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226話 「バレンタインの書状」

設計室から応接室に移り椅子に腰掛けようとするエルザをソワソワと浮ついた様子で見つめる八木。


(まさか? チョコを? いやいやそんな都合の良いことが……まっさかー)


ついさっきまでバレンタインとエルザの話をしていたところに当の本人が尋ねてきたのだ、八木の妄想が膨らむのも無理は無い。


「こちら、以前仕事で出向いてもらったリッカルド国から書状が届いてましてお届けに上がりました。事前に話は聞いてありますので後ほどご説明致しますね」


(ですよねー、ちょっと泣きたい)


だが現実は非情である。あくまで事務的な態度ですっと差し出されたのは決してチョコなどでは無い、八木宛の書状だ。

無表情に書状を差し出すエルザに八木は心の中で涙を流すのであった。


「……ありがとうございます。中身拝見しても? ……では」


エルザに断り書状の中身を見る八木。


「ほーつまり珍しい酒飲ましてやるから遊びに来いよ、と」


書状の差出人はリッカルド国の大臣である。

恐らく以前行った仕事の関係で再び国に来て欲しいとかではないだろうか、そう予想して中身を見た八木であったがその内容は予想とは少し異なるものであった。

国への招待と言うのはあっていたが、その理由が大分街並みが出来てきたので見て欲しい、それに今時期しか飲めない珍しい酒があるのでそれを飲まないか、と言う要は遊びに来いよといった内容だったのだ。


「……間違ってはいませんが」


もっとも八木が言うほど砕けた書き方では無いが内容は合っているだけにエルザとしては八木の物言いに苦笑するしかない。


「あの熊みたいな王様らしいっちゃらしいな。お誘い自体は嬉しいけどさなあ、さすがに酒飲む為に往復するだけで何週間も掛けてらんないよ……」


「それですが……」


八木としてはお誘い自体は嬉しいが、問題はリッカルド国が遠いと言うことだろう。以前八木が行った際には仕事の期間も含めてまるまるひと月掛かっている。


「迎えをよこすのでその辺りの心配はいらない、との事ですよ」


そしてその辺りは相手側も分かっているようで迎えを用意してくれているらしい、が。


「迎えって陸船か何か……?」


迎えに来て貰ったとしてもそれ馬車であれば掛かると時間は変わらない。なので八木は加賀から話に聞いていた陸船ではないかと考えるがそれも違うらしい。エルザが軽く首を横に振りながら口を開く。


「いえ、もっと速いものですよ」


「もっと速いねえ……もしかしてあれ? ダンジョンから出たって言う」


エルザにもっと速いと言われて軽く天井を見ながら頭を悩ます八木。

陸船自体は条件がそろえばかなり速度がでる乗り物だ。この世界でそれよりもっと速いとなると大分限られてくる。

そして八木は以前宿の探索者達がダンジョンで入手したという物に思い当たる。


「はい、飛行艇ですね。あれならリッカルドまで片道半日もあれば着きますので」


「おっほ、まじか。え、それ俺乗っていいの?」


「勿論そうですよ。八木様を迎えに来るのですから」


にこりとここで初めて表情を変えたエルザの言葉に八木は諸手を挙げて喜びを表す。

ゲームでしか見ることの無かった物に実際乗れるのだ。こうなると今回のお誘いを受けないと言うはなしは無い。


その後宿へと戻った八木は食堂でうーちゃんに埋もれていた加賀に飛行艇に乗ることを自慢げに話し始める。


「っへー! 飛行艇でリッカルドいくんだ? すごいね」


「へっへっへ。良いだろ? まさか俺も乗れる日が来るとは思わんかったぜ」


そんな会話を二人がしているとふいに後ろから声が掛かる。


「お? 何の話?」


ダンジョンから戻ってきた探索者達である。

八木はそんな彼らにもどこか自慢げに飛行艇に乗ることを話し始めた。


「ほー飛行艇でねえ、それなら大分楽に行けそうだなあ」


「いいじゃん、楽しんで来なよー。あ、お土産よっろしく!」


探索者達の反応も中々良い。

飛行艇に乗る八木を素直に祝福してくれているようだ。ただ八木にとって誤算だったのは、どうも彼らの反応だと八木だけが行くことになっている事だ。


「……え? 着いてきては……」


「や、前回のでもう慣れたべ?」


「私達も別に用事があるわけではないですから……」


探索者達としては特にリッカルド用事があるわけでも無いし、何しろ一度行っているのだから問題ないだろうと言う考えなのだ。


「そ、そこをなんとか!」


「そうは言ってもなあ」


だが八木にとってはそれはとても大事な問題である。

彼らが着いてきてくれなけれ安心して過ごすことが出来ない、必死になって探索者達に声をかける八木であるが彼らの反応は芳しくない。


「……皆行かないの? 加賀とシグトリア行こうかと思ってたのに……」


しかしここでアイネからの援護が入る。

と言うかアイネは加賀とシグトリアへ行くつもりだったらしい、恐らく冬の味覚を楽しむつもりだったに違いない。

その目は赤く光を発し、何やら黒いドロリとした靄も発生させている。


「ほ、ほらアイネさんもこう言ってますし! てか目が怖い!」


「ま、まあ二泊三日だっけ? それぐらいならついて行っても……いや、まった。アイネさん二泊三日じゃシグトリア行けないんじゃないすか?」


アイネの視線にびびりながらも探索者達を説得しようとする八木。

同じくその視線に引き気味の探索者達。二泊三日程度ならばと八木に着いていく流れになりそうだったが、二泊三日では飛行艇に乗る自分達はともかくアイネはシグトリアに辿り着かないのでは?と疑問が生じる。


「私はその気になれば日帰り出来る」


「あ、さいですか……」


二泊三日でまったく問題ないらしい。

ここで探索者達のリッカルド行きが決定となる。


「それじゃ私はバクスさんとお留守番ねえ……春物の新作をね、皆で作りたかったのよね」


そうなると留守番組がどうするかであるが咲耶はもう決めてあるようでボソリと呟くように口にする。

それを聞いたバクスの顔が笑顔のままビシリと固まる。

そしてそのまますっと席を立つと無言でいた八木へと近付いていく。


「八木……」


「は、はい?」


がしっと八木の肩を掴むバクス。

彼の顔からは笑みが消え、その目には厳つい眼光が宿っていた。

そしてそんなバクスにびびる八木に対ししっかりと目を見つめ言葉をかける。


「日帰りで帰ってきてくれ」


「無理っす」


どうやらこの三日はバクスにとっては辛いものになりそうである。

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