229話 「宴会ですって」
夕方となり、城へ戻った一行を待っていたのは所狭しと並べられた大量の料理の数々、それに酒が入っているであろう巨大な樽、そしてジョッキ片手に樽の前で待機しているウィルヘルム王の姿であった。
「おう、きたか!」
「この度はお招きに――」
王に向かい頭を下げようとする八木であったが、王はそれを見て面倒くさそうに手を振り八木に声をかける。
「あー、そう言うのいいからいいから。ほれこっち来い!」
「はぁ……」
手招きする王に従い樽の前まで移動する八木。
王はにっと歯を剥いて笑みを浮かべるとばしんと巨大な樽を叩く。
「こいつがお前さんに呑ませたかった酒でなカルドミードという」
「これがですか……良い匂いですね」
樽に取り付けられた注ぎ口からわずかに染み出た酒の香りが八木の鼻腔をくすぐる。
どこか花を思わせる甘い香りに八木の期待も高まるという物だ。
「おうよ、勿論味も良いぞ? 冬のこの時期しか味わえない酒だからな、たっぷり飲んでいってくれい」
そう言うとそばに控えていた者にくクイと顎で合図を送るウィルヘルム。
するとその者は予め用意して置いたジョッキを八木へと手渡す。
「ありがとうございます」
礼を言ってジョッキを受け取った八木は王に言われるがまま注ぎ口を捻りジョッキに酒を注いでいく。
見た目は麦酒やミードのような綺麗な小麦色をしており、香りは甘く爽やかだ。
全員に酒が行き渡ったのを確認し、王の音頭でもって乾杯の挨拶をすると八木は早速とばかりにジョッキを口へと近づけていく。
「爽やかな香り……うおっ……すっげえ飲みやすい、度数結構きつそうなのにするっと入ってく……」
氷できりっと冷やされた酒はするりと八木の喉を滑り落ちていく。かっと喉が熱くなる事から度数はかなりのものであるようだが香りとまろやかな味、それに滑らかな喉越しのお陰ですいすいと飲めてしまう。
「んー、やっぱ出来たての美味しいなあ。店で売ってるのも悪くないんだけどねー」
感動し暫し固まっていた八木であったが背後で聞こえた声にはっと我に返る。
振り返ってみればそこには酒を楽しむ探索者達の姿があった。
だが八木のような反応をしている者はいない、シェイラの呟きから分かるように皆過去に飲んだことがあるのだろう。
「あ、皆飲んだことあるんすね?」
「そりゃあ、この街の名物じゃからなこいつを宿でも飲めれば最高なんじゃが……」
「輸入出来ないんですか?」
酒好きのゴートンが軽くため息をつくのを見て疑問に思った八木が問いかける。
宿で取り扱っている酒のほとんどがゴートンの伝手で入手したものだ。だがゴートンの言うとおりこの酒を宿で見かけたことがなかったのである。
「いや出来るがの……この酒は醗酵しやすくての、火入れせんといかんのだが極端に味が落ちてなあ……お前さんもそいつを前回ここに来たときも恐らく飲んどるはずじゃぞ」
「えっ……飲んだ覚えはないけど」
「当然時期が違うでな、火入れした酒じゃろうて……ま、そんだけ味が変わるとゆーことじゃい」
醗酵しやすく出来上がったため、すぐ火入れをする必要がある。そして火入れをした酒は飲んだ八木が同じ酒と気がつかないほど味が落ちるという。
「作りたてじゃないと味わえない……だからこの時期しか味わえない酒か」
納得した様子でジョッキを見つめ、ぐいっと煽る八木。
この酒を飲ます為にわざわざ飛行艇まで用意してくれたウィルヘルムに感謝し、再び樽へと向かうのであった。
「最初に飲んだときと味違う……?」
一体何杯目のお代わりだろうか、ジョッキを傾けていた八木がふと首を傾げる。
「醗酵進んでるからの……ところでお前さんそんながばがば飲んで平気かの? そいつは腹の中でも醗酵進むでの、後から一気に酔いがくるぞい?」
「…………」
恐ろしいまでに醗酵が進むのが速い。
宴会の間にも醗酵が進み最初とはまた違う酒へと変化していたのだ。もっともそのあたりもこの酒の楽しみの一つではあるだろうが。
「うぉーい?」
「……ひっく」
醗酵が進むと言うことはアルコール分が増えると言うことである。
最初に飲んだ分もちゃっかり八木のお腹で醗酵が進んでいたりするのだ。
「あーらら、八木っちやっぱこうなったかー」
「加賀殿連れて来なくて正解でしたな」
ベロンベロンに酔っ払った八木を遠目で見ている探索者達。彼らは過去に飲んだ経験から飲む量を調整しているため普段の様子とさほど変わりはない。
「脱いで踊り出したぞ……誰か止めてやれよ」
「いやだぜ、抱きつかれそうだし……見ろよウィルヘルムのおっさんちゃっかり退避してやがる」
だが経験のない八木はそうもいかない。
ついには脱ぎだした上にその辺に居る人の手をとり踊り出す。
「……酔いつぶれるの待ちましょう」
「異議なし」
触らぬ神にたたり無し、皆傍観する事を決め込んだ様である。
「うむ、しっかり楽しんで貰えたようだな……おい、八木殿をベッドまで運んでやってくれ」
すっかり酔いつぶれ椅子に座り寝こける八木を見て満足そうに頷くウィルヘルム王。
初めて飲んだ人間がこうなるのは何時ものことである、それよりも酒を喜んで飲んでくれた事が嬉しいのだ。
「はっ」
ウィルヘルム王の言葉を受けて数名の男が八木を担ぎ上げる。
よく見ればいずれも見たことのある人物ばかり。
出来るだけリラックス出来るようにと前回八木の世話係だった者を再び用意してくれた様だ。




