233話 「どっちが美味しいかな」
市場の朝は早い。
早朝にも関わらず市場には入荷した品々を求めて人々が集まり、冬場にも関わらず暑いと感じそうなほど人でごった返していた。
加賀とアイネの二人もそうである。二人は良い品を求め人混みをかき分ける様に進み店を渡り歩いていた。
「わー……牡蠣やすいねえ」
「蟹はちょっと高めなのかな」
「どーだろ。他で売ってる見たこと無いからにゃんとも」
二人が足をとめたのは今朝とれたであろう新鮮な魚介類が並ぶ露店の前だ。
露店に並ぶ品の多くは蟹と貝類が占めており魚は少なめだ。
中でも牡蠣が豊富に採れるのか一山いくらといった感じで売られている。蟹は牡蠣と比べると割高に思えたが他を見ていないのでなんとも言えない様だ。
早朝で朝食もまだの2人はとりあえずそこで幾つかの商品を買い求め、港近くにある炉端の店へと向かう。
少々高めのドリンクを買えば炉端を使用することが可能になる為、そこで買った商品を焼いて朝食にするつもりなのだ。
何とも贅沢な朝食である。
「わー暖かーい」
フォルセイリアよりも大分南に位置するシグトリアであるが、冬の早朝はやはり冷える。
それなりに厚着をしていた加賀であるがやはり寒かったようで炉端にくべられた炭を前に手をかざして暖を取っている。
「牡蠣は汽水湖でもとれるけど……焼き牡蠣は普段作らないから楽しみね」
加賀が暖まっている間にアイネが購入した魚介類を手際よく網に乗せていく。
ある程度火が通ったところで加賀と作業を交代する。こうしないとアイネが食べられない為だ。
「はい、アイネさん焼けたよーん」
「ありがとう」
そうこうしている内に良い感じに焼き上がったようで、加賀は焼けた牡蠣を皿に取るとアイネに差しだし、自分も一つ取るとパクリと一口で食べてしまう。
「あふっあふふっ」
「塩加減丁度良いね。おいしい」
焼きたてを一口で食べれば当然熱々な訳で、加賀は口から白い息を吐きながらハフハフと牡蠣を頬張っている。
アイネも一口でいったがこちらは熱そうな様子は見せず、じっくりと牡蠣を味わっているようだ。
海水が程よい塩梅となり、ただ焼いただけでも美味しく仕上がっているようで二人ともすぐさま次の牡蠣へと取りかかる。
「いけるいける」
「……でも汽水湖でとれた奴の方がおいしい?」
そして一山買ってきたはずの牡蠣はあっさりと二人のお腹におさまってしまう。
加賀はいけると言っているがよりじっくり味わっていたアイネには汽水湖でとれた物との差が分かったらしい。
「そだねー大きさもあっちの方が大きかったし。なんでだろね? ドラゴンさんから何か出てたりして」
加賀が一口で食べられた様にここでとれる牡蠣は小振りのようだ。それに味も汽水湖の方が良いとのアイネの感想を聞いて半ば冗談でドラゴンのせいではと言う加賀。
実際にはもっと様々な理由があるのだろうが、明確に差があるとすればそのあたりぐらいしか思いつかなかったのだ。
「……可能性はあると思うよ。あれでも上位のドラゴンだもの」
「へー…………」
だが半ば冗談であったそれをアイネは否定しなかった。
「……おいしいのかな」
「たぶん」
何が?とアイネが尋ねることはない。
加賀とアイネの脳裏に浮かぶものは一致しているのだから。
「尻尾って生えるのかな」
「ポーションあれば生えるよ」
トカゲの尻尾は切れても生える。
ドラゴンも同じかは分からないが、とりあえずポーションあれば生える物ではあるようだ。
「へー」
きっと、たぶん、ただの冗談だろう。
二人とも笑みを浮かべているのだから。
同時刻、フォルセイリアの北にある汽水湖にて。
空気が破裂する時の様な音と共に大きく身を震わせるドラゴンの姿があった。
「風邪ですかな?」
あたりに飛び散った液体に顔をしかめ、ドラゴンにそう尋ねるリザートマンの長。
「我が輩が風邪など引くわけが……。何やら急に寒気がしてな……」
真冬の湖である、さすがにドラゴンといえどもさすがに寒いらしい。
さきほどのクシャミもきっとそのせいだろう。




