば遠いなと思う距離も今日に限っては非常に短く感じる。

ギルドの一室へと案内されたバクスであるが、そこには既に先客がおりその内何名かがバクスの方へとじっと視線を向ける。


「あ……どうも」


「あ、いや……どうも」


「えぇと……」


初対面でどこかぎこちなく挨拶を交わす男達。


「……もしかして今日のモデルさんですか? 実は私もなんですよ……妻から頼まれましてね、ははは」


「あんたらもか……」


やはりと言うかその者らも今日のモデル役であったようだ。

以前やったさいにバクスの負担が多すぎた為、分散させるようにと何名かの応援が来る手筈となっていたのだ。

いずれも初対面の者同士ではあるが、共通して皆死んだ魚の様な目をしていたりする。


そして咲耶の開く裁縫教室、その参加者が全てそろうとバクス達にも声が掛けられた。


「春ものと言うことなので明るめの服を――」


あるおっさんはいかにも若者が着そうな明るく派手目の服を着せられ。


「寒い時期もあるでしょうし、長袖も用意してます。暖かな日は袖を――」


ある者は長袖の服を着せられ横から伸ばされた手によってぐいぐいと袖をめくられ。


「お子さんにはこう行った動き安い服が良いでしょうね、外では遊んで転ぶことも多いでしょうし、下はなるべく丈夫な生地に――」


ある兎はお子様向けの可愛らしい洋服を着せられる。

そんな永遠に続くかに思われた咲耶にとっては至福の時も終わりの時が来る。


「終わった……長かった」


う゛ぁー


「なに、その鳴き声は……」


ぐったりと椅子に座り込むバクスとうーちゃんの二人。

二人とも肉体的な疲れなど無いが精神的に相当疲れているようだ。


「帰るか……帰って飯にしよう」


既に参加者の大半は帰っている。

このまま休んでいたい気持ちもあるがずっとそうしているわけにも行かない、バクスはよっこいせと力無く立ち上がると部屋を後にするのであった。



「夕飯を用意しますので、二人は休んでてくださいな」


宿に着くと既に夕方であった。

咲耶は二人を休ませると自分は厨房へ向かい夕食の準備を始める。


「ふぅ…………」


椅子にどさりと座り込み軽く息を吐くバクス。宿に着いた安心からかやがて静かに寝息を立て始める。


「――さん、ご飯出来ましたよ」


「む……いかん寝ていたか」


気がつけばすっかり熟睡していたバクスであったが、自分を呼ぶ声とあたりに漂う料理の匂いに目を覚ます。

テーブルには湯気を立てた料理がずらりと並んでいる。

時間も時間であり、空腹だった腹がその事を思い出したように音を立てた。

既にテーブルにはうーちゃんが待機しており今にも食い始めそうな雰囲気である、バクスは咲耶に礼を言うとテーブルへと向かった。



「んむ、美味いな」


料理は普段食べている物に劣らず美味しいものであった。


「ありがとうございます。とは言ってもほとんど命が用意しては置いてくれたものばかりなんですけどね……うーちゃん、その玉子焼きは私だけで」


命が用意してくれたとは言うが実際は咲耶が大半を作っていたりする。実際に美味しそうにぷりっと焼けた玉子焼きは全て咲耶が作ったものだ。


「遅かったね」


「こいつは俺が頂こう」


だがそれはうーちゃんには食べられないものであった。

フォーク片手にショックでぷるぷると震えるうーちゃん。その目の前のお皿からバクスが伸ばしたフォークがひょいと玉子焼きをかっ攫っていく。


「バクスさん今日はありがとうございました」


「なに、何時も世話になってるからな……楽しめたかな?」


「ええ、久しぶりに思いっきり服を触れました」


「そりゃ何よりだ」


精神的に大分疲れたが咲耶が喜んでくれたならと笑みを浮かべるバクス。そしてごろごろとソファーで転がるうーちゃん。

そんな二人に笑顔を向け咲耶は言葉を続ける。


「はい……明日もよろしくお願いしますね」


「……おう」


う゛ぁー


終わったのは初日である。

皆が戻るまではあと二日、バクスの目尻に浮かんだ水滴はきっと喜びの為だろう。

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